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9.ネル洞窟3

 なんだかんだと探索に没頭してしまい、ネル洞窟で2回の夜を過ごしてしまった俺達。

 ラフォリス祭も今日から始まることだし、早々にラフォリスへ戻るため、朝から入り口を目指しせっせと進んでいたのだが――


「あ、ディズ! その肉っぽいやつは俺が狙ってたんだぞ!」

「そんなこと知らないわよ。他にもいっぱいあるんだから、そっちを食べればいいでしょ」

「兄さん、安心して下さい。こんなこともあろうかと私が兄さんのぶんも確保しておきました」


 ――俺達はボスモンスターの前で鍋料理を食べていた。


 これには海より深い事情がある。

 ネル洞窟の入り口を目指していた俺達だが、道中、俺が危険察知でボスらしき気配を真下に感知してしまったのがまずかった。

 そんなものを感知して、無視できるほど俺のスルースキルが高いはずもなく、10分だけボス部屋への入り口を探してみようという話になったのだ。

 危険察知から感じる気配で、ボスのやばさ加減は一発でわかっていたし、挑むつもりはなかったのだが、記念に顔ぐらいは拝んでやろうと俺は必死になってボス部屋への入り口を探した。

 だというのに、ボス部屋への入り口は見つからない。

 最終的には罠らしき気配のする空の宝箱に目をつけ、『これがボス部屋への隠し通路とかに関係してるんじゃね』と軽い気持ちで触れてみたわけだが、まさか本当にそうだとは誰が予想しただろうか。

 正確には、隠し通路というより、ボス部屋への落とし穴といった方がいいかもしれないが……。

 


「いやー、ボスがノンアクティブで本当に助かった」


 落下した衝撃でHPが0にならなかったことにも感謝だが、ボスがノンアクティブモンスター――こちらから攻撃しない限り襲ってこないモンスター――でなければ今頃死んでいただろう。

 俺達が現在いるボス部屋は四角い箱のような形状をしており、出口はボスの奥にある鍵付きの扉のみ。天井の穴はどういう仕組みなのか塞がってしまっているし、扉の鍵はボスモンスターからのドロップアイテムだと予想されるので、とても脱出できそうにない。


「まだここから出られたわけでもないのに呑気なものだな。まあ、奴がアクティブモンスターだったなら、我らとて無事ではすまなかっただろうがな」


 大剣を背負った逞しい男が、部屋の奥にいるフルプレートアーマーのボスモンスターを一瞥する。

 

