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挟撃

風が止んだことで黒煙が上空に滞留し、月明かりが地上に届くことは無かった。

 だが、オデッキオ周辺の森林はまだ燃えている箇所があり、炎が公路を照らし出していたため、今のところは行軍に支障はなかった。

 ソーシエンタールは精鋭部隊を編成し、闇夜に紛れて敵に夜襲を掛けるべく公路を北上していた。

 精鋭部隊と言っても、その数は500人に満たず、この夜襲が成功したとしても、敵に致命的なダメージを与えることは難しいと考えられていた。

 従って、この度の夜襲はどちらかというと、敵の疲労蓄積と戦意消失が主な目的であったが、あわよくば敵将を討ち取りたいと考えていた。

 ソーシエンタール軍は、異臭や煙を直接吸わないように全員がマスクで顔半分を覆っていた。

 隠密行動では咳一つが命取りとなる。これは斥候をしていたトゥーランドだからこそ、気付くことが出来ることなのだ。

 また、今回は全員が馬に騎乗していた。

 これは奇襲後、すぐに離脱できるようにするためだが、火災の影響で山に逃れることができない以上、撤退時の生存確率を上げるためにも、全員が馬に乗る必要があったのだ。

 ちなみに、ヤスリソブリはオデッキオに残してきた。

 今後の事を考えると、もしも夜襲に失敗した時に指揮官が二人とも戦死することだけは避けなければならない。そのため、ヤスリソブリはオデッキオからいつでも出撃できるように準備した上で待機していたのだ。

 トゥーランドは500名の騎馬隊を引き連れて急ぎ公路を北上する。

 火災前に比べると周囲の景色が一変しており、現在地の把握が非常に難しいため、馬の体感速度と経過時間からおよその距離を算出するしかなく、いつも以上に神経を使った行軍であった。

 しばらく進むと、トゥーランドは公路の両脇に草木が茂っている事に気付くと、すぐに全軍を停止させる。

 「周囲に草木がある………つまり、この辺りは着火地点よりも風上だったという事だ」

 トゥーランドは単独で少し進んで前方を確認するが、クシュチア軍は確認できない。

 そこで、先ずは敵を発見するために斥候を出した。元々マークランド直属の斥候だったトゥーランドは、情報の大切さを誰よりも理解している。

 しばらくすると、前方に敵陣を発見したと報告があった。

 トゥーランドは300騎を近くの山林に伏せ、残る200騎弱で進軍を開始した。

 約2キロほど馬を走らせると、前方に篝火の明かりが見えてくる。

 「間違いない。敵陣だ」

 トゥーランドは全軍に火矢の準備をさせた。

 火を点火した状態で敵陣に近づくソーシエンタール軍。

 すると、敵陣の前には箱状のものが並んで設置されている事に気付く。

 その瞬間、その箱から一斉に巨大な矢が発射された。

 「!!」

 正面から水平射撃された巨大な矢は、凄まじい風切音と共に飛んで来る。

 同時に、左右からも通常の弓を射掛けられる。

 「伏兵か!?全軍早く火矢を放て!いい的になるぞ!」

 トゥーランドはそう言うと全軍に退却を命じた。

 3方向から矢を射られ、次々と味方を失っていくソーシエンタール軍。

 すると、クシュチア本陣から騎馬隊が出陣し、退却するソーシエンタールの追撃を開始する。

 ソーシエンタール軍は一目散に退却する。その数はすでに100騎を切っていた。

 トゥーランドは兵を伏せておいた地点まで逃げると、追撃してくるクシュチア騎馬隊に対して横矢を射掛けた。

 伏兵の存在に驚いたクシュチア軍は、追撃の手を緩め一旦自陣へ騎馬隊を戻した。

 トゥーランドは改めて陣形を整えると、暗闇を挟んで敵と対峙した。

 

