12・騒がしいこと
俺の女性に対する基本は「優しく」「丁寧に」「褒める」である。
黒髪の侍女を来客用のソファに座らせて話をする。
「先ほど領主様よりそちらの事情を伺いました。
よろしければ、こちらにお部屋を移っていただき、私どもでお世話をさせていただけませんか?」
「は、はあ」
侍女相手でも丁寧に、優しく。
「お前はうちの侍女にも手を出すつもりだろう!。
そうはさせないぞ、すぐにザッジに言ってお前なぞ追い出してやる」
マルが敵意を剥き出しで俺を指差す。
出たよ、ザッジ。
はあ、やっぱりアレは碌なことしないな。
俺は、ただ侍女に向かって話し続ける。
これはお願いではなく、命令なんだと分からせたほうが良いか。
「キミが忠誠心から王女殿下の言いなりなのは仕方ない。
だが、こちらとしては領主の顔も立てられるし、ここにいる騎士の婚約者であるピアーリナ嬢の負担も減らせる」
お前たちに拒否権は無いんだよ。
侍女は、優しく微笑むズキ兄の顔を見て、プンプン怒る姫の顔を見る。
あれ?、ズキ兄、いつの間に。
「はい、畏まりました。 すぐに荷物を取って来ます」
侍女は「よろしくお願いします」と頭を下げ、部屋を出て行く。
俺はズキ兄に視線で同行をお願いした。
「待て、待ってくれ、タリー」
マルは、まさか侍女が自分を無視して出て行くと思っていなかったらしい。
半泣きになっている。
すかさずギディが動く。
「マルマーリア姫様、私はギディルガと申します。
姫様のお世話をさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます」
跪いてニッコリ、イケメンスマイル。
「ふわっ」
分かりやすいな、マル。 顔が真っ赤だぞ。
侍女と入れ替わりにエオジさんが入って来た。
「おい、コリル。 パルレイクが倉庫で待ってるぞ」
俺は大きく息を吐いて立ち上がる。
「ギディ、後は任せた」
「はい、承知いたしました」
俺は廊下を歩きながらエオジさんにマルのことを話しておく。
「なるほどな。
ザッジの顔を見た時に嫌な予感はしたんだが」
アレは再教育されたらしいけど、ちっとも治ってないじゃないか。
それにアレはブガタリアに恨みもあるだろうし、きっと悪口ばっかり吹き込んでるな。
でも事前にそうと分かっていれば何とかなる。
「ギディがうまくやるさ」
最悪、俺は嫌われても構わない。
どうせ王子らしくないからな。
「姫を預かる件、定期連絡に入れておいて」
「承知した」
まだ新人の兵士に伝令の練習ということで、東の砦との間で定期的に文書をやり取りしている。
足の速いゴゴゴで丸一日、文書の返信を受け取って、翌日また一日掛けて戻ってくる仕事だ。
新人のうちはベテランと組んで二人で一組、慣れれば一人でやる。
騎獣たちにとっても実地訓練だ。
どれだけの時間が掛かるか、突発的な出来事に対応出来るか。
騎乗する御者や兵士と騎獣の相性も問われる。
だから、文書の内容などはあまり重要じゃない。
でも、あんまり中身がないとつまらないだろうし、たまには微笑ましいものも良いだろう。
エオジさん作だと、
『他国の姫殿下の世話係を任された』
となり、むさ苦しい奴らが喜びそうじゃん。
ちなみに、俺だと、
『他国要人の警護係を領主より拝命』
になるのだが、何故か拒否される。
「殿下の文書は、そのぉ、あまりにも固くて兵士には理解出来ない者もおりまして」
お前らが勉強しろや、クソッタレ。
ブツブツ言いながら館裏の倉庫に到着。
「おや、珍しいですな、ギディさんがいないとは」
俺はパルレイクさんに片手を上げて挨拶する。
「ああ、ちょっと別件でね」
俺とギディはだいたい一緒にいる。
二人で一組だと思われてるんだよな。
「それより、小赤の具合はどうだ?」
「はい、大丈夫です。 餌は少なめにして、内部も暗くしていますので」
小赤の動きをなるべく鈍くして、ケガやケンカに気を付けつつ運んで来た。
本当なら大切な物ほど魔法収納で運びたいが、生き物は無理っぽい。
