第9話 人栄える知識と法の国
「朝だぞ! 起きろ」
でかい声で起こされたのはまだ空が明るくなる前であった。馬車から出て周りを見渡すと昨日殺されていたはずのランヤの死骸は無く、焚き火の片づけをしていた御者は調度作業が終わったのかこちらに向かってくる所だった。
「おはようございます」
「おはようございます、ケルス様」
「二人とも悪いがこれから俺は寝るから、なにかあったら起こしてくれ」
『昨日魔物に襲われたしずいぶん疲れてるようだな』
最初から起きていたのか啓も話かけてくる。
「はい、一晩大変だったでしょうし何かございましたら、またよろしくお願いいたします」
御者もさすがに昨日あれだけのことがあったので、疲れた顔をしているがそれでも狭い平原の道を左右から囲むこの林をすぐに抜けたいのか出発の準備を整える。
「それでは少し早いですが、出発いたしましょう。スゥイジンの国境を今日の昼前には越え、夜には屋敷に到着出来ると思われます」
『ルージン・・・この国とはやっぱり大分違うのか? ケルスの国は』
御者が急いでいるのか大分ゆれる馬車の中、ケルスは一年前に自分がいた故郷スゥイジンを思い返す。獣人の国イェンフォウ、人間の国スゥイジン、ともに人種の割合が違うだけで文化のレベルは貿易などを通じてそれほど違いは無くなっている。あえて違いを言うとすれば――――――――
『・・・人栄える知識と法の国、ってよく言われてるから色々なものが発明されたり、法律が獣人の国やその他の国と比べて細かいって・・・・・・・・言われてる』
『なんだぞれ? 言われてるって自分の国なのによく知らないのかよ?』
『仕方ないだろ? 比べるものがないんだ。それとも俺の主観に満ちた答えでも聞きたいか?』
『それでいい』
『いい国だ! 病気などになっても医者が足りなくなる事はめったにない、食料も足りず飢饉になる事も滅多にない、海が近くにあり漁業もそれなりに発展しているしな』
『なかなかよさそうじゃないか。普通の物語によくあるように税や農作物を過度にとったりはしないのか?』
『言っとくけど俺のお父さんの領地だぞ? 死んでもそんな事をするわけが無い。もっとも他の貴族が治める土地はしらないがな』
『素晴らしいお父さんじゃないか』
『・・・・・・あぁ』
「ケルス様、今国境を越えましたので、最寄の町までもうそろそろかと思います」
御者が丁寧に国境を越えた事を教えてくれるが森を抜けることは出来たが、平原が続いている事には変わらなかった。
『ケルス、町に着いたらほしいものが―――――――』
『無理』
『・・・まだ何も言ってないじゃないか。それとも欲しいものを見破ったとでもいうのか・・・』
『あそこまで"色々ある世界"にいたのにここで欲しい物があるなんてなんて相当高いか、珍しい物だろ。あきらめてくれ』
『安いと思うんだがな・・・それに俺は割りと常識人だぞ。まぁいい、町で目に付いてから考える事にするよ』
ずいぶん簡単にあきらめるんだなとケルスは思いながら馬車から外の景色を見る。基本的に野生の動物は食料のある森の中にしかいないために見あたら無い。草原は自分が見ていた異世界の物とほぼ変わらない植物のようだった。雲があり太陽もあるこことは別の世界。別の世界と比べ始めてると、啓は以前いた世界で何をしていたのか気になり始めた。
『啓、ここに来る前は何を・・・してたんだ?』
『んー・・・学校に通って、それから色々仕事してって感じだな。たいした仕事でもないけど。家族もいたぞ? お父さん、お母さん、かわいい妹、後はペットの柴犬』
『俺に憑依する直前は? なにもしてないのに憑依出来たってことは無いだろ』
『あー・・・つまらない理由だけど聞きたいのか?』
『つまらない理由ならまた今度でいいや。そろそろ着きそうだよ』
外を見ていると馬車は木造の住宅が立ち並ぶ大きい町の中に入っていた。よく眺めれば学園とは違って人栄えるという国だけあって獣人がほぼいない。そして大きな馬小屋のある宿屋で馬車が止まった。
「ケルス様、ホルン殿、少しこの町にて馬車を修理できる職人を探してまいります。もしよろしければお待ちの間、町の中でもゆっくりごらんになってはいかがでしょうか?」
「俺は疲れてるからここに残るぞ」
「では自分は少々町を見て回りますね」
「お気をつけください。扉を修理するだけなのでそれほど掛かりません。そうですね・・・今より一時間ほどで戻ってきて頂ければと思います」
「あぁ、では行ってくる」