38・遭遇すること(別視点)
「ザッジ、あの赤い小魚は何だ」
イロエスト国の王弟で、ヤーガスア領主であるライティガスに嫡男が誕生した祝いの宴。
領主館の文官であるザッジースは、その会場で祖父に捕まっていた。
「領主夫人のシェーサイル様の故郷、シーラコーク国の名産品だそうです」
孫の説明に祖父は不満を示す。
「シーラコークの観賞魚なら知っているが、あれは完全に別物だ」
イロエスト本都から来た老人は、この館で働いている孫の様子を見に来ただけのつもりだった。
しかし、そこで思わぬものに出会ってしまったのである。
「……ブガタリアの王子が改良したそうです」
「そうなのか」
高位貴族の服装をした老人の目は、完全に商人の目をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザッジースはイロエストの貴族の家に生まれた。
年子で一つ下の弟がいる長子だ。
歴史のある大国の中で、家柄としてはそんなに古くはない。
祖父が商人として一代で財を成し、王族の遠縁の姫を娶ったことで貴族の仲間入りをしている。
王族と結婚するためには相応の身分が必要だったため、ある貴族の家に養子に入ったのだ。
莫大な資金援助との交換条件であり、実質、大金で爵位を買ったことになる。
他の貴族からは汚い貴族と呼ばれ蔑まれたが、祖父は全く気にしていない。
賄賂や援助という名の金貸しは、イロエストの商人と貴族との間では普通に行われている取引の一つだった。
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その老人はすでに隠居の身であったが影響力は強大で、家の者だけでなく、多くの商人や下級貴族にも顔が効いた。
ヤーガスアにも商人として出入りしている。
「身分をひけらかす者ほど貴族としての志などない」
何かといえば金の無心に来る貴族ばかりだ。
老人は、その冷めた目で会場を見回していた。
ここに居るのは近隣諸国の、それなりの身分の者たちである。
しかし、老人から見ればイロエストのご機嫌伺いにやって来る弱小国。
イロエストが帝国になろうとしている今、彼らは少しでも他国よりも有利な条件で取り引きしたいと思ってやって来る。
顔を売って、恩を売って、自ら恭順を示すために。
剣士で清廉なところがあるライティガス王弟に比べ、王であるフィスガスはそんなに甘くない。
「くだらん」
そう思っていたところにあの『小赤』である。
老人は久しぶりに商人としての血が躍るのを感じた。
「ほお、ブガタリアの王子か」
興味が沸いた。
しかし宴に現れた王子は予想と違って、王子らしい王子だ。
イロエストの王族によくいる金色の髪に白い肌、美しい顔立ち。
赤い目の色だけがブガタリアの王族の血筋だと訴えている。
「あ、違う違う。 小赤を育てているのは第二王子だよ」
孫のザッジースはブガタリアで王子教育を担当していた。
その時の教え子で、側妃の子供だという第二王子。
それが老人の目当ての人物だ。
「今日は体調を崩したらしい。 それで王太子である兄君を呼びつけるなど、何という無礼な」
ザッジースはギリッと爪を噛む。
老人は、身分や外見に拘る孫を以前から残念に思っている。
ザッジースは、老人にとっては愛娘の長子。
二人の息子には商売を手伝わせて跡を継がせたが、一人しかいない娘には何不自由なく育てた。
そのせいか、孫は幼い頃から母親に、
「王族に繋がる血筋なのですから、恥ずかしい真似はしないように」
と言われて育つ。
愛娘を溺愛し過ぎた結果、孫はロクデナシになってしまったな、と老人は苦笑する。
実際、職場からは苦情というか、遠回しに「使えない」という言葉が耳に入って来ていた。
「ブガタリアか」
結局、汚名返上のために送り出した他国でも犯罪まがいのことをして強制的に返された孫だ。
あの国の王子がザッジースにどんな感情を持っているかは調べなくても分かる。
「あの小魚は魅力的だが、今回は諦めたほうが良さそうだ」
