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Valentine―貴方から私へ―

レディーナ視点

<3話同時更新しております。>

「こんなモノ、渡せない…」

目の前にあるこげ茶色の物体3つを前に、私は頭を抱えていた。試しに一口齧ってみる。齧れない。固い。

齧ると言うよりは歯で削り取ったその味は…苦い。

甘い固形物を溶かし、固めただけのはずなのに、なぜ苦味が出るのか。更に焦げ臭い。

何を隠そう、これはアルバートの為に私が手作りした、バレンタインのチョコだ。


『お母様、バレンタインのチョコを作りたい。』

言い出したのは娘のイヴだった。バレンタインとは、庶民の間でいつの間にか広まっていた行事で、最近貴族の間でもチラホラ話題に上がっていた。

『ええ、良いわ。一緒に作りましょう。』

聞いたら簡単だと言うので一緒に作る事にした。キッチンを借りて娘と並んで二人、チョコレートを湯煎した。

『お母様、お湯を入れちゃ駄目です。』

『えぇ?でも入っちゃうわ?少しくらいなら大丈夫よ。』

『…。それは少しとは言いません。』

イヴに駄目出しされながら、チョコを溶かした。私のはちょっとお湯が入り過ぎたのか、色が薄くなってしまったので甘さ調節にこっそり砂糖を足した。


生クリームを入れて更に混ぜる。

『お母様、少しずつ入れるんです。』

『え?もう全部入れちゃったわ』

冷たいクリームを入れた為か、所々固まってしまったので、慌てて火にかけた。

『あ!直接火に掛けちゃダメです』

『えぇ!?あら、でもちゃんと溶けたわ。大丈夫だったみたい。』


『…。』

『…。』

四苦八苦しながら出来上がったチョコは、同じ様に作ったはずなのに、見た目からして違った。

良い匂いがしたのか、息子のハーウィンが顔を出したので手招きする。

かかさま。そう言って嬉しそうに寄って来た息子の口にチョコの欠片を押し込んだ。

『…。』

嬉しそうな笑顔が一瞬で消え、べぇと舌を出したと思ったら、うわーんと大泣きされた。慌てて水で口をゆすいであげると、ようやく落ち着いたのか泣き止みはしたものの、ずっと渋い顔をしていた。

