10.ネル洞窟4
ネル洞窟3日目。
なんか色々とあって、俺達はツェリクスという男が率いるパーティーと協力し、ネル洞窟のラスボス討伐に挑戦している最中である。
とはいっても、タンクはツェリクスが担当することになっているので、邪魔者の俺は一人寂しく皆の応援をしている。
「――ふん!!」
ツェリクスが青鎧の戦士に向かって、両手に握る大剣を振り下ろす。
青鎧の戦士の兜にそれは直撃するが、青鎧の戦士はそんなことお構いなしにツェリクスへと横薙ぎの一撃を当てにいく。
「ぐっ……!」
青鎧の戦士の反撃にツェリクスが顔をゆがめた。
うーん、よくあんな攻撃に耐えられるな……。
青鎧の剣は、先程、地面をゼリーのように貫いていた。
俺なら当たれば即死しそうな一撃に思えるが、ツェリクスにとっては違うらしい。苦痛の表情を浮かべることはあっても致命傷を受けているという様子はなく、遠目には鎧が微かに傷ついた程度で済んでいるように見える。
持続強化スキルを貰っているということを考えても、ツェリクスの防御力は俺とは桁違いなのだろう。
レベル、装備、スキル、それらが違うだけで、こうも変わってくるというのだから面白い。
「うおおおお!!」
鋭い音を立てながら、ツェリクスと青鎧の戦士の剣が互いを打つ。
二人の戦いはまさに壮絶。
剣を身体にぶつけ合い、剣と剣の殴り合いをしているようだ。
かれこれ10分は続いているはずだというのに、二人の攻防は激しさを増しているようにさえ思える。
「おい、ヒールが追いついていないぞ!! しっかりしろ!!」
ツェリクスが振り返りもせず、背後にいる後衛陣に喝を入れる。
「そんなこと言われてもこれが精一杯です!」
これだけ長い間、殴り合いをしているというのだから、後衛に負担が掛かるのは必然。
即座に言葉を返した柚奈はもちろん、ツェリクスのパーティーメンバーである双子とナガレもかなり疲弊しているように見える。
ヒールを主として、ひたすら支援系のスキルをツェリクスに使用しているため仕方ない。
「ツェリクス! 一度防御に徹して態勢を整えましょ! このままじゃ、こっちが持たないわ!」
「それができるならば、とうの昔にやっている!! お前にはこいつの攻撃がそんな生易しいものに見えるのか!?」
ツェリクスに言われ、ナガレが唇を噛みしめる。
後衛が必死なのと同様、タンクであるツェリクスだって必死なのだろう。それでも、青鎧の戦士の攻撃を防御できないと言うのだから、ツェリクスにそれ以上を求めるのは酷な話である。
それに、ナガレだって本当はわかっているはず。ツェリクスは実際に何度も防御を試みようとしていたことに。
青鎧の戦士の脅威は攻撃力と防御力だけではない。
俊敏性、技量、この二つが同時に重なり合い、より攻略難易度を上げている。
ツェリクスが防御の態勢をとったところで、青鎧の戦士は容易く防御をすり抜けツェリクスに剣を当ててしまうため、ツェリクスの防御はほとんど意味を成さないのだ。
ゆえに、ツェリクスは防御を捨てて攻撃に回っているのだろう。
自身の身体を囮にして確実に攻撃を当てにいく姿勢は、むしろ果敢だといえるのではないか。
大剣自体、細かい攻撃を捌くのには不向きだしな。
相性もかなり悪そうだ。
「ネリー! こいつの体力はどうなっている!?」
「……残り……32パーセント」
双子の片割れには敵のHPを確認する術があるらしく、ツェリクスは対戦中に何度もそれを尋ねている。
ただ、尋ねる周期が次第に早くなっており、つい数十秒前にも同じことを聞いていたのを俺は覚えている。ツェリクスが相当焦っている証拠だろう。
「詠唱が終わったわ! 避けて!」
「ふん、ようやくか」
ディズの声に、ツェリクスが1歩2歩と後ろに下がり、回復薬らしきアイテムを実体化した。
青鎧の戦士がディズの魔法に焼かれている間、ツェリクスにとっては束の間の休息になる。その時間を利用して回復薬を飲むというのが、この戦闘においてパターン化している。