老人は小さなため息を吐く。
第二王子に会えぬまま、宴の翌朝、老人の一行は馬車に乗り込もうとしていた。
護衛である大剣使いと魔術師の若者が馬車の点検を終え、主である老人を迎える。
チラリと御者を見ると何やら顔を背けた。
「何かあったのか?」
「いえ、先ほどザッジース様がいらっしゃっいまして、何か不具合があったらしく馬車を交換されました」
そういえば見慣れない馬車だと老人は思ったが、孫が用意したものならたいしたことはないと判断する。
これが老人の横やりを嫌がる不出来な親戚筋や、日頃から叱責されてばかりいる店の者たちならば怪しんでいただろう。
しかしザッジースは商売には向かず、自身も文官で満足している。
老人に対して何かを仕掛けるほどの度胸も無い。
「出しておくれ」
「はっ」
馬車はヤーガスアを出て、イロエストの本都へと向かって走り出した。
イロエストに向かう街道は、ただ見慣れた畑が延々と続く。
馬車の乗り心地は決して良くはないが、もう慣れた。
車体の揺れに身体を任せウトウトとしていると、突然、御者が「ひっ」と悲鳴を上げる。
「どうした」
長年仕えてくれている大柄な剣士が、御者との間にある小窓を開く。
「あ、ああ、あれっ、追って来るうう」
馬車はいきなりガタガタと勢いよく走り出した。
「何をしておる!、ご隠居様のお身体に障るぞ」
熟練の商人でも老いには勝てず、多少身体にガタがきている。
御者は何かから逃げるように馬車を走らせ、このままでは馬に負担が掛かってしまう。
魔術師の護衛に強制的に止めさせようとした矢先に、馬車が急停止する。
「おい、いったい何を」
馬車の前に誰かが立っていた。
「そこの馬車に乗っている者、降りて来い」
若い男の声のようだ。
その気配が扉のほうに向かって歩いて来たので、魔術師が杖を取り出した。
相手が油断している間に先手を取るのがこの魔術師の戦い方である。
護衛の魔術師が魔法を放った。
威嚇程度ではあったが、馬車の扉を吹き飛ばすほどの威力はある。
薄い笑いを浮かべ、魔術師が馬車を下りていく。
しかし、激しい土埃の向こうに平然と小太りの青年が立っていた。
少し離れたところに魔獣のような巨大な大鷲が羽を休めている。
なるほど、あれが御者を怖がらせたのだなと思う。
何やら護衛と揉めたようだが、青年は魔術師を魔法で吹き飛ばし、馬車の中に顔を見せた。
「失礼する。 危害を加える気はない。 探し物をしているだけだ」
体格の割に愛嬌のある幼い顔をしている。
老人は好きにさせることにした。
何故か、その青年の探し物が馬車の床下から出て来てしまった。
「ああ、良かった。 生きてる」
青年は手元に戻って来た大切なものを胸に抱き、優雅に礼を取った。
あれは『小赤』という小魚。
それを見た時、老人は御者と誰かが企み、この馬車でイロエストに運ぼうとしていたことを察する。
(ふざけたことを!)
青年に対する言い訳を考えていたが、逆に相手のほうが謝罪して来た。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
背を向けた青年に、いつの間にか練り上げた魔法を魔術師が放つが、いとも簡単に無効化される。
大剣使いの護衛も驚くほど、この青年は魔法に長けているようだ。
そして、老人が一番恐れていたことが起きる。
「悪いけど、一緒に処分してくれ」
青年が「犯人だ」と差し出したのは、老人の孫だった。
大鷲がバサリと羽ばたき、青年は空へと舞い上がる。
老人が馬車から降りて見上げると、何故か手を振っていた。
恐ろしいのに憎めない。
「あれはおそらくブガタリアの第二王子です」
短剣の紋章、小赤を異常に可愛がり、魔獣の大鷲を手懐ける黒髪に赤い目の青年。
護衛の言葉に頷く。
「こんな形で会いたくはなかったな」
老人はボソリと呟いた。
周りには多くの目撃者がいて、老人はイロエストではそこそこ顔が知られている。
早急に何か手を打たねばならなかった。