 クシュチアの聖騎士セイドルフは、追撃軍が帰還して来る様子を見ながら、隣にいるギャモンに話しかけた。

 「貴公の読み通り、敵は夜襲を仕掛けてきたな」

 「ああ、だがまさか敵も兵を伏せているとは思わなかった。まんまと追撃隊は釣り出され、只でさえ少なくなった騎馬隊を更に減らしてしまった……」

 ギャモンは腕を組みながら暗闇の先にいるであろう、ソーシエンタール軍の方を見つめながら続けた。

 「……だが、勝負はここからだ。敵は騎馬を中心とした構成に見えた。騎馬である以上、公路を進むしかない。であればこの巨大弓矢を射掛け続ければ、敵はこちらに近づくことも出来ないはずだ」

 ギャモンは箱状の巨大弓矢を断続的に水平射撃することで、敵の接近を阻止できると考えていたのだ。

 「貴公は天才だな」

 セイドルフはいわゆる古いタイプの聖騎士であったので、ギャモンの作戦はどれも新鮮で、自分には考えも及ばないものだと舌を巻いた。

 また、ギャモンは公路の両脇に松明や篝火を置き、敵をいち早く発見できるようにした。

 ここまでやれば、敵は迂闊に攻めてくることは出来ないはずだった。

 だが、しばらくすると、遠くで争う声がきこえてきた

 「何事だ!?」

 セイドルフが見張りに聞くが「わかりません」としか返ってこない。

 公路上には敵の姿は見えない。だが、確実に争う音や声が聞こえてくる。

 セイドルフとギャモンはお互いに顔を合わせて首を捻っていると、そこへ伝令が走りこんで来た。

 「申し上げます!左に伏せていた弓隊が敵の攻撃を受け、現在防戦中!」

 「なに!?」

 セイドルフが更に質問しようとすると、そこに別の伝令が走ってきた。

 「こちら右弓隊!現在敵と交戦中!」

 「!!!」

 セイドルフは驚きの表情のままギャモンに振り返る。

 ギャモンも同じような表情で口を開いた。

 「敵は騎馬隊でありながらあっさり馬を捨て、徒歩で我が軍の両翼の伏兵を強襲してきおったのか……?」

 「そんな……馬鹿な……!」

 ギャモンの言葉にセイドルフは暗闇に目を向けて呟いた。

 聖騎士にとって、騎馬隊が馬に乗らずに作戦行動を取る事は、全く考えられないことなのだ。

 ギャモンは我に返ると「すぐに両翼へ救援部隊を出せ!」と叫んだ。

 だが、聖騎士団をメインとして組織されたクシュチアは、歩兵としては重装歩兵か弓兵しかおらず、やはり正々堂々の正面からのぶつかり合いを想定した装備だったので、山に入るような作戦は想定していなかった。

