クシュチア攻防戦
グレンとクラヴマンはマークランドの指示により、ミストから船団を率いて海路にてクシュチア王都の手前まで来ると、グレン率いる1万の兵力を上陸させ、メキドの北側に布陣すると合図を待ってから攻撃に移行した。
クシュチア軍は北側の公路は守りが手薄となっており、簡単に裏を取る事が出来た。
グレンはなるべく敵を混乱させるために、あちこちに火を放った。
案の定、住民達はパニックとなり安全な場所を求めて好き勝手に動き始めた。
これにより、クシュチア軍は住民が邪魔で、簡単には戦闘行動に移行する事が出来なくなっていた。
「どうなっているのだ!?」
コルドバは玉座上で苛立ちながらゾニエルに向かって戦況を聞いた。
「聖騎士団が敵の侵入を許したようです。あちこちで火の手が上がっております……」
ゾニエルは表情一つ変えずに報告を続ける。
「更に、住民達が安全を求めて城に押しかけ開門を求めております」
「何だと!?それでは我が軍が動けなくなるではないか!?」
コルドバは身を乗り出す。
「はい、そして万一の時には、城を脱出するのも難しくなります」
「バカな………住民達は工業地区へ誘導しろ」
「御意」
ゾニエルが側近に目配せすると、直ちに部屋を飛び出して行く。
コルドバはそれを見送ると、更に口を開いた。
「ゾニエル。私は住民達が工業地区へ移動を開始したら、それに紛れて城を脱出し王都へ向かう」
「王都への道は炎で塞がれております」
「だが、こうなってはこのままこの城にいても危ういだろう。何とか王都へ戻らねばならん!」
「わかりました。こちらへ!」
「うむ」
コルドバは頷くとすぐに玉座を立ち、ゾニエルの後に続いた。
ゾニエルはコルドバを誘導しながら近衛隊に緊急招集を掛けると、城門の前に集合させた。
そこには井戸があり、全員に頭から水を被るように指示を出す。もちろん、コルドバにも水を被ってもらう。
更に馬にも水を掛けるように指示すると、大声で近衛隊に向かってしゃべり掛けた。
「我々はこれから炎の中を突破して王都へ帰還する!服が濡れていれば簡単には燃える事もあるまい!何としても王を守り抜いてエルダン城に入るぞ!」
『おーっ!』
ゾニエルは城門の上の見張り台に目をやると、右手を大きく振る。
見張りの男もそれに応えると、ゆっくりと城門が開き始めた。
どうやら住民達は工業地帯へ移動を開始したようだ。
近衛隊はコルドバの馬を取り囲むように一丸となると、一斉に城門から飛び出した。
住民達が列を作って避難する中を、十数騎の馬が一気に突っ切る。
馬に弾き飛ばされる住民達を尻目に、コルドバと近衛隊は北の公路を目指す。
グレンはその姿を見逃さなかった。
「コルドバ王が住民を見捨てて王都へ逃げていくぞ!何という事だ!王が逃げるぞ!!」
グレンはコルドバを指さしながら住民達に向かって大声で叫んだ。
それにつられて住民達も騒ぎ出す。
『王が逃げていくぞ!』
『王は我々を見捨てなさった!』
住民達は避難することも忘れて去り行くコルドバ王に罵声を浴びせていた。
コルドバは炎の中を突っ切ってメキドからの脱出を図る。
グレンは馬を走らせながらニヤリと笑った。
「これでメキドの住民の心は、コルドバから離れるだろう」
グレンはすぐに兵たちを集めると、逃げるコルドバは無視して南に陣を張るクシュチア聖騎士団の方へ向かった。
メキドの町は広い。
城を横目に、グレン率いる1万の兵たちは全力で公路を進む。
海を渡ってきたため馬を十分に準備できず、騎馬は僅か100騎しかいなかったが、その100騎は先行してマークランド軍と対峙している聖騎士団の陣へ突撃した。
グレンはすぐに合図の火矢を上空に向かって射る。
これを見たマークランドは、全軍に突撃命令を出した。
軽装鎧のソーシエンタールの歩兵は、柵を避けながら敵陣へ切り込んで行く。
「敵からの弓は無いぞ!突撃せよ!」
トゥーランドが味方を鼓舞しながら、自らも突撃する。
