裏話 元勇者のTS少女が嘘をついたり混乱したりする話
それは今日の体育の時間。
男女別のため、廉次と別に行動していたときのこと。
「ねえねえ、カナメちゃん。廉次君と付き合ってるんでしょ?」
「つ、つき合ってないよ……」
百メートル走の待ち時間。前に並んでいるクラスメートに絡まれる。
ここ最近は授業のたびにそうだ。多分最近廉次がちょっと変わったから、クラスのみんなもそれをなんとなく察して言っているんだろう。
こう、最近の廉次って……なんか私に優しいと言うか。
いや、元々優しいのはそうなんだけど、なんというか、雰囲気が優しいと言うか。
……なんだかこれまでより私のことを見てくれている気がする。
「そろそろ認めなよー。しらばっくれてもいいことないぞ?」
「う、嘘じゃないから……」
顔を寄せてくるのを押しのけながら、でも訂正だけはきちんとする。
というか、距離が近い! 頬が触れそうになってる!
「は、な、れ、て!」
「えー?」
力加減を間違えないように注意しながら押しのける。
元勇者のこの体は基礎的な能力も相当高かったりするから、力の入れ方を間違えたら怪我させてしまうかもしれない。
「……もう」
「ごめんごめん」
軽く睨むと、彼女は手を合わせながら謝る。
……そんなに悪いと思って無さそうだ。多分またやると思う。
「……」
……まあ、実はこうして言われるのもそんなに嫌じゃないんだけど。
妙に引っ付いてくるのは勘弁してもらいたいけど、つき合ってると言われること自体は嫌じゃない。
最初は少し嫌だった気もするけど、でもこういう噂が流れている間は廉次に変な虫が寄ってくることもないだろうし。
廉次が取られる可能性が減る。それだけでとてもありがたかった。
「でもそっか、つき合ってないんだ」
「……うん?」
……あれ。
クラスメートがなんかすごく嫌な感じの顔で笑ってる。
ニヤニヤというか、ニマニマというか。
勇者的な第六感が嫌な予感がすると叫ぶ感じの顔。
「じゃあ良かった、実は廉次君のこと好きだって子がいてね?」
「……えっ」
「その子につき合ってないって伝えとくね」
クラスメートが、そんなことを言いだした。
「廉次君、なんだかんだでモテるよねー」とか、「彼氏にすると結構良い感じだし、背も高いし」なんて言いながら私に背中を向ける。
「――ま、え、や、やめ!」
それに、私は咄嗟に止めて! なんて叫びそうになって。
「え? なに?」
振り向いたクラスメートのニマニマ顔に気付く。
これ絶対からかわれてるヤツだと悟った。
「……なんでもない」
「え? いいの? 伝えちゃうぞ?」
……そんなことを言って私をからかって。
嘘だとわかっている言葉に吊られる奴なんているわけない。そこまで私はバカじゃないのだ。
「……す、好きにすればいいよ」
これでも元は世界を救った勇者。嘘だって交渉だってお手の物だ。自分でも廉次が関わると知能が落ちてる気がしないでもないけど、そんなに簡単に騙されるわけがない。
「いいの? 本当に?」
「い、いいよ?」
「ふーん、じゃあ教えちゃお」
「……」
騙されるわけがない。絶対に騙されたりしない。
だから、目の前のクラスメートがなにかをSNSに打ち込んでいても気にしたりしない
……というか何で体育の授業中にスマホもってんのさ!
「……押しちゃうぞ? いいのかな? 今つき合ってるの認めたら送るの止めてあげてもいいんだけどなー。………………私だって修羅場は好きじゃないし」
「………………え」
……あれ、なんかちょっと本気っぽいトーン。
「……あの、実は本当に廉次のこと好きな子がいたり……?」
「そう言ってんじゃん。二人くらいいるよ。なんか知らないけど、一年くらい前から好きだったんだってさ」
カナメちゃんいるのに無謀だよねー、なんて言ってたりして。
…………その、うん。
「で、つき合ってるの?」
「つき合ってます」
◆
やらかした、と思った。
でもあのときはあれ以外の答えは存在しなくて。
だって廉次が他の女に告白されるとか絶対に嫌だ。
万が一取られたらと思うと怖くなる。それだけは何があっても避けたい。
……でも、嘘をついてしまったのは問題だった。
だって同じクラスだ廉次もそう遠くないうちに知ることになるだろう。
いつかは分からないけど、でも遠くは無いだろうから、それまでに言い訳考えとかなきゃなって。そう思ってて――。
「――カナメ、どういうことなんだ?」
「あわわわわわわわ……」
まさか即日でバレるなんて思ってなかった。
何も考えてなかったので脳はパニック状態だ。
でも正直に言う訳にもいかない。
廉次のことが好きな女の子がいるから嘘をつきました、なんて口が裂けても言えない。
どうしようか、どうしよう。
本当のことは言えない。でも嘘を言うのも気が引けて――。
――そんな、もう色々訳が分からなくなったころ。
「じゃあ、付き合ってるフリをするか?」
「……え?」
突然の提案。どこまでも私に都合がいい条件。
鴨が葱背負ってきて、鍋に入って、水を注いで、火をつけたような状況。
「えっ……本気で言ってるの?」
「ああ」
あまりの都合の良さに思わず確認してしまうほどだ。
頷きながらも実は冗談なんじゃないかと内心疑い――。
「――じゃあ。明日からな」
結局、それで決まってしまった。
……これは現実なんだろうかと頬をつねる。
しかし、痛みを感じても覚醒の魔法を使っても目の前の景色は変わらなくて。
「……え?」
……なんだか現実みたいだった。