 俺達3人がこのボス部屋に落下してきた時には先客がいた。

 先客は4人で構成されるパーティーで、この男はそのリーダー。名はツェリクスというらしい。

 ツェリクスの他には、ツェリクスの隣に座る魔法使い風の女が一人、俺らとは遠く、部屋の片隅でよくわからない遊びをしているポーカーフェイスな双子らしき人物がいる。

 双子はどちらも中性的な顔立ちをしていて俺には性別が区別できないが、見た目だけなら十代前半の子供に見える。


 彼等は2日前からこのボス部屋に閉じ込められていたようで、俺らと初めて対面した際には鍋を囲んでいた。

 それをご相伴にあずかり今に至るわけだ。


 ちなみに鍋はアトフでは比較的人気がある料理なんだとか。


「このまま誰もこなかったらどうするつもりだったんだ?」


 ちょっと気になったので、ツェリクスという男に聞いてみた。


 なんでも彼等は、俺等と同じようにここに落ちたはいいが、今の戦力ではボスに勝てないと踏み、協力関係を結べる相手がこの部屋にくるのを待っていたという話である。

 俺達――というよりディズを見たツェリクスの反応はわかりやすく、すぐに俺達のパーティーは共闘を申し込まれた。


「三日待ち、誰も来ないようなら、最後に足掻き散っていこうと話していたさ」


 ツェリクスがそう答えて小さく笑う。

 俺にはいまいち笑いどころがわからない。


「――それで、だ。共闘するということで話を進めていいんだな?」


 鋭い眼差しで俺を見るツェリクス。

 先程から、この男の態度が俺に対して威圧的なのは気のせいではないはず。

 ディズを見る目と、俺と柚奈を見る目があきらかに違う。

 とはいえ、ディズを見る目も優しいものではなく、どこか敵意があるように思える。


「ああ、構わない」


 ツェリクスの問いに俺が返答する。


 3人で話し合った結果だ。

 死に戻りを除けば、ここから脱出する方法はボスモンスターの討伐しかないし、あのボスモンスターを3人で倒せるなどと自惚れるつもりもない。

 少しでも勝率を増やせるというなら、猫の手だって借りたいのはお互い様だろう。


「まあ、聞くまでもなかったか。我々と組めるというなら、そちらにとっては願ってもないことだろうしな」


 うーむ、凄く断りたくなってくるな。

 どんだけ上から目線なんだ。

 さっきなんてレベル31って公言したら鼻で笑われたし。


 こんな男でも――いや、こんな男だからこそといった方がいいか。

 ツェリクスという男は、アトフでも10人もいないという40レベル越えを達成しているらしく、他者を見下した物言いは、その事実の上に成り立っているらしい。

 手の甲に刻印はないため20持ちではないようだが、経験と実力は俺とは比べ物にならないはず。


「念のために聞いておくわ。ドロップアイテムの分配はコイントスで決めるのよね?」


 不機嫌そうなディズがツェリクスに問いかける。


「ふん、わかっているさ。私を誰だと思っている? 最低限のルールは守る。共闘相手の一部に不満があるからと言って曲げたりするものか」


 「そう」と短く返し、ディズが興味を失ったようにツェリクスから目を逸らす。

 たった一言ではあったが、俺にはディズの怒りが込められたものだったとはっきりわかった。


「……ごめんなさい、これ以上こいつと話してると、やらかしちゃいそうだから私は黙ってるわね。本当ごめんなさい……」

「……おう、気にするな。ただ、俺も穏便に済ませられる自信はないから期待はするなよ」

「ええ、陸の好きにしてちょうだい」


 声を潜める俺とディズ。


 ここから先は俺とツェリクスの1対1の会談となりそうだ。

 むこうのパーティーは全てをツェリクスに一任しているらしく、ツェリクス以外は誰も話に参加してこないし、柚奈はディズ同様、口を開けば揉め事を起こしてしまいそうだと、ツェリクスとの会話には口を挟んでこない。


「作戦はどうするんだ? お互い好き勝手やるってわけにもいかないよな」

「タンクは当然私が引き受ける。ヒールなど支援系スキルがあるなら全て私に集中させろ。後は我々の邪魔をしない程度に好き勝手してくれ。途中で死んでも構わないが、少しでもボスモンスターのHPを削ってくれれば嬉しいものだ」


 ……ぐぐ、我慢だ。我慢するんだ俺。

 大人の対応を心掛けろ。笑顔。営業スマイルだ。

 

「あんたがタンクをしてくれるって話だけど、俺は何かすることはあるか? 正直、支援も火力もからっきしなんだが」


 柚奈はヒール、ディズは遠距離火力で何も問題なく活躍できると思うが、俺はどうすればいいのだろうか。

 チェーンダガーで遠距離からペシペシ斬りつけてダメージが通るような相手にも思えない。

 

「そんなものは知らん。どうしても指示が欲しいと言うなら、邪魔にならない所で観戦してるんだな。まともに連携もできなさそうな初心者に近くにいられても鬱陶しいだけだ」

「そんな言い方――」


 声を張り上げ立ち上がろうとする柚奈の肩を押さえ、それを制止させる。


「――柚奈、大丈夫だ」

「……で、でも」

「とにかく大丈夫だ。俺がボスの近くをうろついても仕方ないのは事実だし、ツェリクスの言うことは間違ってない」

「兄さん……」


 強い口調で言う俺に、柚奈が「わかりました」と頷き再び座り込む。その際、行き場を失った言葉の代わりとでもいうように、ツェリクスを鋭く睨み、不満気な表情を隠そうともしない。

 俺としては柚奈がそうしてくれたおかげで、若干気が晴れたので良しとしよう。


「もう、ツェリクスったら。……ごめんなさいね、こいつったら人を不快にさせる天才なの。仲良くしてやってとは言わないから、ちょっとの間だけ我慢してもらえないかしら。ね? この通り」


 ツェリクスの隣に座っていた魔法使い風の女が頭を下げる。

 誠意は感じられないが、それでも許してしまいたくなる何かがこの女にはある。

 

「おい、ナガレ! また勝手なことを……」

「あんたがそうやって人を馬鹿にした態度をとるから、私がこうやってフォローしてるんでしょ。文句なら自分に言いなさい」

「チッ、相変わらず口煩い女だ……」


 魔法使い風の女はナガレと言うようだ。

 ナガレのおかげで大分癒された気がする。

 ツェリクスのような性格の人間が4人もいてパーティーが成り立つとも思えないし、案外こういったところでバランスが取られているのかもしれない。


「――まあいい、話は以上だ。他に何もなければ、さっそく始めたい。準備はできているか?」


 ツェリクスの言葉に、俺は柚奈とディズを見る。

 表情から察するに二人とも問題なさそうだ。


「ああ、いつでもいける」


 軽くウォームアップしながら、俺ははっきりと答える。

 口調、表情、そのどちらもいい感じに渋く決まっていたと思う。

 