ヤスリソブリの部隊は柵を破壊して馬が通れるだけの道を作って行く。
「見事だ………ここまで周到な準備をしているとは、敵ながら天晴れとしか言いようがない」
ギャモンは混乱する自陣の中で一人佇み、まるで第三者のように戦闘を眺めていた。
その隣には、セイドルフの姿もあった。
「後方から攻撃を受けているという事は、すでに城は陥落したと考えるべきか………?」
「そうだな………これ以上無駄に戦って、犠牲者を増やす必要はないだろう」
ギャモンはそう言うとセイドルフを見る。
「わかった。貴公がそう言うのならそうしよう」
セイドルフは頷くと、全軍に武器を捨てて投降するように指示を出した。
そして、セイドルフ自身も両手を上げながらソーシエンタール軍の前に進み出ると降伏を宣言した。
これを受けて、マークランドは抵抗しない者には危害を加えぬように厳命すると、住民の保護を最優先にメキドの治安維持に乗り出した。
こうして、コルドバ王は王都へ逃避し、聖騎士団は降伏したためメキドの町はソーシエンタールによって陥落した。
マークランドは城に入るとすぐに聖騎士の二人に会った。
後ろ手に縛られたギャモンとセイドルフが謁見の間に通される。
椅子に座ったマークランドは、二人の聖騎士の姿をみると口を開いた。
「二人の縄を解くように」
しかし、グレンが反発する。
「聖騎士の二人を自由にするのは危険かと……」
「構わない」
マークランドがすぐに返答する。
グレンはため息をつくとギャモンとセイドルフの縄を解いた。
それを見て、改めてマークランドは口を開く。
「聖騎士ギャモン、同じくセイドルフ。二人は敵ながら良く戦い、更に時節を見極め、無駄な血を流さずに投降した決断はお見事でした。敬意を表して捕虜という形ではなく、クシュチアに仕える客将として扱わせていただきます」
ギャモンはこのマークランドの申し出に驚くとともに、何と懐の広い方なのかと感心した。
「マークランド様のお心遣い、恐悦至極に存じます」
そう言うと、二人は膝まづいて頭を深く下げた。
「早速ですが、お二人には頼みたいことがあります」
マークランドはすぐに本題に入る。そう、マークランドには時間が無いのだ。
「何なりと」
ギャモンが返答する。
マークランドは頷くと口を開いた。
「二人にはこれ以上この戦争へ関与する事を禁止するとともに、改めてメキドの治安維持の任を引き受けて欲しい。さすればこれまでの罪は問わない事にしましょう」
「我々は極刑を言い渡されてもおかしくは無い身………。断る理由はございませんし、私もこれ以上、メキドの住民が苦しむ姿は見たいとは思いませんので、その任、引き受けさせていただきます」
ギャモンは即答する。
それを聞いてマークランドは立ち上がると頭を下げる。
「ありがとう。二人の協力があればメキドは安泰だ」
「!!!」
ギャモンとセイドルフは激しく戸惑った。
王たる者が下の者………しかも敵国の捕虜同然の将に対して頭を下げるなど、考えられない事だった。
「我々のために……そのような………」
両手を前に出して狼狽える聖騎士の二人。
「いいんだ。そしてわかって欲しい。私はクシュチアを侵略しようとは考えていない。戦争が終わればこのメキドの町は再びクシュチアに返還するつもりだ。だから二人には今後のクシュチアのためにも、今はメキドの治安回復に努めてもらいたい」
「はっ!仰せのままに!」
ギャモンとセイドルフは、無意識の内にあたかも自分の王にするように返答していた。
マークランドはすぐにクシュチア王都に向けて出発した。
ギャモンとセイドルフの二人が出発の準備を手伝ってくれたため、予定した時間通りに出発することが出来た。
王都はメキドのすぐ隣にある───ソーシエンタール軍はクシュチア王都のエルダン城を目指して、公路を急ぎ北へ進む。
その姿を見送りながらセイドルフが口を開く。
「マークランド様を貴公はどう見る?」
