裏話 元勇者のTS少女がようやく知ったり不安になったりする話
――壁を見る。正確に言うと、壁に賭けられたカレンダーを。
十二月のカレンダー、そしてそこに書かれたバツ印。私が毎日ベッドから出る度に一つずつ書き足していったもの。
「……」
バツをなぞっていく。一から順に、段々と大きくなる数を頭の中で数えていく。
そして今日の日付、二十三の上に指が乗り――
「――明日だ」
クリスマス、この一カ月待ち望んだその日。
それはもう明日に迫っている。
「明日だ!」
思わず二度繰り返してしまうほどの高揚感。この日をどれだけ待ち望んだことか。
現在時刻は十二月二十三日の二十一時過ぎ。クリスマスはもう数時間後だった。
……まあ、正確に言うとクリスマスイブだけど。
でも私たちにとっては明日こそがクリスマスだ。
なにせこの一カ月、廉次にもクリスマスとは二十四日のことと何度も言ってある。最初はイブでは? と首を傾げていた廉次も、繰り返すうちに『そうか……まあカナメが言うのなら』と受け入れてくれた。なので明日がクリスマスだ。
「長かったなあ……」
思い起こすのはこの一カ月。文化祭が終わってからの日々は毎日が驚くほどに長くて、思わず変な誤解をしたり、朝なんとなく廉次の部屋に忍び込んだりしてしまった。
普通に犯罪っぽい気もするけれど、そこは私と廉次の仲だし。まあ文化祭からお互いの気持ちは分かっているようなものだから問題ないよね、なんて。
「明日……明日だ」
ああ、早く時間が経たないかなあ……なんて思いながら何度も呟く。この日を一日千秋の気持ちで待ち望んでいた。
胸の内が高鳴って、嬉しくて。どうにも落ち着けない。頭を冷やした方がいいとは思うけど、ついつい思考がそっちに行ってしまう。
ああ、明日何時に廉次の部屋に行こうかな。朝の六時くらいでいい? それとも五時? いやいや、それこそ日付が変わった頃に乗り込んで――
「――あいた!」
と、そんなことを考えているうちに、小指をタンスの角に打ち付けて立ち止まる。
「……」
……少し冷静になった。
いや、実は別に痛くないけれど、衝撃で。
「……」
……うん、よく考えないでも深夜とか朝早くは迷惑だよね……。
ちょっと興奮しておかしくなってた気がする。
冷静になるために、軽く頭を振って――。
「――何か、冷たい物でも飲もうかな」
一階のキッチンへ向かうことにした。
◆
「ふんふーん」
「機嫌が良さそうね」
なんとなく鼻歌を歌いつつ、階段から降りると、そこにはお母さんがいた。リビングの机で電卓片手に家計簿をつけているのが見える。
「良いことでもあったの?」
「これからあるの!」
首を傾げるお母さん。
まあ明日何があるか言ってないから、不思議そうな顔をするのも当然だろう。
「ふぅん……ああ、そういえば。あなたに聞きたいことがあったんだった」
「ん、なに?」
「あなたの進路のことなんだけど」
「………………えぇ」
……今それ聞く?
折角楽しかった気分が落ちていくのを感じる。
「どうするの?」
「……えぇぇ」
「嫌そうな顔しないの」
……まあ、大事なのは分かる。母としてそれが気になるのも。
でも今日はちょっと勘弁してほしいと言うか……。
「……あと一年あるしおいおい考えるよ……」
「それで間に合うの?」
「……」
「廉次君が志望してる大学、良いところなんでしょ?」
「……う」
痛いところを突かれた。
確かに今の私の学力じゃ廉次と同じ大学は難しい。
……でも。
「べ、別に同じ大学じゃなくても……家となりだし」
一緒の時間は減るかもしれない。それは寂しいけど……でも隣の家に住んでる以上、簡単に会うことは出来るし。
これまでだって、同じ学校でも別のクラスになったことはあった。それが少し変わるくらいで――。
「――いや、だからそれが難しくなるんでしょ?」
「え?」
「廉次君、□▽大学志望じゃない。ここから通うには遠いわよ?」
……え?
「大学の近くで一人暮らしするんじゃないの?」
………………え?
◆
知らなかった。廉次の目指してる大学が遠かったなんて。
「……」
パソコンの画面、そこにある検索結果を改めて見る。
□▽大学。今住んでいる県にある国立大学。……でも、位置的には県の端から端くらいの距離がある。
「……」
知らなかった。大学なんてまだ先だと思っていたから、調べたこともなかった。同じ県だから普通に家から通学すると思ってた。
でも今こうして調べてみると、ここからだと通学に二時間くらいかかる。それは流石に遠すぎる気がして。
「……知らなかった」
廉次も教えてくれなかったし――。
「――」
なんで教えてくれなかったんだろう。そう思い、いやいや、廉次も当然私が知ってると思ってたんだよね、なんて頭を振る。
そうだ、親友の志望校も調べてなかった私が悪いんだ。そういえば最近進路について何度か言ってたし。私がここまで何も考えてないとは思ってなかったんでしょ? そうに決まって――
――でも。
「……」
まさか、わざと教えなかったのかな、なんて、そんな考えが浮かんでくる。本当は私のことうっとおしいとか考えてたり……
……本当は文化祭の時のあれも、告白なんかじゃなくて……。
「……い、いや、そ、そんなわけ、ないよ」
首を振って否定する。そうだ。そんな訳ない。
廉次はそんな人じゃない。知ってる。だって長い付き合いだ。私と廉次は仲がいい。だからそんなことあり得ない。そうに決まってる。
……でも。
「……でも、私、元男だし」
今は女の子でも、昔そうだったことはどうやっても変わらない。本当は廉次もそんなのと仲良くするの嫌だったんじゃ。
「……」
一度そう考えると、不安になる。
そんな訳ないと思う。ありえないと思う。廉次はそんな酷いこと言わない。大切な親友なんだ。間違いない。
…………でも。
それでも、性別っていうのは、とても大きいんだ。
それを、私は知っているじゃないか。
『――申し訳ありませんが、女性とは付き合えません』
――かつて親しかった人の言葉を、思い出す。
「……うぅ」
違う。そんな訳ない。そう思う。
……それでも、不安で、怖くて。
……だって、私は廉次の言葉を何も聞いてない。
本当はどう思ってるかなんてわからない。
「……廉次」
窓越しに隣の部屋を見る。その部屋の電気はもう消えていた。
時計を見るともうすぐ日付が変わりそうな時間。
――その窓には鍵がかかってない。
「……」
そっと自分の部屋の窓を開ける。
……そして、向かいの窓を開けてその部屋に入り込んだ。