 案の定、山の中では救援隊は遅々として進まないため、やむを得ず、全軍に撤退命令を出すギャモン。

 そこである事に気付いたギャモンは、撤退の際は、公路を進むように付け加える。

 すると、松明や篝火に照らし出された公路上に、ゾロゾロと兵士達が現れ始めると、順次こちらに向かって撤退を開始するクシュチア兵。

 その誰もが傷を負っているようで、フラフラしながら走ってくる。

 「重装歩兵前へ!」

 ギャモンの指示により、重装歩兵が盾を構えながら公路を前進すると、壁役として敵の攻撃を一手に引き受ける。

 その隙に、逃げてきたクシュチア兵士達は、重装歩兵の脇を通り抜けて自陣へ帰って行く。

 これにより、公路上には味方のクシュチア兵、左右の草木の中にはソーシエンタール兵がいる事となった。

 「よし。火を放て!」

 ギャモンはニヤリと笑う。

 公路を挟んだ両翼に火が放たれると、炎は徐々に大きくなり燃え広がり始めた。

 「これで敵は身を隠す場所が無くなり、公路上へ逃れるしか道は無いだろう───そこを逃さず討て!」

 風はあまり強くは無いが、昨日同様、北から南の方向に吹いている。

 ソーシエンタールにとっては、昨日に続いて炎に追われる事となった。

 「重装歩兵に続いて弓隊を配置、敵を視認次第これを討て!」

 ギャモンはウサギ狩りを楽しむごとく、ソーシエンタール兵が姿を現すのを待っていた。

 『ぎゃあああ!』

 『逃げろ!』

 悲鳴がクシュチア陣内に轟く。

 ギャモンは笑いながら炎を見つめていたが、悲鳴の出所が自陣の後方から聞こえてくることに気付く。

 何気なくギャモンが振り向くと、自陣の後方は火の海であった。

 「何だ!?どうしたと言うのだ!?」

 ギャモンは現状を呑み込めない。

 つい数秒前までは完全に優勢だったはずだ。それが今では、前も後ろも火の海であり、炎の中に完全に孤立したような状況であった。

 「敵が我が軍の後方から攻撃を仕掛けてまいりました!」

 「何だと!?一体どこから現れたのだ!?」

 ギャモンは完全に混乱していた。

 オデッキオからここまでの山は、まだ炎が残っており迂回は出来ないはずだ。目の前の敵も炎に阻まれて迂回は無理だ。例え迂回できたとしても、これほど早く我が軍の後方に辿り着くことは不可能。

 では、後方に現れた敵は何なのだ!?

 

 混乱するクシュチア軍を目の前にして、一人の男が右手を上げる。

 ザッ……!

 一斉に弓を構える兵士達。

 一呼吸置いて、男が右手を振り下ろすのと同時に矢の雨がクシュチアへ向けて一斉に放たれた。

 炎に囲まれて逃げ場を失ったクシュチア兵は、次々に矢が命中して倒れて行く。

 ここに来てクシュチアは、重装歩兵を最前線に移動させた事が裏目に出てしまった。弓矢を防ぐ壁役がいない状況で、後方から途切れる間もなく矢が降り注ぎ、完全に袋の鼠と化していた。

 

 トゥーランドもまた、何が起きたのかわからなかった。

 突然目の前に炎が現れ、公路に逃れようにもクシュチア兵が待ち構えておりそれも出来ない。

 やむを得ず、草木を掻き分けながら南に向かって後退するソーシエンタール軍。

 「昨日よりも風は強くない!落ち着いて逃げれば十分間に合うぞ!」

 トゥーランドは味方に声を掛けながら必死に視界不良の中逃げていた。

 すると、公路上の敵の動きが止まり、自陣の方へ戻り始めている事に気付いた。

 「敵の動きがおかしい……」

 トゥーランドは敵の姿を確認するために公路に近づいてみると、そこには敵は敵の姿は無く、慌ただしく自陣へ引き返す敵兵の後ろ姿が見えた。

 何がどうなっているのか不思議に思っていると、微かだが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 トゥーランドはすぐに手を挙げて「ここだ」と答える。

 すると、暗闇で姿は見えないが声だけが聞こえてきた。

 『私は特務隊の一人、キク。現在マークランド様は敵の後方を攻撃中です。貴殿も体制を立て直して直ぐに攻撃に移行して下さい』

 「マークランド様が直々に!?わかった。すぐに行動に移す!」

 『それでは私はこれにてご免』

 キクはそう言うと気配を消した。

 トゥーランドは全軍を公路上に集結するように指示を出すと態勢を整える。

 だが、集まったのは200人ほどしかおらず、全員顔中ススまみれで体力も限界に近かった。それ以外の者はまだ山中で炎から逃げているか、すでに死んでいると思われた。

 200人程度ではかなり心許ないが、マークランドが直々に来ているのだ。黙って見ている訳にもいかない。

 その時、暗闇から沢山の馬蹄の音が鳴り響いてきた。

 トゥーランドは振り向くと、そこにはヤスリソブリ率いる騎馬隊が駆けつけてきた。

 「マークランド様から伝令があり、すぐに戦場に駆けつけるようにご指示を賜り馳せ参じた次第!このヤスリソブリ、存分に働かせていただきますぞ!」

 そう言いながらトゥーランドらの脇をすり抜けて、敵陣へ突撃していくヤスリソブリ率いる騎馬隊。

 歓声でそれを見送るトゥーランド率いる200名。

 「負けてはおれぬ!我々も突撃だ!」

 トゥーランド隊も炎に照らし出された公路を駆け出した。

 

