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樹海の術師  作者: magnolia
3/10

2 術師の残した書置き

扉は開かれていた。急いで戻ってきた部下とともに中に入る。


入った瞬間、部屋には薬草だろうか、草花の濃厚な香りが充溢じゅういつしていた。それに混ざる古い紙の香り。


壁一面には天井まである書棚。

さらには床にも腰の辺りにまで積み上られた書物。


仮眠用なのか診察台なのか。

人一人転がれる大きさの寝台。


年を経て飴色になった大きな机。

その上に散らばっている紙や羽ペン。大きめのインク瓶。

先ほど見た時は片手にかけていた籠一杯の草花や果実も放ってあった。


それ以外にも硬度のある月光石で作った擂鉢すりばちり棒。

いくつかの椀や皿、用途不明な上、形状もおかしな器具たちが転がっている。



奥は起居する私的な空間なのか、随分古びた織物を天井より掛け、仕切りにしてある。


「患者じゃない客なんて初めてだな。散らかってるけど適当に掛けて。」


そう言って、奥に引っ込む。

しかし、座る椅子は机と対になっているものが一つと、背もたれのない丸椅子が一つ。


確かに客人を招くようにはしてない。というかしたことがない部屋だ。



「団長はお掛け下さい。我々は平気ですので。」


「そ、そうですよ。」


部下たちはこの部屋を見て自分たちは立っていることにしたらしい。まぁ、無理のない判断だ。家主に掛けて待っていろといわれた手前、自分には若干小さいが、丸椅子に腰掛けた。


そうこうしていると奥からサーラ殿が片手に盆を持って戻ってきた。

自分の足元に散らばる書物や書き損じの丸めた紙を足で払っている…


「あぁ、悪い。座る場所ないか。ちょっと、これ持ってて。」


と自分にひょいと寄越す。部下たちが反応したがそれは流して言われた通り、盆を持つ。

もと来た場所に戻っていったかと思うと、両手に頑丈そうな木箱をぶら下げていた。


「後ろのお二人。家にはここにある以外椅子がないんだ。これ使って。」


と言ってさしだす。


「は、はぁ。お手数かけます。」


とアルが間抜けな返しをしている。ティルダは黙って頭を下げて、それぞれ辛うじて空いている床の上に木箱をひっくり返し、その上に腰掛けた。


「持ってもらって助かったよ。茶なんでどうぞ。」


そう言って促すように手と視線を向ける。


「お気遣い、痛み入る。ありがたく頂戴するとします。」


そう返し、自分もゴブレットに入ったものを一つ受け取り、後ろの二人にも手渡す。


「お師匠さまはもういないけど、仕事の依頼ってことか。どういう内容?」


大きな机にもたれながらこちらに問いかけてくる。


「…我々がこうして樹海を越えてきた事には疑問はお持ちでないのですか?」


唐突すぎる来訪にも動じていない様子に思わず質問に質問で返してしまう。


「あぁ、書き置きにあったから。」


そういって右腕の袖を捲くる。少年にしては細い手首には鈍色の腕輪がついていた。。


「この腕輪。お師匠さんから形見だぜって書き置きにあったんだよ。もしこの家に無傷で辿りついた奴がいれば話だけは聞いてやってもいいってあったからさ。これと対になってるはずの指輪、持ってるんだろ?」


「…確かに、わが主よりお貸し頂いております。」


「あ、やっぱり。お師匠さまときたら“約束破りは信条にもとるから、もし来たら何とかしてやれ”って。自分じゃなく弟子にさせてる時点でダメダメだろ。」


「…はぁ、まぁ、そう、言えなくもないですね。」


師団長の役職に就いてから年下であろう者に、こんなぞんざいな口の利き方をされたのは久方ぶりだ。役職を名乗った上でなら初めてといってもいいかもしれない。


「まぁ、あんた方が来ても驚かなかったのはそのせい。なんなら見る?遺言という名の押し付け仕事一覧。」


そう言って、革紐でくるりと結ばれた羊皮紙を投げて寄越した。


そこにはこう書いてあった。





 ~不肖の弟子へ~


 ちっとドジった。

 お涙頂戴必至の「流浪の術師、事故より身を挺して幼子を救う!!」の話覚えてるか?

 ま、半日で忘れるわけないか。

 で、だ。

 どうやらその時頭を打ったようだが、そのせいか術の構築ができなくなってる。

 厄介なもので頭の中で出血して止まってないようだ。

 お前に治してもらうのも悪くないと思ったが。

 術式が既に入っている私の身体をお前が術で治すのは無理だ。

 時間もないしな。残念ながら年貢の納め時ってヤツだわ。

 

 薬と術のことはお前に骨の髄まで叩き込んだし、粘着質で凝り性のお前のことだ。

 放っておいても研究はするだろうから、後継の育成もしたことになるな。

 私ってば何て偉大なのだろうかね。


 と、いうわけで。

 あとは好きに生きろ。

 せっかくこの私が拾ってやった命を無駄にせず、この世界を渡っていけ。

 餞別にこの家と中身はくれてやる。あと、私が着けていた腕輪もな。

 これが少々いわくつきだ。アンドール皇国ってわかるな。

 あそこの宮廷薬師の身分証明になってる。

 それに私が術を加えて対の指輪作って、あるヤツにくれてやった。

 あんま引き止めるのが鬱陶しかったから。

 『にっちもさっちもいかなくなった時だけは手伝ってやらなくもない』と言ってな。

 てな訳で若気の至りで渡しちまったブツだ。

 けど、約束破りは信条に悖るから、もし来たら話聞いて何とかしてやれ。

 

 あと、せっかくの研究成果は埋もれさすな。後世に引き継げ。

 術は才能がモノを言うから正直、ちゅうかかなり厳しいが。

 薬学だけでも宮廷のものより数段桁が上だ。


 金を持ってる奴からは大金をせしめ取って伝授しても構わん。

 相場はおまえ自身で判断しな。慣れてくれば分かる。

 ただ、悪用される危険も十分考えろ。

 それと無辜むこの民から金を取ることはまかりならん。

 それくらいはできるだろ?


 長くなったな。

 お前と過ごした十二年間、なかなかのものだった。

 しごき甲斐もあったしな。

 お前は学問以外も器用貧乏っていえるほど大抵の事はこなせたし。

 いい拾い物をしたよ。

 

 サーラ=イルーア。

 

 全てを無くし非力だったお前は、人を生かすも殺すもできるすべを手に入れた。

 それはお前の力であり、戒めでもある。


 それを忘れずに生きろ。足掻いてこそ人生だ。

 私は楽しかったぞ。じゃあな。







闊達かったつとした人柄があらわれている筆跡。

死を前にして書いたとは到底思えないざっくばらんさ。

確かに遺書というよりは書き置きだ。


ただ、胸に響く言葉でもある。


「そこに書いてあるとおりだよ。俺の知識が必要なら行ってもいい。まぁ、お師匠さま本人に用があったのなら意味ないかもしれないけど。どうする?」



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