 まあ、僕、観戦してるだけですけどね。





 部屋の奥で待ち受けるのは、青く光るフルプレートアーマーを着た戦士。それが今回の標的だ。

 人間を一回り大きくした程度の小柄なボスモンスターではあるが、このネル洞窟のラスボスである。ワープゲートがないことから、ネル洞窟が全一層の小規模ダンジョンであることは間違いないし、ボス部屋は一つの層に一つしか存在しないので疑いようはない。

 ラフォリス地下迷宮で門番なら討伐したことはあるが、ダンジョンのラスボス的な立ち位置にいるモンスターと対峙するのはこれが初めてになる。ダンジョン内にいるモンスターの強さからして、この青鎧の戦士が俺が今までに出会ってきたモンスターの中で最強であることは想像に難しくない。



「エリー、ネリー。持続強化バフを頼む」


 ツェリクスがパーティーメンバーである双子に支援スキルを要請する。

 バフとは、攻撃力の一時的増加など能力にプラスの働きをする持続スキルのことをいい、反対にマイナスの働きをするものをデバフという。アトフでその言葉を聞くとは思っていなかったが、呼び方は好みの問題で人それぞれなのだろう。


「…………」


 双子がぴくりとも表情を変えず、なんらかの魔法スキルを発動する。

 ツェリクスの身体に青色と赤色のオーラのようなものが纏わりつき、いかにも防御力と攻撃力が上昇していそうな感じがする。

 攻撃力といえば赤、防御力といえば青か緑と相場は決まっているのだ。 


「よし……始める」


 静かな部屋にツェリクスの声が伝わっていく。


 既に全員が持ち場についている。

 ツェリクスだけがモンスターの前に立ち、柚奈、双子、ナガレの4人がツェリクスの背後に。ディズはボスモンスターの左側面方向に可能な限り離れて待機している状態である。


 あ、俺は柚奈達4人の後ろで鍋を全力で守護しています。


 ツェリクスが倒れるか、ツェリクスからタンクの交代を言い渡されるまでは俺はひたすら待機だ。

 俺だってもちろん戦ってみたいが、皆の勝利を思えばツェリクスには倒れて欲しくないし、複雑な心境にある。


「ディズベール、やれ」


 せっかくボスがノンアクティブなのだからと、ディズベールは開幕にどでかい一発を叩き込む仕事を任せられている。

 紅炎のディズベールの名はツェリクス達にも知られているようで、ディズが何も言わずとも『まずはディズベールのフレイム・プロミネンスを奴に撃とう』とスキルのことまでお見通しだった。


「まったく、偉そうに言ってくれるわね……。いくわよ――フレイム・プロミネンス!!」

 

 何度も見た赤い魔法陣が再び姿を現す。

 そこから放たれる炎の迫力には、いまだ思わず身を一歩引いてしまう。


「ふん、火力だけはさすがといったところか」


 面白くなさそうにツェリクスがこぼす。

 一時的とはいえ、今は仲間なのだからもう少し言いようがあると思うのだが。



「…………こいつはやばいわね」


 たった今自分が焼き尽くした方向を見据えて、ディズが舌打ちする。


 炎が消え、その中から再び姿を現した青鎧の戦士。

 門番すら一撃で焼き尽くしたディズの渾身の攻撃であったはずだが……


「――嘘……ッ!? 無傷!?」

 

 ナガレの声が響く。


 驚いたのはナガレだけではなく、俺を含め全員だろう。

 無表情が特徴の双子ですら身体を一瞬震わせていたように見えた。


 あれだけの炎に焼かれたはずの青鎧の戦士だが、鎧には焦げ一つなく、今もなお怪しい光を放っている。

 平然と腰に差した剣を抜く姿に、俺達は何もせず見ていることしかできなかった。



「…………なるほど。やばそうな奴だとは思っていたが、これ程とは。ナガレ、どうみる?」

「ボスだけならニルシャでも上位にいけそうねぇ。魔法耐性がどんなに高くても、今ので無傷なんて普通じゃないし」

「だろうな。……だが、ドロップアイテムは期待できそうだ」

「ふふ、久し振りのS級もあるかもしれないわね」


 ツェリクスとナガレが面白そうな会話をしている。

 つい先程まで随分動揺していたように思えたのに、剣を構えるボスを前にしてお喋りできるとは、俺が考えていたより、二人には心の余裕があるらしい。


 S級をドロップするってことはアトフでも相当上位のモンスターってことだよな。

 あの青鎧の戦士、そんなにやばい奴なのか……。


 俺もこの胸のトキメキを誰かに話したいが、俺のパーティーメンバーは全員散り散りで会話が成り立つような距離にはいない。

 ボス戦中に通話するのも邪魔になりそうなので、やめておこう。

 

「戦ってみたい……」


 無意識のうちに自分の口から出たのは、応援の言葉ではなく、自身の欲求だった。



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