89 起承転結の転
「あっぶな。」
上が緩んでいるならまた落ちてくるかもしれないから迂闊に近寄れない。セレスの仕業かと思ったけれど、周りを見渡したところで人影は無かった。
「えいこ様ー!ご無事ですかー?!」
「無事ですー!」
「岩どかすさかい、ちょお離れて待っとって!」
「えいこ様!聖獣が奥にはいるはずです。あまり遠くまで行かれてはいけません。」
「え?どっち?どうすれば?」
「落ち着いて?祠付近で目撃されたことは無いから。」
「オッケー。距離はとっとくけどここからは離れないよ!」
少し離れた石の上に座って、落ちてきた岩をしげしげと眺める。これ、魔法でなんとかなるものなの?あっちの世界ならダイナマイト要るんじゃない?しかし上の方の崖の強度が分からないからそれは使えないし、じゃあ重機でって具体的にどうすればいいかわからない。
する事が無いからそんな妄想に浸っていたら、マリちゃんが袖を引いた。
「ママ、あれ、ヤバイ気がする。」
聖獣のお出ましか?犬、でっかいコッカースパニエルに羽がくっついてる。そこから愛くるしさを100パーセント差っ引いたような生き物だ。
器なしの私は動かなければ大丈夫かも。
「マリちゃんは岩の隙間からあっちに逃げられる?」
「冗談言わないでよ。」
「やだぁ、逃げるなんて。」
ずぅんと心が重くなるような声が、獣の方からする。声に魔法か何かのせてるようだ。
「背中から打っちゃったら楽しさ半減じゃない。あらあら、久しぶりねぇ。ってあんたは覚えてないわね。」
どこで会った?どこで会った可能性がある?記憶を辿っても答えが見つからない。誰かと勘違いされてる?
「すみません。覚えてません。」
素直に謝ってみたけれど羽わんこの目がカッ見開かれ、私のすぐ横の岩が木っ端微塵になった。
「まぁ、いいわ。どうせ今回もすぐ殺すんだし。でも、こっちの都合で説明はしなきゃだめなのよね。『この世界に降りた乙女よ。力を示すが良い。さすれば我が力を与えよう』。はい。言いました。じゃあ、死んで?」
ノーパワーノーライフ。示す力なぞございません。
「えいこサン?また、落石か?」
あちら側にとりあえず知らせるか?そう思った瞬間、バチィッと目の前でマリちゃんが吹っ飛んだ。
最大限の防御魔法が、羽わんこの何かの力で瞬殺だ。飛ばされたマリちゃんはピクリとも動かない。駆け寄りたかったけれど、それは叶わなかった。第二波で防御魔法ごと私も吹き飛ばされて、私も頭と背中に衝撃が走った。不思議と痛みは感じなくて、視界も閉じていた。
ゲームオーバー、か。せめて魔法じゃなくて魔力か聖力なら私には効かなかったのに。
「相変わらず、ゴミのように弱いわね。」
その声の後が最後の感覚だった。
事前の手筈通り、えいこ様から合図があった。例のセレスという人物が奥に隠れていたのを見つけたのか、そちらに進まれた。私とジェードさんが祠に近づいて注意を引いて、サタナ様が視界を遮る。
けれど、カナト様とキュラス様はえいこ様が視界から消えたことに直ぐに気がついた。
「えいこは奥に行ったみたいだけど?」
どう誤魔化そうか考えようとしたその時、えいこ様が向かわれた道に大岩が降ってきた。サタナ様とジェードさん、カナト様が魔法を展開したけれど全ては防げなくて、道は閉じてしまった。
「えいこ様ー!ご無事ですかー?!」
安否は私の保護魔法で確認済み。だから、不安を取り除くように声をかけた。
「無事ですー!」
特に不安がることもないような、いつもの調子で安心した。サタナ様に頷いて、ご無事であることを保証する。
「岩どかすさかい、ちょお離れて待っとって!」
「えいこ様!聖獣が奥にはいるはずです。あまり遠くまで行かれてはいけません。」
「え?どっち?どうすれば?」
「落ち着いて?祠付近で目撃されたことは無いから。」
「オッケー。距離はとっとくけどここからは離れないよ!」
