19.朝食騒動 -移住生活14日目-
俺の朝は早い。
別に早起きの習慣があるわけではなく、特別予定があるというわけでもない。
悪夢にうなされ目が覚めてしまったということもない。
理由は簡単。
起こされるからだ。
【通話】
着信:ディズベール
……ああ、まただよ。
今日もだよ。
あれから毎日だよ。
ピピピピという耳障りな音が頭に響く。
発信源が俺の頭の中である以上、耳を塞いでも効果は期待できない。
だからといって着信音声をOFFすると、今度は発信元から別口で苦情がくるというのだから始末に負えない。
これが携帯電話であったなら、『ごめん別の部屋に置き忘れてて』という言い訳も成り立つというのに。
『――はいもしもし、こちら惰眠を貪る会、会長の萩原陸ですどうぞ』
『あ、やっと繋がった。くだらないこと言ってないで早く起きなさい』
『いや、今日はやばいって。ほら、太陽が眩しいじゃん? あと1時間寝たほうがいいってマジで』
『はいはい、言いたいことがあるなら後でじっくり聞いてあげるから。いい? 30分後にいつもの場所で集合だからね。遅れるんじゃないわよ』
『そんな殺生な。睡魔を討伐するには最低でも――』
あっ、切られた。
ぐぬぬ……。
最近は毎日こんな感じだ。
ディズと初めて会った4日前から強制モーニングコールがなかった日はない。
内容は決まって例のカフェで集まろうというもので、そこで朝食を楽しみながら、その日の方針を話し合うというのがお決まりとなっている。
それはつまり、俺があれから毎日ディズとパーティーを組んで狩りに出掛けているということに違いない。
いや、どうしてこうなったんだろうな。
世の中には不思議なことが一杯です。
身支度をちゃちゃと済ませ、部屋着から着物に着替る。
インベントリから装備するだけなので、着付けの必要もなく楽なものだ。
【ステータス】
レベル:31
HP:2426 / 2426
MP:1690 / 1690
【スキル】
【オリジナルスキル】
・コマンド:アイテム
【修得スキル】3 / 5
・危険察知 Lv.17
・パリング Lv.18
・ブロック Lv.16
いい感じいい感じ。
ディズと組んでからは経験値効率が半端ないからな。
俺が危険察知でモンスターが大量に沸いているところを探し出し、ディズがそこにズトンと魔法を一発。ディズには俺がコマンドで用意した空中の足場を利用してもらっているので、モンスターの数がいくら多かろうが危険が増えるということはない。
そんな感じでモンスターを乱獲していると、さくさくレベルが上がっていった。レベル30までと30以降で経験値テーブルに大きな差があることを考慮しても十分だろう。
スキルレベルも好調だし、文句の付けようがないな。
――っと、そろそろ出ないと時間がやばいか。
遅刻するとディズがうるさいからな。
俺は305号室を出た。
「いらっしゃいませー」
カフェに到着した俺はいつもの席へと向かう。
最上階にある窓辺の席だ。
打ち合わせしたわけでもなく、そこが自然と定位置になっていた。
「あら陸、おはよう」
「おう、おはよう」
約束の時間より10分は早いというのに、ディズの姿は既にそこにあった。
片手に紅茶の入ったカップ、片手に本を持つディズはなんとも様になっている。
服の露出度の高さから不似合いな組み合わせにも思えるのだが、結局は顔ということなのだろう。
「今日”は”早いわね」
「いや、だってお前、遅れたら遅れた分だけモーニングコール早めるだろ」
「もちろん。そうすれば時間通りに来られるのは道理でしょ?」
まさにその通り。
実例がここにいる。
よくわかってらっしゃる。
「うん、まあいいんだけどね。美味しい朝食にもありつけるわけだし」
「そうね、美味しい朝食は1日を頑張る上でも重要なことだもの」
このまま口で争えば負けることを予感した俺は、さっさと席に着き食事を楽しむことを優先することにした。
我ながら賢明な判断だ。
「で、今日はどうする?」
朝食を注文してからの第一声。
これはもはやテンプレだ。
「今日は、大通りで陸の装備とコマンド用のアイテムを買い揃えてから狩りに行きましょ。そろそろお金も貯まってきた頃でしょ」
対するディズの返答は予想外のもの。
昨日までは『今日もラフォリス地下迷宮でいいんじゃない?』以外の案が出てきたことはないのだが、今日は違うようだ。
「ん? コマンド用のアイテムってのはわかるけど、装備ってのは?」
今のところ武器の藤娘と防具の藤景色に不満を感じたことはない。