『ほら、あーんして。』

イヴがハーウィンの口にチョコを一つ入れる。先程の恐怖を思い出してか、一瞬嫌な顔をしたものの、その顔は一瞬にしてとろけた。

『おいしい。ハーウィンは、ねねさまのチョコが良いです。』

両のほっぺたに手を付け、にひひ。と笑って、もっとちょーだい。とイヴへ向けて口を開ける。

落ち込んで肩を落とすと、ハーウィンが寄ってきて腰に抱き着く。

『ハーウィン、お母様のチョコ、どうだった?』

小さな頭を撫でながら聞くと、ニッコリ見上げて言った。

『にがくてまずかったー!』


コンコンと扉がノックされ、さっとこげ茶の物体を背に隠す。

「若奥様、若旦那様がお戻りになられました。」

「そ、そう。今行くわ。ありがとう、リーナ。」

急いで机の中にそれを隠すと、私は部屋を出て玄関に向かった。


「お父様、おかえりなさい。」「ととさま、おかえりなさい。」

玄関に向かうと既に子供達がアルバートを迎えていた。ただいま。と挨拶したアルバートはイヴの頭を撫で、ハーウィンを抱き上げた。

「ちゃんと良い子にしてたか?」

「うん!」

アルバートの問いに、ハーウィンが大きく頷いた。イヴもニコニコ嬉しそうだ。

「アルバート、おかえりなさい。」

「レディーナ、ただいま。」

迎えた私の腰を引き寄せ、瞼に軽く口付けされる。お返しに私もアルバートの頬に口付けした。


「お父様、これ。バレンタインのチョコ。」

イヴが恥ずかしそうに背中から、隠していた四角い箱を差し出した。アルバートはハーウィンを降ろしてしっかり両手で受け取った。

「ありがとう、イヴ。」

そう言うと、期待を込めた目でこちらを見る。私はさっと目をそらしてしまった。

「…。」

「…。」

私達の間に微妙な空気が流れた。アルバートから凄く視線を感じる。

「さぁ、夕食にいたしましょうか。」

セバスチャンが場を収めてくれた事に、ホッと胸を撫で下ろした。


その後も夕食が終わった後や私が席を立つ度に、アルバートからの熱い視線を感じた。私はひたすらそれを無視して、気付かないふりをして、いつもの様に振る舞った。


夜、入浴も終え、そろそろ寝ようか。と皆が席を立った。

「今日も、ねねさまといっしょに寝ます。」

ハーウィンがイヴのパジャマを握った。成長の喜びを感じると共に、何だか寂しい。

「じゃあ、お父様はお母様と寝るから。」

アルバートが逃がさないとばかりに私の腰をしっかりと抱いた。

「ね?レディーナ?」

猛禽類の目がギラリと光って、私はぎこちなく頷いた。


「それで?愛する妻から俺へのチョコは無いのかな?」

腰を抱かれたまま寝室に入るとすぐ、アルバートに問い詰められた。私はうっとたじろぐ。

「ない、…訳では、なくて…」

「良かった。ありがとう。」

腰に回されていない方のアルバートの手が私の前に伸びてきて催促される。

「でも、あの、美味しくなくて…」

「うん。ちょうだい。」

笑顔で迫られて、私は降参した。腕の中から逃がしてもらい、隠していた机の中からこげ茶の物体を取り出す。


アルバートが両手をこちらに差し出す。

「あのね、すっごく苦いの。ハーウィンが泣いちゃうくらい。」

「ふ、ほんとに?余計食べてみたい。」

「すっごく固くて、噛めないし。」

「じゃあ、舐める。」

チラッとアルバートの顔を見ると、それは嬉しそうに笑っていたので、おどおどとその手に物体を乗せた。アルバートは3つある内の1つをポイッと口の中に入れた。


「本当だ。苦い。」

「だから言ったのにー」

「はは。本当に、苦いな。」

苦い苦いと言いながら口から出そうともせず嬉しそうに舐めてくれる。来年はもっと頑張ろうと思った。

「イヴのは美味しかったでしょ?」

「食べてないから、分からない。」

「え?イヴの食べてないの?」

「最初に食べるバレンタインのチョコはレディーナからの…って、決めてたから。」

アルバートはニヤッと笑うと、口の中に残ったチョコをバキバキ噛んで飲み込んだ。

驚き、それを見詰める私の口に、今度はアルバートから何かを入れられた。


「んっ…。あまい、美味しい!」

「だろ?」

それは、私の大好きなストレイジ劇場で食べられるチョコと同じ味がした。

「このチョコ、どうしたの?」

舌の上にある甘味の余韻を楽しみながら、首を傾げるとアルバートが私の髪飾りを解いた。

「今日は、女性が好きな男にチョコをあげる日。だけど、大切な人に感謝を伝える日でもあるって聞いたから。なら、俺から贈っても良いかなって思ってさ。」


ディーに聞いた。とアルバートが笑った。

なんでも、このバレンタインと言う行事を始めたのはツバサなのだと言う。

(知らなかった!)

驚く私の口に、また何か入れられた。


「ん…、ん!?にがっ、にがいっ!」

ははは。と笑うアルバートの手にはこげ茶の物体。

口の中の苦みで涙目になっている私を尻目に、アルバートは美味しい方のチョコを口に入れた。


「レディーナ、苦い?」

アルバートが私の腰を引き寄せて、笑う。私は、コクコクと何度も首を上下に振った。

「甘い方の、チョコも食べたい?」

すっとアルバートの顔が近付く。コクリ、と一度頷いた私は、その意味にようやく気が付いた。

「たべたい?」

そう聞いたアルバートは薄らと口を開けて、舌の上の美味しい方のチョコを私に見せた。

私は深く頷くと、目を閉じて、少しだけかかとを上げた。


その夜食べたチョコは今迄食べたどんなチョコよりも、甘かった。

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