と言いながら、隣に立つギャモンをチラ見する。
「恐らく、あのままのお方だろう。第一に民を重んじ、第二に部下を信ずる。ご自分のことなど後回しにされるようなお方だ」
ギャモンは、去り行くソーシエンタール軍から目を離さず答えた。
セイドルフは軽く頷く。
「ああ、そうだな。だからこそ民も部下もマークランド様について行くのだろうな」
「我々も同じだ。あれほどまでに信頼されてはやるしかなかろう?」
「違いない。じゃあ、その信頼とやらに答えに行こうか」
「そうだな、行くか」
二人は踵を返すと、民たちが避難している工業地区へ向かったが、その足取りは何故か軽やかであった。
マークランドは途中で、ミストの後方支援部隊と合流した。
この部隊は、グレンの後方支援を想定してクラヴマンによって上陸を果たしていたが、思いのほかメキド攻略が順調であったため、ほとんど支援することもなく今に至っていた。
そこにはルイザベートの姿があった。
「マークランド様!」
ルイザベートが駆けてくるのを見て、マークランドは片膝を付き両手を広げて迎えると、ルイザベートは勢いよくマークランドの胸に飛び込んだ。
マークランドは遠征前に、急遽ザクソンからルイザベートを呼び戻すと、すぐにミストに向かわせたのだ。
おそらく、この先はルイザベートの魔術が必要となると予想しての事だった。尚、念のため宮廷魔術師1名も準備が整い次第、ミストに向かわせる手筈となっていた。
「長い移動ご苦労様、ルイ。急に呼び寄せてすまなかった」
ルイザベートの頭を撫でながら話しかけるマークランド。
「いいえ!マークランド様にお会いできると思えばこれくらい全然平気です!」
「そうか。ありがとう、ルイ」
そう言ってルイザベートの頭を撫でると立ち上がり、出発の号令を出すマークランド。
合流した後方支援部隊の一部はそのままメキドに向かわせ、町の復興に協力させる手筈とした。
しばらく進むと、王都を取り囲む防壁が見えてきたが、門は開かれたままとなっていた。
ソーシエンタール軍は門をくぐり王都へ入ると、公路をそのまま真っ直ぐ進みエルダン城へ向かう。
王都には住民の姿は無く、すでに避難を完了したか、家に閉じ籠っていると思われた。
閑散とした町並みを進みエルダン城に近づくと、時折轟音が聞こえてきた。
よく見ると、エルダン城からは幾筋もの煙が立ち昇っていた。
マークランドはすぐに事態を把握した。
これは、クラヴマン率いる3隻の軍船によるエルダン城への直接攻撃によるものだった。
エルダン城は3方向を海に囲まれ、難攻不落を謳われていたが、まさか海から直接攻撃を受けるとは考えてもいなかっただろう。
クラヴマンは軍船に大型の投石器と新型のバリスタを装備し、エルダン城を海上から攻撃していたのだ。
「あんな状況ではコルドバ王も城へは戻れなかったはずだが………さて、どこにいるかな?」
マークランドは斥候を放ち周囲の警戒を更に強めながら城に向かって進軍する。
すると、薄汚いローブを着た一人の子供が、公路の真ん中で伏せているのが見えた。
マークランドは全軍を止めると、グレンを差し向けた。
グレンは子供の元に進むと馬上から声を掛ける。
「おい子供。こんな所で何をしている?我らの進軍をその身を挺して阻止しようと言うのか?」
これを聞いた子供は顔を上げると、グレンに向かって叫んだ。
「お願いです!マークランド様にお目通りを!どうしてもお伝えしたき事が御座います!」
グレンを見るその子供の顔は、右目に黒いアイパッチをしており、残された左目は涙に潤んでおり、大陸では珍しい赤い髪を持った少女のようだった。
そのあまりの悲壮感に、グレンも只事ではないと感じ取った。
「悪いが、素性も知れぬ者を直接マークランド様にお会いさせる訳にはいかぬ。だが、事と次第によっては考えなくもない。だから、先ずはお主の名と用件を私が聞こう」
なるべく優しい口調で語りかけるグレン。