「――フレイム・プロミネンス!!」
ディズの生み出した炎が青鎧の戦士を包み込む。
俊敏な青鎧の戦士といえども、発動したディズのフレイム・プロミネンスを避けることはできないらしく、その間は守勢に立っている。
ダメージはあまり期待できずとも、こうして時間稼ぎになっているのだから十分有効的といえるだろう。
「30……29……28……残り28パーセント」
「30を切った! 警戒しろ!!」
ディズの魔法で、青鎧の戦士のHPが32パーセントから28パーセントまで削れたらしい。
全員に警戒を促したツェリクス自身も、距離をとったまま青鎧の戦士の様子を窺っている。
モンスターというのは、HPが一定以下になると何らかの変化を起こすものがいる。今までと違う攻撃をしてきたり、突然能力が上昇したりといったものだ。
特にボスモンスターには、そういった傾向が多く見られ、大体の場合、50、30、25パーセントのいずれかで変化が表れるらしい。
……青鎧の戦士も例に漏れずってことかね。
打ち合いを邪魔する炎も消えたというのに、青鎧の戦士に斬りかかってくる様子はない。
「ツェリクス、何かくる!」
「ああ、わかっている……。決して奴から目を逸らすなよ」
そんなナガレとツェリクスの言葉に応えるように、青鎧の戦士が行動を起こした。
剣を地に向け、そのまま剣を地面に突き刺したのだ。
打ち合いを続行するというのなら、絶対にありえない挙動である。
……ん、なんだ?
緊張から静まり返った部屋に、青鎧の戦士の方からぶつぶつと言葉のようなものが聞こえてくる。
声と呼んでいいものかわからないほどおぞましく、到底人間のものとは思えない。
――まさか詠唱か!?
「させるか!!」
俺が詠唱と理解するよりも僅かに早く、ツェリクスは青鎧の戦士の目前まで迫っていた。
既に踏み込みも終わり、あとは振り下ろすだけでツェリクスの大剣は青鎧の戦士に届く。
だが……
――まずい!!
ツェリクスの判断は間違ったものではないだろう。
HP管理までしてボスの行動パターンの変化に気を使っていたのだ。ボスが詠唱を始めたというなら妨害しようとするのは当然である。
詠唱が完了した時点で敗北が決定するような致命的な魔法かもしれないし、もしかしたら回復魔法を詠唱しているのかもしれない。
攻撃により詠唱を中断させることが唯一の対策だという可能性も考えられる以上、ツェリクスは正しい選択をしたといえる。
しかし、俺にはわかってしまった。
青鎧の戦士の詠唱は次の瞬間には完了してしまう。
ツェリクスの剣は間に合わない。
詠唱時間の短さからみて、本来詠唱を妨害できるようなものではなかったのだろう。
だというのに、ツェリクスの反応の速さが、彼にそれをできると思わせてしまったようだ。
超一流のベテラン冒険者だからこその判断力と反応速度。皮肉にも、それが今回の分かれ目だったのではと俺は感じた。
「馬鹿! 焦りすぎよ!!」
ディズもツェリクスが間に合わないことを悟ったようだ。
恐らくは、ツェリクス自身も既に自覚しているだろうが、もう後には引けない状況であるため、どうすることもできない。
青鎧の戦士が先程突き立てた剣を中心として魔法陣が現れる。
あっという間に魔法陣は広がり、まるで蜘蛛の巣が張り巡らされたかのように部屋の地面を埋め尽くした。
魔法陣の上には、高さ20センチメートル程まで緑色のオーラのようなものが漂い、足元を覆っている。
オーラは瞬時に凝縮されていき悪寒へと変移した。
ここまでくれば危険察知がなくてもわかる。
「やばい!! 地面から足を――」
飛び跳ねた俺が最後まで言い切る前に、青鎧の戦士の魔法が発動する。
ヒュンと魔法陣全体を風の刃のようなものが駆け巡った。
持続する魔法ではないようで、着地する頃には魔法陣もろともなくなっていたが、少しでも飛ぶのが遅れていたらと考えると寒気がしてしまう。
――そうだ、ディズと柚奈は!?