っていうか、実は俺の魔法鞄はわざと容量を少なめに申告している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
出発前夜、俺は一人で倉庫に行った。
この旅のために父王が「使ってみろ」と言って、持ち主の魔力量で容量が変わる鞄をくれたので、初めて俺の魔力で登録したんだ。
それの容量がまだ把握出来ていないので、どれだけ入るのか試してみたかった。
たくさん入るならギディに「すごいだろ」って自慢出来るし、入らなかったらバカにされそうだし。
「これくらいならイケるかな、無理かな」
試しにゴゴゴ用木箱を入れてみたら、一つ丸ごと入ってしまった。
木箱は一つが男性の腰くらいの高さと幅がある長方形だ。
今まで持っていた袋は、こんなに大きな物は入らなかった。
「ははっ、まさかね」
今回、用意された木箱はゴゴゴ五体分だ。
ゴゴゴ一体に付き木箱は二つで、倉庫には十個用意されていた。
一つ、二つ、三つ、四つ……、全部入った。
それ以上入りそうだと分かって、俺は慌てて実験をやめた。
誰も見てなくて良かった。
チート、ヤバイ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、設置する場所を確認させてもらいましょう」
パルレイクさんの言葉に頷き、俺たちは領主の執務室に向かう。
部屋の前の警備兵に取り次ぎを頼んで中に入る。
「おお、コリル。 さっきはすまなかったな、助かる」
「いえいえ、御領主様のためなら、なんなりと」
見返りは要求するけどな。
「例の物を置く場所を指定していただきたくて」
「そうだな。 詳しい者を呼ぼう」
そう言われて、しばらく待たされる。
他国から来た客やシェーサイル妃にも内密にと言うので誰が担当するのかと思ったが。
「お待たせいたしました」
別館からやって来たのはピアだった。
「コリルバート殿下、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしく頼む」
ズキ兄はマル姫の引っ越しで、ここにはいない。
俺はピアに案内してもらい、宴の会場となる広間に向かった。
ヤーガスア領主館は三階建てで、一階の広間、ほぼ全てを使って宴が行われる。
「明るいほうが良いでしょうか?。
大きさはどれくらいでしょうか?」
会場でピアがメモを取りながらパルレイクさんと打ち合わせを始める。
エオジさんと警護の脳筋騎士たちが、なるべく他の使用人たちを近づけないように周りを威圧してくれていた。
だって、極秘でやりたいって義大叔父が言うからさ。
俺はやることもなく、ぼんやりと会場全体を眺めている。
そこへ招かざる者がやって来た。
「ピア!、大丈夫かっ、その王子はトカゲでわらわを脅したのだぞ」
パタパタと走って来て、ピアの足に纏わり付く。
子犬か何かか、お前は。
「姫様、私は仕事中なのですよ。 仕事の邪魔はしないお約束です。
それにコリル殿下が連れているのはトカゲではなく魔獣のゴゴゴですわ」
おお、ピア、拘るのはソコか。
確かにゴゴゴをただのトカゲと言われるのは俺も嫌だけど。
ピアは妹がいるせいか、子供の扱いには慣れてるな。
甘やかしているわけじゃなく、ちゃんと約束を守るという教育もしている。
少し遅れてギディが駆け付けて来た。
「申し訳ありません、目を離した隙に逃げられました」
「仕方ないさ、まだ姫もギディに慣れていないだろうし」
さっき担当になったばかりだ。
そんな相手より、同性の慣れた相手が良いに決まってる。
「努力いたします」
ギディの場合、子供の躾は厳しそうだよな。
イケメンで誤魔化されるが、やはりブガタリアの男なので強さが基本。
男の子じゃなくて良かったな、マル。
女の子の場合は、おや、お菓子を渡してる。
「一緒にご領主様やピアーリナ様にお渡しする菓子を作りましょう」
なるほど、そうやって家事の基礎を叩き込むわけね。
ギディの作業について行くのは大変だが、がんばれ、マル。
俺はギディに手を引かれて去って行く後ろ姿を生温かく見送った。