少女は震えながら頷くと話し始めた。
「あたしはアイリーン……どうか、お助け下さい!このままでは町の住民はおろか、ソーシエンタール軍もただでは済まない事態となります!早く、どうか、お願いします!」
アイリーンは必死に話しているようだったが、全く内容が伝わらない。
「ちょっと待てアイリーン。慌てずに、もう少しわかるように説明してくれないか?」
グレンも少し困った様子で聞き返す。
「だから、助けて下さい!時間がありません!急いでください!」
アイリーンの左目から涙がこぼれ落ちる。
グレンはどうしたものかと困っていた。
「どうしたんだい?困っているようだね?」
マークランドがいつの間にかグレンの隣にいて、馬を降りて少女に近づく。
「マークランド様!ここは私が……!」
「グレンに任せていたら日が暮れちゃうよ?」
「………」
マークランドにバッサリ言われ、黙るしかないグレン。
たしかに言葉通り、もう少しすると夕方となる頃だ。
「お嬢さん。僕にちゃんと話してご覧。きっと力になってあげるから」
そう言いながらアイリーンの前で少し屈むと、微笑みながら右手を差し出すマークランド。
アイリーンは少し驚いた表情をしながらも、マークランドの手を取ると、スッとその場に立たせてくれた。
そしてマークランドは逆にしゃがみこみ、アイリーンと同じ目線の高さで話を聞こうとする。
全く威圧感も無く、むしろ親近感さえ生まれるこの方がマークランド様………?
アイリーンはそれまでの震えが収まり、何故か落ち着いて来るのを感じた。
「あたしはアイリーン。実は住民達がこの先の広場に集められ、ソーシエンタール軍を攻撃するようコルドバ王から強要されています。もうまともな軍隊も無いクシュチアは、民にナイフや竹やりを持たせて戦わせようとしているのです!」
「何だって!?自国の民を捨て駒にしようと言うのか!?」
マークランドは驚くと共に、コルドバの卑劣な行いに怒りを覚えていていた。
もしもこのまま戦闘になると、ソーシエンタール軍は民を虐殺することになってしまう。これではメキドで民のために尽力しているギャモンとセイドルフに顔向けできない。
マークランドは立ち上がるとおもむろに「ハナ」と言いながら指を鳴らした。
すると、その背後に女性の姿が現れる。
「今の話は?」
マークランドが小さい声で後ろに控える特務隊のハナに尋ねる。
「本当の様です。この先のエルダン城の城壁の前にある広場に住民が集まり、思い思いの武器を手に取り待ち構えております」
「コルドバ王と黒の魔術師は?」
「コルドバ王は最後方で近衛隊に守られています。黒の魔術師の姿は確認できません」
「わかった。特務隊全員で敵近衛隊を監視。もしも民に危害を加えようとする動きあらば、これを討て」
「御意」
答えると同時にハナの姿は消えていた。
マークランドは再びアイリーンの前にしゃがむと優しく口を開く。
「アイリーン。キミの話はわかった。僕が必ず民を守って見せる。だが、その前に聞かせて欲しいのだが、キミは一体何者だ?どうしてキミは他の民と一緒に行動していないんだい?」
「そ、それは………」
アイリーンが下を向いて口籠る。
「そのローブ………今はかなり汚れてわかりにくいけど、それって確かクシュチアの王宮魔術師のものだ。もしかするとそれが関係しているのかい?」
マークランドがアイリーンの両肩に手を乗せて尋ねる。
アイリーンは観念したように頷くと、顔を上げて残る左目でマークランドを見つめる。
「あたしはクシュチア王宮魔術師スレーベンの娘です………今から1年ほど前、あの黒の魔術師が突然、王宮魔術師を「不要なもの」として粛清を開始し、一族諸共虐殺されました。しかし、あたしだけは父の手によって密かに城の地下通路から逃がされたのですが、その途中で運悪く黒の魔術師に見つかってしまいました………」
アイリーンはアイパッチをした右目を手でそっと押さえながら話を続けた。