 完全に挟撃される形となったクシュチア軍は全滅寸前であった。

 炎に囲まれたこの状況では逃げ場は無く、公路は敵に封鎖され弓矢が降り注ぐ。

 しかも、南からは援軍が到着した敵が突撃を開始したようだ。

 「北の敵の数は!?」

 「暗闇ではっきりした数はわかりませんが、それほど多くは無いかと」

 セイドルフの質問に、傷ついた兵士が答える。

 セイドルフは頷くと、隣にいるギャモンに向き直り口を開いた。

 「もう時間が無い。南からも敵が迫っている。ここは私の聖騎士団が北の公路の突破を試みる。貴公らも私に続いて一点突破を図って脱出するぞ!」

 「それしか無いようだな………わかった。セイドルフ、頼んだぞ」

 ギャモンの言葉にセイドルフは頷くと、すぐに踵を返して騎乗した。

 セイドルフは僅かに生き残った騎馬聖騎士団に騎乗命令を出すと、自らが先頭に立って大声で味方を鼓舞する。

 「我らが脱出のための血路を開くのだ!騎馬聖騎士団、突撃!」

 ラウンドシールドに身を隠し、槍を構えた騎士スタイルでソーシエンタール軍に突撃する聖騎士団。

 その突撃は強烈で、目の前に立ちはだかる者は蹴散らされ、吹き飛ばされ、槍の餌食となった。

 鬼気迫るクシュチア聖騎士団に押されたソーシエンタール軍は、無理に包囲することは止め、北に落ち延びて行くクシュチア兵を見送った。

 クシュチア軍は僅か300人だけがソーシエンタールの包囲を突破したが、そこには聖騎士セイドルフとギャモンの姿もあった。

 

 途中、戦況が二転三転し、どちらが勝ってもおかしくは無かったが、最終的には圧倒的な大差をつけてソーシエンタールが勝利した。

 ソーシエンタール軍は残存兵をまとめると、オデッキオへ帰還した。

 

 ◆

 

 

 マークランドはオデッキオの救援に向かうため、自ら一軍を率いてグランナダに入ると、そこで特務隊に命じてオデッキオとミストに伝令を出した。

 そして、自らは進路を西に取り、オデッキオではなく、一路フライムダル方面へ向かった。

 ───マークランドの狙いは敵の背後であった。

 そこで、この辺の山に詳しいマツに案内させて、フライムダルとクシュチアの国境付近を北へ進み、クシュチア軍の背後に回り込むように迂回して公路へ出るルートを取った。

 山中を進むルートであるため、かなりの時間を必要とするが、もしも敵の背後に出て挟撃が出来れば、クシュチアには立ち直れないほどのダメージを与える事ができると考えていた。

 そう、マークランドはこの戦いで、クシュチア王コルドバの打倒を狙っていたのだ。そして、更に先の事も見据えていたのだが、果たしてそこまで上手く行くのかは、現段階ではマークランドにも読むことは出来なかった。

 何れにしても、それを目指して行動することについては、何ら躊躇する事は無かった。

 途中、山火事に遭い、行く手を阻まれながらも想定通りの時間に敵の背後に回り込むことに成功した。

 おそらく、オデッキオへの伝令によって、味方の兵はこちらに向かっているはずだ。

 マークランドはそれを信じて、敵の背後を強襲したのだった。

 

