アトランティス会議
お互いの身分に気づく前のリーミルがアトラスに尋ねたことがある。
「ルージの牙狼王リダルが戦をしたがっているのは本当なの?」
アトラスの父が好戦的だという噂が立つのは、アトランティス議会での彼の立場による。アトランティスの大地から蛮族どもを追い払い、アトランティナによる統治を取り戻すというのがリダルの主張である。彼はアトラスの祖父に当たるロスドム王の息子として五百の兵を指揮して海を渡り、敗色が濃い中で、その兵が潰えるほど戦い抜いたが、戦意は失わなかった。そして、何よりルージはその得意とする海の戦いでは、ギリシャ人に負けたことがなかった。そんなリダルは戦に負けたという意識を全く持っていない。しかし、アトランティス議会の愚かな妥協の産物として蛮族どもと講和し、アトランティナにとって最も聖なる場所に蛮族に居座られている。リダルにはそれが腹立たしくてたまらないのである。
ことある事に開戦を叫ぶリダルに対し、穏健派のシュレーブは対立する立場にあり、フローイは立場を明らかにしないままで様子をうかがっていた。アトランティスを代表する三つの強国は、それぞれの思惑で異なる立場を取り、小国はその3カ国に色よい気配を見せながらも立場は鮮明にしては居ない。
リダルが会議から帰ってくるときには、大抵、開戦を叫ぶリダルに対して物わかりの悪い各国に怒りを露わにしながら帰ってくるのだが、今日のリダルは機嫌がよい。帰って来るや、執務室に息子を呼びつけ肩を抱くように言った。
「おおっ、アトラス。我が王子よ、どうして儂に黙っていた」
「何を、でございますか」
アトラスは父の言葉に首をかしげた。幼い頃からこの父親と腹を割って話したことはないし、内心の複雑な心情を伝えたことはない。しかし、王と王子の間で公にすべき事柄で、父に秘密は持っていない。リダルは察しの悪い息子に機嫌良く言った。
「リーミル姫とのことよ」
「リーミル姫とのこと?」
「隠さずとも良い。子細はボルスス王から聞いた。お前は暴漢に絡まれて難渋するリーミル姫を救ったとか」
その父の言葉で、アトラスにもリダルの言葉の意味が分かりかけてきた。父親に召されてこのシリャードに到着した日、忙しい父と面会することができないまま、街の中を彷徨っていて彼女に出会っていた。ただ、素直なアトラスは姫を救ったという自覚はない。自分に絡んでくる暴漢を切って捨てるしかないと考えた時に、姫の機転でその状況を抜け出したという感覚である。息子の記憶の整理が突かないと見たリダルは、更にボルススから伝え聞いたことを話して聞かせた。
「お前は、姫に言いがかりを付ける二十人もの荒くれを、一気に蹴散らして姫を救い、名も告げずに去ったと」
「いや、それは」
実戦は未経験だが、アトラスは将来の王として剣やレスリングなど戦闘訓練を受けていて、敵意をむき出しにする相手の数を数えることぐらいはできる。アトラスの記憶では、暴漢はせいぜい三人で、二十人というのは数字が誇張されている。リダルには実戦経験があり、一人で二十人の暴漢を相手にするという話の不自然さに気づいても良いはずだがそれを口には出さなかった。
もしも、愛情に不器用なリダルの心情を読み解けば、息子を褒められたうれしさに冷静さを失った父親という姿だが、アトラスはその父親の心情に気づかなかった。その数字を正そうとするアトラスの言葉を制してリダルが言った。
「よいか、アトラス。ボルスス王の口利きで、お前は議会に召されて、神帝から勇者としてのお言葉を賜ることになった」
「私が、ですか?」
アトランティス議会の会場は関係者以外の入室は厳しく制限されていて、例え王家の者とはいえ、国王以外の者が参内するのは例がない。まして、神帝の直々にお言葉を賜るというのは信じられないほど光栄な事である。
「左様。フローイ国のボルスス王の口添えもあったが、神帝もお前に興味を示され、是非とも会ってみたいとのことだ」
「神帝が、私に」
突然にわき上がってきて体を満たした感激で、アトラスは言葉を失った。この時代、神帝といえば神に次ぐ地位の人物で、そんな人物が会いたいと言うのは、アトランティナにとって想像もつかないほど光栄な出来事である。