「あたしは戦いました。これでも王宮魔術師の娘です。殺される前に一泡ふかせてやろうと思いました………でも、やっぱりダメでした。力の差は歴然です。黒の魔術師は瀕死のあたしに止めを刺そうと髪の毛を掴みあげたその時、何故かその手を止めるとあたしをそのまま放置して立ち去りました。あたしは無我夢中で町まで落ち延びると、路地裏で倒れている所を一人のお爺さんに助けられました………ですが……つい先ほど、コルドバ王の徴兵要請を断ったために……」
アイリーンはそう言うと顔を伏せて泣き出した。
「そうか………辛い思いをしてきたんだな」
マークランドはアイリーンを抱き上げると自分の馬に乗せ、続いて自身も飛び乗った。
「アイリーン。キミは復讐したいと言わずに、民を助けて欲しいと言った。僕はキミのその考えにとても共感し、感動した。だからキミを助け、民も助けることにする………手伝ってくれるかい?」
優しく尋ねるマークランドの言葉に、アイリーンは嬉しそうに大きく頷く。
「はい!マークランド様!」
「よし!全軍前進せよ!」
マークランドの号令で再び前進を開始するソーシエンタール軍。その先頭にマークランドとグレンが並んで進軍していたのだが、その背後から少女の声が聞こえてきた。
「マークランド様?その御前に抱く少女はどなたでしょうか?」
明らかに不貞腐れたような声の主はルイザベートだった。
マークランドは振り返ると、自分も同じ少女……むしろアイリーンよりも年下に見えるルイザベートの姿があった。
「この子はアイリーン。ルイと同じ魔術師だ」
マークランドは簡単にアイリーンを紹介する。
「魔術師は私一人で十分です!」
ルイザベートが強い口調でマークランドに言う。
「まぁ、そう言わずに仲良くしてやってくれないか?」
マークランドがルイザベートを嗜める。
「マークランド様がそう言われるのであれば………」
ルイザベートは納得していない様子だが了承した。
その様子を見て、アイリーンがルイザベートを見てニヤリとする。
「マークランド様、しっかり抱いていて下さい。あたしは馬に乗り慣れておりませんので」
「そうか、わかった」
マークランドはそう言うと、右手で手綱を握り、左腕をアイリーンの体に回してぎゅっと引き寄せる。
「キーーーーっ!!」
それを見てルイザベートが自分の馬の鞍を叩いて悔しがりながらもマークランドの後に続いた。
少し進むと、公路の両側から建物は消え、かなり開けた場所に出た。
その奥に人が密集して佇んでいるのが見え、優に2万以上の人が集まっているようで、頭数だけであればソーシエンタール軍と遜色ない兵力であった。
マークランドは全軍を停止させると、ゆっくりと単騎で前に出る。
この頃には海上からのクラヴマンの攻撃も止んでおり、周囲は静まり返っていた。
マークランドは大声で叫んだ。
「この場に集まりし、王都の民に告げる!私はソーシエンタールのマークランド!私の名に懸けてあなた達をお助けする!速やかに武器を捨てて投降して下さい!!」
民たちはマークランドの言葉に動揺したようだが、誰一人投降しようとする者はいなかった。
もうひと押し必要だな………。
マークランドはそう考えると、更に大きな声で言った。
「あなた達の安全と、これからの生活を保障します!私はクシュチアを征服しに来たのではありません!憎むべきはコルドバ王です!コルドバ王を討った暁には、私はこの地を去る事を約束しましょう!だから、私たちが争う理由などありません!安心して投降して下さい!」
このマークランドの言葉に、数名の民が武器を捨ててソーシエンタール軍に向かって走ってきた。
『た、助けて下さい!』
必死の形相で走る民達。
すると、民衆の中から弓を持った者が2人出てきて、走って逃げる民の背中に狙いをつける。
どうやら民が逃げ出さないように、民衆に紛れて近衛隊が監視していたようだ。
ピシッ!