 この局面だけを見れば、マークランドの策が見事にはまったと言えるのだが、実際はそんな簡単なものではなかった。

 事実、オデッキオに帰還したマークランドは、犠牲者が沢山出ていたことに驚くと、自分の策が本当に正しかったのかわからなくなっていた。

 トゥーランドはそんなマークランドに、敵に圧勝した事を大々的に宣伝すると共に、町中に酒を振る舞うよう進言した。

 これは対外的なポーズの意味合いもあったが、一番の理由は、味方の士気を上げることにあった。

 敵の火計によって2度までも退却を余儀なくされたソーシエンタール軍にとって、自分たちの戦いは間違っていなかったという事を再認識させ、今後もマークランドについて行けば良いのだとわからせるためにも、大々的な凱旋パレードや戦勝パーティは必要な事だったのだ。

 マークランドはトゥーランドの案をすぐに採用すると、城にあるぶどう酒を全て一般解放し、町をあげて大いに飲み、騒ぎ、喜びを共有した。

 これにより、次の戦いに向けてソーシエンタールは大いに士気を上げるのと同時に、マークランドの名声は大陸中に知れ渡ったのだった。

 

 3日後───。

 マークランドは公路を北上していた。その数3万5千。

 遂にクシュチア国王コルドバ討伐のため、遠征軍を出発させたのだ。

 コルドバとは、遅かれ早かれ決着をつける必要がある。これはマークランドの意志とは関係なく、やらねばならない事だ。であれば、危険な芽は早くに摘んでおくべきとの判断だった。

 特に黒の魔術師………ロックウェルの影が今だに見え隠れする以上、このままクシュチアを放置するわけにはいかない。

 だが、マークランドにはもう一つの思惑があった。

 むしろそちらの方が個人的には優先順位が高いかも知れない。

 そう、コルドバを倒した暁には────。 密かな思いを胸に秘めるマークランドであった。

 

 さて、ソーシエンタール軍は何のトラブルも無く、順調に進軍していたのだが、これには理由がある。

 クシュチア聖騎士団を2度にもわたって完膚なきまでに打ち破ったマークランドは、クシュチア国内に置いては圧倒的な力を持った征服者と映っていた。

 公路上にある町は、マークランドの名前を聞くだけで恐怖し門を開くと、ソーシエンタールに忠誠を誓った。その姿はさながら命乞いのようだった。

 マークランドは力による『征服』は不本意であったが、これによって無駄な血が流れることが無いのだから、今のところはこれで良しとした。

 善政による『心服』はこれから徐々に行えば良い。

 マークランドは一路、クシュチア王都を目指して進軍した。

 途中、公路は西へ針路を取り、サマニ平原………現在のフライムダル領を通過するのだが、中立の立場であるフライムダル領に軍を侵入させる訳にもいかないため、途中から公路を外れて直接北東を目指すルートを取る。

 道は狭くなり、野党の類も出没するため気は抜けないが、遠回りする公路を進むよりもかなり近道である事は間違いない。

 マークランドは直属の特務隊や、トゥーランドの斥候から敵の動向や進路上の伏兵等の情報を頼りに進軍していた。

 そして、敵が『衛星都市メキド』に集結しつつある事も察知していたのである。

 

 ◆

 

 

 クシュチア国王コルドバは、メキドを最終防衛地点としてソーシエンタール軍を迎え撃とうと考えていた。

 近衛兵を率いて自らもメキドに移動すると、撤退してきた聖騎士団と合流し防衛ラインを構築する。

 メキドの周囲には柵を何重にも設置して、騎馬の行動を制限すると共に、侵攻速度を遅らせることで新兵器である巨大弓矢を浴びせるつもりだ。

 これまでは攻撃側として苦汁をなめ続けたクシュチアであったが、今回は完全に守備側としての戦いだ。王都はすぐ隣にあり、補給は容易に行えるため、長期戦を想定して守りを固めれば必ず勝てると考えていた。