…………よかった、無事か。
俺のパーティーメンバーの安否を確認し、次に視野を全体に移す。
ディズ、柚奈、双子、ナガレで構成される後衛陣は全員回避に成功したようだ。
ただ、案の定というべきか――
「あああああああ!! 足がッ!! 俺の足がぁああああ!!」
叫び声が部屋内に反響する。
声の主はツェリクス。その右足が膝下からばっさりと切り落とされていた。
青鎧の戦士の詠唱を止めるのに足を踏み込んでしまっていたため、回避ができなかったのだろう。急ぎ距離を詰め、大剣を振り下ろしている最中のことだったのだから無理はない。
「ツェリクス!!」
ナガレがツェリクスに駆け寄っていく。
どうやら負傷したツェリクスを少しでも安全なところまで連れて行こうとしているらしい。
「陸!! 見てる場合じゃないわよ! 急いで!!」
――っと、そうだった。
俺の出番じゃねえか!
ディズに名を呼ばれ、俺がただの傍観者ではなかったことを思い出した。
ツェリクスが戦闘不能な現状、俺がボスのタンクをする必要がある。
出血状態は治療できても、切断された片足は今まで使っていたような治癒スキルや回復アイテムでは治せない。
高位の治癒スキルを使えばなんとかなるのかもしれないが、高位なものになると飛躍的に詠唱時間が長くなるらしいので、たとえツェリクスパーティーの誰かが覚えていても、この状況で使えるようなものではないだろう。
「エリーとネリーはそっちの子の援護! 私もツェリクスの止血をしたらすぐに戦闘に参加するわ!」
ナガレが双子に指示を出す。
戦意はまだ失われていないようだ。
「……こうなってはもう無理だな。…………くそっ、失敗か」
「何言ってるのよ、片足くらいで。どんなに勝機が少なくても足掻くのが私達でしょ?」
「ふん、あいつがもう少しまともそうな奴だったら俺だってそうしていたさ。レベル31の初心者では時間稼ぎにも使えん」
「でも、あのディズベールとパーティーを組んでるのよ? 私には何かあるように思えるわ」
「くだらない……。ディズベールがなんだというんだ……。大体俺は――」
片足が切断していてもツェリクスの口の悪さは健在らしい。ナガレに後方でヒールされながらでも大口を叩けるのだから大したものである。
「兄さん! 気をつけて下さい! まだ何かきます!」
俺という新たな挑戦者がやってきたというのに、青鎧の戦士はいまだ剣を地面に突き立てたまま。もう一度魔法を使ってくるらしい。
今度の詠唱も止める間はなく、すぐに発動されてしまう。
部屋に3箇所の魔法陣が展開され、そこからそれぞれスケルトンナイトが1体ずつ、計3体現れる。
「今度は召喚魔法か!」
青鎧の戦士を相手にしながら、スケルトンナイトも同時に面倒を見るのは厳しい。というか無理だ。
だからといって、放置できるほど優しいモンスターでもない。
「柚奈! 雑魚を任せてもいいか!? ヒールはいらないから!」
俺にツェリクスのような硬さはないし、どうせ攻撃をくらえば即死するんだ。ヒールをもらう機会なんてないはず。
「ふふ、兄さんならそう言うと思っていました――クリエイト・ゴーレム!」
2体のゴーレムが柚奈の近くに生成される。
MPや、詠唱時間の問題から生成するゴーレムの数を最低限にしたのだろう。
「……ネリー、あれ……なに?」
「……わからない…………怖い」
ナガレとツェリクスが絶句し、代わりというべきか、基本だんまりな双子が声を上げる。
俺そっくりなゴーレムの登場に、ツェリクスパーティーに精神的ダメージを与えてしまったようだが、今は構っていられない。
柚奈のゴーレムはこの場面で必要なものだ。
「――ブレイズショット! 雑魚は私と柚奈でなんとかするわ! 陸はボスを!」
ディズがさっそく一体のスケルトンを仕留めた。
青鎧の戦士にはいまいちだったディズの魔法も、スケルトン相手ならそんなことはない。
残りスケルトン2体はゴーレムと戯れているし、雑魚モンスターの心配はいらないだろう。
ならば俺のすることは一つだけ。
危険察知が逃げろと俺に忠告するが、そんなもったいないことできるはずがない。
「よお、今度は俺と遊んでくれ」
再び剣を手に持った青鎧の戦士を前に、俺は武器を構えた。