もっと火力が欲しいと感じたことがないといえば嘘になるが、それは俺のスキル構成が防御系に偏っているため仕方のないことだ。
「アクセサリーよ、ア・ク・セ」
「ああ、アクセか。つまりディズは、この『ストラップ・スライム君』では不足だと言いたいわけだな?」
「当たり前じゃない……。ただの玩具でしょ、それ」
「おいおい、HP最大値が3も増えるんだぞ。俺のストラップ・スライム君を馬鹿にするのはやめてくれ」
串焼き屋のおじちゃんが、おまけにとくれたお洒落アイテムだ。
着物の帯のところに引っ掛けて歩くと、中に入ってる鈴がチャリチャリと鳴って可愛い。
「じゃあそっちのは?」
「これは『貼れるタイプのスライム君』だな。同じくHP最大値が3増えるんだ」
変な木の実を売ってるおばちゃんが、おまけにとくれたお洒落アイテムだ。
とりあえず袖のところに貼ってるけど可愛い。
「そう、ご飯を食べ終わるまでにお別れの挨拶をしといてね。あ、もちろん両方に、よ」
「え……おい、そんな! こいつらだって今まで一緒に戦ってきた仲間だぞ」
「大事なアクセ枠を二つとも潰すような足手まといは仲間でもなんでもないわ」
ディズが蔑むような目で俺のスライム君アクセを見て、「話にならない」と首を横に振る。
くっ、なんて冷徹な女なんだ。
……うぅ、ごめんよスライム君達。
君達を守れる力は今の俺にはない。
明日からは部屋でお留守番しててくれ……。
一緒にパーティーを組んでいる以上、俺が性能的に弱いアクセサリーを装備すればディズに迷惑が掛かるのは必然。
悔しいがディズの言葉に従う他ないだろう。
「スライム君を諦めるのはいいんだが――」
「おお!! 愛しのディズベール!! やっと見つけたよ!!」
ん?
突然の乱入者。
キラキラした服と綺麗な金髪、整った顔立ちが強い存在感を主張する。
どこか芝居がかった口調も含め、一度会えば忘れられなさそうなインパクトだ。
『誰こいつ』と眼球の動きだけでディズに聞いてみるが答えは返ってこない。
というか上手く伝わってない気がする。
当のディズはというと、頭に手を抱えて悩ましげのご様子。
ディズの脳内会議にアテレコするなら『はぁ……面倒なことになったわね……』と俺はあてるだろう。
「どうしたんだいディズベール。僕との再会に感動で声も出ないのかい? それとも緊張しているのかな? ああ、でも安心して欲しい。君の心の声は僕にははっきりと聞こえているよ!」
「はぁ……なんでここにいるのよ、ルベルク」
「ははは、ディズベールは相変わらず面白いことを言う。そんなの決まっているじゃないか、君に会うためだよ」
「質問を変えるわ。なんで私がラフォリスに、それもここにいるってわかったの?」
「愛の力……と言いたいところだけど嘘はよくないね。現実はつまらなく単純なものだよ。リンククリスタルで君の噂を聞きつけたのさ」
「まあ、そうよね……」
どうやら、この金髪貴族系男子はルベルクという男で、ディズの知り合いのようだ。
ディズのことが好き好き大好きでリンククリスタルの情報を頼りにここまで来たと、そういうことらしい。
泣かせる話じゃないか。
「さあ、ディズベール、僕と一緒に行こうじゃないか!!」
「どこによ」
「そんなことは決まってる……そう、どこまでもさ!!」
「嫌よ」
ばっさりと切り捨てるディズ。
俺のスライム君を否定する時より表情が冷たい。
それでもルベルクは少しも堪えた様子はなく、むしろ嬉しそうにしているのだから凄い。
ディズを口説きに追いかけてきただけはある。
ただのドMという線も捨て切れないが。
「大体ね、何度も言ってるけど、私とルベルクじゃ相性が悪いのよ。同じパーティー内に火力特化の炎属性魔法使いが二人もいてどうするのよ」
「なに、そんなことは些細な問題さ、愛に困難な試練はつきものだしね。二人で乗り越えていこう! 僕と君の二人で!!」
「はぁ……もう。はっきりと言わせてもらうわ、私はルベルクとは組めない。相性もそうだけど、他に大きな理由があるもの。私、実は今、固定パーティー組んでるのよ、ここにいる陸とね」
ディズが俺のほうに手を向ける。
今まで蚊帳の外だった俺の出番がようやくきたようだ。
「ははは、紅炎のディズベールが固定パーティーなんてそんな冗談――――うわっ! 誰だ!! いつからそこに!?」
最初からです。
これは恋は盲目とかそんなレベルじゃない。
チラリとも俺の方を見ないなとは思っていたけど、まさか気付いてなかったとは。
それにしてもこれは……うむ、厄介事の予感ですね。
しんど……。




