88 レベルアップ
城に戻ったら、ものすっごく微妙な顔のディナさんがいた。
「ただいま戻りました。浮かない顔をされてますが、ソフィーさんの方は上手くいかなかったんですか?」
「おかえりなさいませ。いえ、彼女の成長は素晴らしく軍部と兼務となりました。今はその挨拶に出ております。」
はぁ、とため息をついて頰に手を当てる仕草は、彼女だからおばちゃんぽく見えない。
「明日、大変申し訳ありませんがお時間を頂けませんか?多分夕方になるかと思うのですが、はっきりした時間が読めないのですが…」
ディナさんにしては珍しく歯切れが悪い。
「明日は特に予定もありませんので構いませんが、何かあるのですか?」
聞いてから、使者が来る事を思い出した。
「明日、闇の国から例の使者か参るのですが、ご主人様からえいこ様にその者と面会して欲しいと連絡がありました。直接確認したいことが二、三あるらしいのですが、明日は王への謁見後、実務者会談がありその後になると。しかも即日帰るらしくて。明後日に面会を組んでくださればいいのに。」
なんだろう。直接話さなきゃダメなこと?自分は説明下手だけど、あちらに返す報告関係はディナさんの添削済みだから不明点は無いと思う。まさかウランさんが来たりして。いやいや、あのワーカホリックが行き帰りの14日間を無駄にするとは思えない。ディナさんも同じ事を考えていたらしいけど、二人で無いよねーっと頷きあった。しもべであるディナさんも彼が近づいている感覚は無いそうだし。
しかし翌日の夕方、客の控室に行ったらいました。闇の国の宰相、ウランさんその人が。
「久しぶりですね。驚きましたか?」
ええ、驚きました。ディナさんに分からないようにってどうやったのよ?
「ご主人様、私にも分からないように結界まで張りつづけるなんてやり過ぎてはございませんか?」
ディナさんは片手で額を抑えている。呆れた、という表情だ。
「おや、ディナは良い顔になりましたね。修行の方も上々のようで。有能な部下がいて私は果報者ですね。」
「本当に悪趣味ですわ。それでは私は失礼いたします。」
え?と思ったけれど声をかける間も無く出て行ってしまった。
「ディナは私の気持ちが伝わりますからね。しかし、退室しなくても良かったのですが。」
扉からウランさんに向き直した時にはすでに腕の中だった。
「お変わりなさそうで良かった。何度人を心配させれば気が済むんですか、貴女は。」
穏やかな仮面の下の激流を噛み潰すように、掠れた声には力がはいっていた。我慢してたんだろうな。手を伸ばして頭を抱きしめてあげる。
「心配かけてごめんなさい。」
「すみません。貴女は悪く無いんです。貴女の側に飛んでいかなかったのは私なので。」
「じゃあ、嘘ついてごめんなさい。ハトですぐ帰るって言ったの嘘でした。」
「…そこだけですか?シーマ様を立てた時から考えていたんでしょう?最悪です。」
そう言って、私への印の上キスをした。
ーっ!耳!リンパ!性感帯!
「それでも、貴女の顔を見ただけで愛しさが勝つ。それを少しは知ってください。」
切なげな瞳にとどめを刺された。
テテレテッテレー。
えいこはイケメン耐性がレベル8になりました。
「は、はい、すみません…」
がっくりとうなだれながら、降伏だ。
と言うわけで、こちらで何をしていたかとかこれから何をするかを吐かされた。
「魔法の習得、ですか。防御魔法が不要になるのは喜ばしいですが、具体的な方法はまだ分からないのですね?」
「はい。カナの祠に行ってすぐ魔法習得できるのか、時間がかかるのかとか今は分かりません。可能なタイミングでご連絡は差し上げるつもりです。」
深くため息をつかれてしまった。
「またまたご心配をおかけします。」
「いえ、今のは自分に対してです。こちらに来るのに三日と本日。それが私が使える最大の時間だったので、明日同行する事が叶わないのです。職務を優先する自分が心底嫌になります。いつもの事ですが。」
「三日でいらっしゃったんですか?帰りは?」
「こちらに向かう一団に、転送円を使って途中から合流しました。それからあちら と こちらは先程転送円で繋げました。」
そんな簡単に転送円って作れるものなの?