 逆にソーシエンタールは補給線が長くなり、戦いが長期化するほど物資が窮乏するはずであった。

 「………従いまして、マークランドは短期決戦を望んでいるはず。こちらはその手には乗らずに辛抱強く戦えば、我が軍は勝利間違いなしでしょう」

 聖騎士ギャモンが、玉座の前で頭を垂れて進言した。

 ギャモンにとって、最大の問題はこのコルドバ王だった。

 マークランドを深く恨んでいるコルドバは、カッとなって全軍に突撃命令を出す可能性がある。こちらが動けば、マークランドは策を弄しやすくなるのだ。

 そこで、動かずに我慢する事こそが大事であると、理解してもらわねばならないのだ。

 ギャモンの話を聞き終わると、コルドバは玉座から立ち上がり握り拳を作って話し始めた。

 「そんなことはわかっている。ここが最終決戦の地である以上、絶対に勝たねばならんのだ。だが、最大の目的はマークランドを確実に仕留めることだ。そのために皆、全力を尽くして欲しい」

 『御意』

 ギャモン、セイドルフの聖騎士二名、更には近衛隊長であるゾニエルが跪いてこれに答えると、引き続きソーシエンタールを迎え撃つ準備のため退出する。

 廊下を歩きながらギャモンは何気なく『比類なき剣士』ゾニエルに質問した。

 「貴殿のご子息も軍に配属されていたと思うが、この地に召集されているのですかな?」

 特に他意も無く聞いたギャモンだったが、ゾニエルは横目でギャモンを一瞥すると、ぶっきらぼうに答える。

 「息子のディーヴは最近いろいろあり、エルダン城に残しております」

 「ほう、そうでしたか。貴殿ほどの剣の達人のご子息ゆえ、直にその剣技を拝見したかったのですが………残念です」

 「……それでは、これで」

 ゾニエルはマントを翻すと、廊下を曲がって行ってしまった。

 「……何だ?あの態度は?」

 ギャモンの隣で二人のやり取りを見ていたセイドルフだったが、ゾニエルの態度を見てカチンときたようだ。歩みを止めてゾニエルの後ろ姿を睨み付ける。

 「………聖騎士である我らに対する態度では無いぞ?」

 「まぁ、そう怒るなセイドルフ。誰にだって触れられたくはない事はあるものだ。ゾニエルにとってはそれが息子の事だったようだな」

 そう言うとギャモンはセイドルフの肩をポンと叩いて歩くことを促す。

 セイドルフは「ふん」と鼻を鳴らす。

 「ギャモンは物分りが良いのだな。私はどうもあのような奴は好きにはなれん」

 ゾニエルの後ろ姿を一瞥すると、再び歩き始めるセイドルフ。

 「まぁそう言うな。コルドバ王の守りは奴に任せておけば安心だ。だからこそ我らは思い切り敵と戦う事ができるのだからな」

 「それはそうだ」

 二人は城を出ると、町を囲むように設置している柵の確認に出かけた。

 木製の柵は地面に打ち付けて、そこに丸太を縦てに半分に切って柵に括り付けていた。

 これだけで敵の騎馬の侵入と弓矢を防ぐことができるので、簡単には町には侵入できないはずだ。

 しかも、メキドは山間の盆地にあるため、敵がメキドを迂回して王都へ向かうのはほぼ不可能だ。つまり、ここを死守する事こそが勝利に繋がるのだ。

 

 そこに突然見張りからの報告が入った。

 『ソーシエンタール軍がメキドの手前5キロほどに迫っている模様!』

 「よし!遂に来たか!?」

 セイドルフはまるで待ち人が来たような喜び方をする。

 それを見てギャモンは苦笑すると、すぐに戦闘準備に入った。

 