これはセレスという人のせいかしら?だとしたら粗暴な方だ。サタナ様とカナト様、キュラス様が手持ちの結晶と道を開く方法をを相談されている間に、私は自身の弱体化を解いてえいこ様の存在に集中する。保護魔法は元々建物の強化や警備用だから、集中すれば周囲監視ができる。魔力の比重を強化に回しているので、白黒で荒い映像しか受けることはできない。
「何か獣が、えいこ様に近づいています。」
「聖獣か?」
「この辺りの聖獣はまだ凶暴化しておりません。こちらから仕掛けなければ大丈夫かと。」
ヒノト様がそう言った瞬間、どんっという音が岩の向こうからして、映像が乱れた。
「えいこサン?また、落石か?」
返事は返ってこず、またどんどんっと言う音がした。えいこ様の感情が一瞬大きく乱れて途切れ、保護魔法が吹き飛ばされた。
「えいこ様!」
私が叫ぶと、サタナ様に両肩を強く掴まれた。
「…何があった?!」
「えいこ、様の、保護魔法が吹き飛ばされました。とても強い攻撃魔法で。」
サタナ様が見えないはずのえいこ様の方向を見て目を細め、小さな声で「ちっ。こっちもやられてる。」と呟くのが聞こえた。
ジェードさんとキュラス様の会話も遠くで聞こえる気がする。
「ディナさんはえいこ様に魔法防御の保護魔法をかけていたんです。それが。」
「その顔色の通りって事だね。」
ダメ、卒倒してる場合じゃない。
「…ジェード、俺はほっといてええ。えいこサン助けに行け。命令な。」
「は、はいぃぃ。」
ジェードさんが緊張か何かで歯の根が合わなくなっている。
サタナ様は懐から何かを出して、私と目があった。
「ディナはん。えいこサン後頼むな。」
にこっと優しく笑って、何かを口に放り込んだ。
サタナ様から感知せずとも分かるほどの魔力がほとばしる。魔力の結晶を、飲んだ?あのサイズを?!
自殺行為に等しい。全力で魔力を放出しながら、魔法が構築される。そこまでの魔法ならバーストする前に発動すれば助かる可能性があるとでも?そんなの可能性と言えないくらい低いじゃないっ!
ダメ元で回復魔法を構築しながら、間に合う事を祈る。えいこ様が無事なことと、サタナ様が無事な事を。
どうん、という音がしてサタナ様を中心に魔力が吹き荒れた。間に合わなかった。黒い霧の合間に見える彼は、口元に笑みを浮かべて目は赤く灯っている。凶暴化した魔獣のようだ。
「メルトぉっ!」
サタナ様の声が聞こえて、岩一帯が全て溶けた。信じられない。こんな魔法があるなんて知らない。陛下以外に使える魔人がいるなんて信じられない。
ジェードさんとカナト様が開いた道に飛び込んだ。震えが止まらないような私は足手まといにしかならない。奥歯を強く噛んで魔法構築に集中した。
「ヒノト、結晶全部使って。その後は回復に回って。ディナ、回復魔法解除、何が出てくるか分からないけど、聖属性だろうから闇の力いつでも打てるように準備して。僕は防御魔法準備しとく。足しになるかは分かんないけど。」
冷静な声に導かれ、すぐさま対応する。
「冷静な所も周りを見る力もえいこに褒められたからね。コンダクターの役割は全うするさ。簡単に命捧げられる奴を素直に死なせたりしない。そんなのズルだ。許さない。」
聖力の結晶で過不足なくサタナ様を中和したヒノト様は、残りの結晶で自己回復し高度な治癒魔法をサタナ様に施している。対応が早くて、多分サタナ様はまだ死んではいない。
どの位時間が経ったのか、すごく長くて短い時間が流れて、ジェードさんが戻って来た。
「大分向こうまで行ったけど、えいこサンも聖獣も居なかった。その先は道が分かれてて、行動不能になりそうだったから、ごめん。」
悔しそうに報告するジェードさんをキュラス様が労う。
「無理して傷を広げるのは愚策だからね。良く戻った。一度戻るのが、えいこを助ける近道だよ。」
そう言いながら、回復魔法に構築し直しカナト様にも指示を出した。
ジェードさんは嘘をつくのが下手だ。その彼が、一瞬私を見た瞳が揺れた。
まさか。
先程までえいこ様が居たであろう道に飛び込んだ。
「ディナさん!」
私は立ち止まった。呼び止められたからじゃない。
崖にはおびただしい血飛沫と血溜まりがある。肉片も。
「いやぁああぁああ!えいこさまぁぁあ!」
その後の記憶は無い。