弓を弾く音と共に2本の矢が飛んでゆく。
涙目で走って来る民に矢が命中する刹那、矢は2本とも瞬時に切り捨てられると、その場にダガーを構えた特務隊のキクの姿が現れた。
キクは全力で1人の近衛兵に向かって走る。
近衛兵は冷静に第2矢を構えると、キクに向かって2人同時に矢を放った。
だが、キクは全力疾走のまま2本の矢を叩き落とすと、1人の近衛兵の喉笛をダガーで掻き切り、すかさずもう一人の近衛兵に向かう。
残された1人は第3矢を構えようとするが、そこをキクに襲われ首を掻き切られた。
ほんの数秒の間に2人の近衛兵が死亡し、逃げ出した民は無事にソーシエンタール軍に保護された。
これを見て、民達は我先にと逃げ出した。
キクは民衆に巻き込まれる前にその場を離れると、民衆に紛れている近衛兵を探す。
マークランドは逃げてきた民衆にこのまま公路を進むように誘導して、戦場からなるべく離れるように伝えると同時に、ルイザベートを呼び、攻撃魔法の術式を展開しておくように指示を出した。
逃げる民に向かって矢を射掛ける者や切りかかる者がいたが、それら近衛兵たちはマークランドの特務隊によって討ち取られた。
残るはコルドバ王を守る近衛隊5名となった。
マークランドは兵をゆっくり進めて、コルドバとの距離を詰める。
その時、城内に残っていたクシュチア兵が突如ソーシエンタールの目前に踊り出てきた。その数、僅かに千余り。
あの大国だったクシュチアが、今ではこれだけの兵力しか残されていないのだ。
ソーシエンタールは、これまで幾度となくクシュチアと争ってきたが、その長い歴史の中でこのような日が来ると誰が予想しただろうか?
その長かった歴史は今、ここに終止符が打たれようとしている。
グレンやクラヴマンあたりであれば感慨深い気持ちにもなるかも知れないが、マークランドはクシュチアを打倒する事が悲願ではない。単に目的を達成するための通過点にすぎないのだ。
従って、マークランドはなるべく事務的に淡々と手間を掛けずに終わらせたいと考えていた。
そこに今度は城内のクシュチア兵が目の前に現れた。
マークランドはため息を一つつくと、敵の将を見る。
すでに敗戦濃厚な状況で、まだコルドバを助けようとする忠誠心に満ちた将はどんな者か知りたかったのだ。
その将は一人だけ白馬に跨っていた。
マークランドはそれを見て軽く舌打ちをした。
一人白馬跨った敵将は、腰に剣を吊り下げて、手綱を両手に持って颯爽と前に進み出たその姿は、まだ若いが凛々しく、そしてマークランドは良く知る者であった。
「お久しぶりでございます。マークランド様………」
若武者は馬上で軽く頭を下げると、すらりと右手で剣を抜く。
マークランドはアイリーンを馬から降ろすと、隊列の前に出て若武者と対峙する。
「久しぶりだな。ディーヴ………元気そうで何よりだ………」
そこには軽装鎧を装備したディーヴの姿があった。
しばらく会わない内に、少し精悍さが増した表情になった気がするが、それだけこの数か月でいろいろな事があったのだろうと思われた。
2人はグランナダの丘の上の屋敷でソフィーナと共に会って以来、遂に対面する事となったのだ。
お互い敵同士として───。




