5話 落ちこぼれ同士の再開 後編
家を飛び出したアラドとミーシャは、村の中央に向かって歩き続けた。
「アラド、ダメだよ。お母さんと仲直りしないと……」
しかしミーシャは道を引き返そうと、弱々しい力で反抗していた。
「ミーシャ、そのことはもう言わないでくれ。母さんのことはもう良いんだ。いつかこうなるのは分かっていたからさ」
「良くないよ!」
と、ミーシャは言う。
「私のせいでアラドが不幸になるなんて、我慢できない!」
「もう十分に不幸だ。でも、ミーシャを家から追い出すなんてことしたら、もっと不幸になる」
アラドはミーシャの手を強く握る。
「お前は大切な友達だ。俺にとって、二人しか居ない親友の一人なんだ。家族か親友か、どちらかを選ぶなら、おれは親友を選ぶよ」
「……アラド」
ミーシャはそれでも何か言いたげだった。
が、それ以上はなにも言わず、アラドに引っ張られるままに道を進んだ。
そして二人がたどり着いたのは、村から少し外れた場所にある一つの家だった。
どうして村外れにあるのかと言えば、彼女もまた村人たちから排除されてきたからだ。
そこは、アラド達のもうひとりの親友、魔法使いのアーリンの家だった。
「アーリン……元気かな?」
ミーシャは、アーリンの家の前で立ち止まり、呟く。
「ああ、多分な。あいつは天才だ、俺たちと違ってヘマは踏まないだろう。今頃魔法学校で同級生をバカにしてるさ」
そう言いながら、ボロ屋の扉に手をかける。
ギィ……
「ふぅ……ひどいな」
「掃除しないとね」
家の中はほこりまみれだった。どうやら空き屋なのを良いことに、村の連中が荒らしたらしい。
価値のあるものは根こそぎ奪われた後で、残っているのは壊れた家具と、床と、ゴミだけだった。
「とてもじゃないが、人の暮らせる場所じゃないな」
「あはは……でも、元からこんなだったかも」
「そう言えばそうか。あいつ、掃除だけは全然出来なかったしな」
アラドとミーシャは、自然と身体を動かす。
元々、アーリンの家は3人とっての溜まり場で、こうして掃除をすることも、昔からよくあった。
「あっと」
ただし、今はミーシャもふらふらとおぼつかない。
どうやら栄養失調がひどいらしい。
「ミーシャ、休んでろよ。俺がやるから。で、掃除が終わったら、食い物を買いに行こう」
「そうだね。私、久しぶりにこの村のりんご食べたいなぁ」
話をしながら、アラドは掃除を進めていく。
みるみるうちに部屋の中が片付いていく。
「あ、これ見てよ!」
その時、ミーシャが床を指差した。
「この剣、覚えてる?」
床に散らばっていたゴミの下に一本の大剣があった。
それはあまりにも大きな大剣だった。
全長はアラドの身長ほどもある。
「うわぁ……懐かしいなぁこれ」
と、アラドは剣を見てうなずく。
その剣は、アラドが初めて買った剣だった。
当時のアラドはまだ10歳ほど。
剣は大きければ大きいほどよいと思って、骨董市で一番大きな剣を買ったのだった。
しかし当然、こんな大きな鉄の塊を子供が使えるわけもなく……アーリンの家に置いたまま、誰も触らなくなり、いつの間にかゴミの下に埋まり、忘れ去れられていたわけだった。
「……今なら持てるかな?」
アラドはそれを左手で握る。
「ぐっ……うぉおおおお……」
重量のある大剣。
それを片腕で持ち上げるのは一見不可能なように見えた。
しかし。
「ぐっ、今ならなんとか持てるな……」
アラドはその剣を持ち上げて、ニッコリと笑った。
――俺、まだまだやれるじゃないか。
と、彼は内心で喜びながら。
ギィ……
その時、家の奥の方から扉がきしむような音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「足音……かな?」
アラドは、剣を握ったまま、「ミーシャ、待ってろ」と、一人で家の奥に進んだ。
――空き巣か? いや、すでに1年近く誰も暮らしていないはずの建物。価値のあるものはあらかた盗られているだろうし、とすると……偶然迷い込んだ魔物か?
アラドは最大限の警戒を維持しながら、物音が聞こえた方角―書斎へと向かった。
すると妙なことに、書斎は扉が開いていて、しかも部屋の中からは灯りが漏れている。
誰かが居るのは間違いない。
「……」
アラドはこっそりと中を覗き見た。すると、
「泥棒! 覚悟しなさいよ!」
聞き覚えのある女性の声がした。
いや、聞き覚えだけじゃなく、見覚えもある。
ルビーのような、透明感のある赤い瞳。
それよりは少し色が濃く、血のような髪色。
頭には父親から受け継いだ大きな魔道士帽。
見覚えがあるというよりも、よく知っている人間だった。
彼女の手の平にはすでに魔法が結実しつつあり、拳サイズの氷塊が浮遊していた。
「いや待て! 俺だ! アーリン!」
「問答無用! 死ね……え?」
書斎から飛び出してきたのは、すでに一人前の魔道士気取りのアーリンだった。
アラドに気づいたのか、彼女の目が丸くなった。
魔法は霧散して、杖もその場に下ろしてしまった。
「え? なんでここに? ていうかその腕は?」
「……こっちのセリフだ。お前も、まだ少なくとも3年は帰ってこないはずだろ?」
「うぐっ……」
アーリンは顔を伏せた。
珍しく、自分を恥じているらしい。
いつもは自信満々で、自分が間違っている時ですら、その傲慢な態度を崩すことすらないのに。
――こいつもワケありか。どうしてこうなったんだ? 俺たちは……
アラドは内心でそう思ってから、ミーシャをその場に呼んだ。
三人の幼馴染の、あるはずがない再開は、とっても奇妙で気まずい空気だった。
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