 しばらくすると、土煙と共にソーシエンタールの軍勢が視認できるようになった。

 ギャモンは設置した柵の内側で巨大弓矢の発射準備をしつつ、その背後には歩兵部隊とセイドルフの騎馬隊を待機させ、両翼には弓隊を控えさせた。

 すると、ソーシエンタールから100騎ほどの騎馬隊が向かって来ると、柵の外側から火矢を射掛けてきた。

 もちろんその火矢はこちらまで届かない。

 「よし、巨大弓矢をお見舞いしろ」

 ギャモンの指示で大きな箱に設置された巨大弓矢が一斉に発射される。

 唸りを上げて2メートルほどある矢が降り注ぐ。

 ソーシエンタールの騎馬隊は為すすべなく、慌てて撤退して行った。

 『見ろ!ソーシエンタールの騎馬隊が尻尾を巻いて逃げていくぞ!』

 『思い知ったか!』

 クシュチア兵たちはソーシエンタール軍を追い返したことで士気が上がっていた。

 その後も、ソーシエンタールからは何度か攻撃を受けたが、その全てを跳ね返していた。

 夜になってからも、ソーシエンタールは夜襲を仕掛けてきたが、クシュチア側はそれを読んでおり、あっさり撃退した。

 クシュチア軍はこの戦いで負ける気がしなかった。

 相手が攻めてきても絶対に追い返すことができると信じていた。

 だが────。

 

 『敵襲!』

 夜が明けたばかりのメキド防衛線に、大きな声と共に銅鑼の音が鳴り響いた。

 ギャモンとセイドルフは天幕から飛び出ると、いつものように配置につく。

 「やつらも懲りないなぁ………」

 セイドルフがあくびをしながらギャモンに話しかける。

 「それはそうだろう…………ん!?なんだ!?」

 ギャモンは前方に身を乗り出して目を凝らしている。

 「どうした?」

 セイドルフもあくびで出てきた涙を拭きながらソーシエンタール軍の方を見る。

 遠くに陣を構えるソーシエンタール軍が見えるが、別段攻撃を仕掛けてきているようには見えなかった。

 「敵の姿が見えないようだが?」

 セイドルフは柵の手前まで走って行くと前方を凝視するが、やはり敵の姿は見えない。

 遠くのソーシエンタール軍の陣からはいくつもの煙が立ち昇って居るのが見えたが、おそらく朝飯の用意か何かで火を使っているのだろう。特におかしい所は無かった。

 「いや………待てよ!?」

 セイドルフはもう一度ソーシエンタールの陣に目を凝らす。

 白や灰色に紛れて、黄色や赤色の煙が立ち昇っているのが見える………炊事の煙にしては色がおかしい。

 「ギャモン!あれは何かの合図………!!」

 そう言いながら振り返ったセイドルフは驚きのあまり言葉を失った。


 メキドの町が燃えていたのだ。

 

 「ま、また………挟撃だと………!?」

 ギャモンも赤く染まった空を見上げている。

 「一体どこから侵入したのだ!?」

 ここから見える炎の状況から推測すると、城の向こう側………おそらく住宅地区のあたりが燃えていると思われた。

 だが、ここはメキド。迂回は出来ないはずだ。

 陸路で王都に行く場合は、絶対にメキドを通らねばならないのだ。

 陸路である以上は………!

 「陸路………!?」

 ギャモンは途端に嫌な予感がした。

 そして、その予感が正しければ、これからクシュチアにとっては地獄ような時間が始まるのだ。

 振り返ると、ソーシエンタールの本陣から土煙が見えた。

 「こ、これは………」

 そう、これはソーシエンタール軍がこちらに向かって進撃を開始したのだ。

 「う、動けぬ………」

 セイドルフの額は汗でびっしょりであった。

 今持ち場を離れて後方の救援に向かえば、対峙しているソーシエンタール軍の侵入を許してしまう。

 しかし、このまま無駄に時間を費やすと、後方の敵が城を落とす可能性がある。

 聖騎士二人は八方塞となった………。

 

 

 

 

 


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