「顔に何でも出ますね、えいこサンは。転送円を数時間で構築出来る者はかなり限られています。テルラ殿がNo.2になって下さったので、私が行くこともなんとかゴリ押しできました。それと、少し仕事の方も集権し過ぎているからと体制を変え始めているんですよ。」
仕事し過ぎですしね。それでも今日中に帰る予定なのだから、まだまだ大変そうだ。
「まぁ、ディナからハトで諸々の内諾を得たと聞いてからは、ハトで非公式なやり取りをさせていただいたので可能だったのですが。こちらの王陛下がなかなかフットワークの軽い方で助かりました。」
即ホットライン開通ですか。この人はホントに想像をぶった切ってくるわ。とんでも無いことやってる自覚あるのかしら?
「いかがされましたか?顔がちょっと面白い事になっていて可愛いですよ?」
不思議そうに尋ねられたが、多分ハニワ系の引き顔なんだろう。
「いや、本当にウランさんはすごいなぁ、と。」
つっと私の顎に彼の手がかけられる。
「自惚れてください。貴女のためですから。」
セリフの破壊力に一瞬白くなってしまった。その隙に顔が近づいてくるー
「失礼いたします。お時間です。」
はたと気がつくと、ディナさんの後ろにいた。
「ご主人様!何という破廉恥なことをえいこ様になさるおつもりでしたか?」
「ディナ、君は僕のしもべじゃ無かったっけ?」
「私はご主人様の良心です。」
やれやれといった顔だったウランさんが、はっと気がついてこちらを見た。
はい、バッチリ聞いてました。『僕の』という発言を。いくつになってもおねーさま方だけの前では僕らしい。
にっこり笑って、敵いませんね。と言うと、真っ赤になっていたか。ちょっと可愛かった。
ウランさんが帰って、私は最後の荷造りだ。キュラスの友人特権で城への滞在を許してもらっていたけれど、多分ここにはもう戻らない。カードゲームは私の勝ち越しだ。
戻らないけれど戻らないつもりであることは言っていない。もしかしたら、セレスが接触してくるのは後日かも知れないし、そうなった時に面倒だから今回も手紙作戦だ。直ぐには読まれないけれど、何かあったら読んでね、という手紙をしたためる。
明日一緒に行くサタナさん、ジェード君、ディナさんにはセレスの件はお知らせ済み。案内のカナトには知らせていない。なんか、私も修行にお供しますとか言いそうだし。
聖力も魔力も薄めで、それなりに険しい場所らしいから荷物が多少あっても怪しまれない。でも、あんまり多いと邪魔だしな。ぎゅうぎゅうやっていたら、闇の国からわざわざ持ってきた鎮静作用のある茶葉がクタクタになってしまった。
次の日、城を出ようとしたらメンバーが増えてた。
私、ディナさん、カナト、サタナさんとジェード君。それからキュラスとヒノト。
「王太子に就任したんだから、ついでに霊廟へご挨拶にでもと思って。」
構いませんけどね。 サタナさんと馬に乗るのに文句言うのはやめて。私が前に乗れるくらい大きい人は彼だけなんだから!
わあわあ言いながら楽しく問題なくカナの祠へ到着した。ピクニックか何かのようだ。以前に行った二つの祠と違ってここは聖力が薄くても見つからないことはない。
切り立った崖と崖の間、全員で横に並んでも入れるくらい開口部は広いし、抜ける空も明るくて圧迫感はない。時間帯が良かった。日が天中を過ぎたら影になり、さぞ暗かっただろう。その一番奥まった所に祠は佇んでいた。
手を触れると文字が現れた。これまた予想通りの文面。
『この世界に降り立った乙女は祝福を受けるだろう。』
抽象的なアドバイスどうもありがとう。心の中で悪態をつく。私の祝福は何ですか?
サタナさん以外の人は驚いていた。初めて文字が出る所を見たから仕方ないのかもしれない。特にヒノトは原理が知りたいと漏らしていた。
少し離れると文字は消えた。うん。で、セレスは?一人にならないと現れないとかかな?ちょうど祠の右奥に道は続いていたので、サタナさん達に合図をしてさりげなく一人で入った。ディナさんやジェード君が祠に近づいて三人の注意を引きつけてくれているはず。
がらがらどーん。
漫画みたいな嘘みたいな音がして、私の背後の、今来た道に岩が落ちてきた。




