20話 新しい目標 後編
アラド達は、リサカの街の北にあるアンバーの森へとやってきていた。
そこは果物や薬草が豊富に取れる、豊かな森だった。
綺麗な小川や湖もあり、療養所としての人気も高く、多くの別荘が立ち並んでいる。
よって、リサカの街の住人達も、頻繁にそこを訪ねるのだが……快適な環境は、人間にとってだけではない。
つまり、魔物たちもその森に多く出現する。
リサカの街の冒険者ギルドに発行される魔物の討伐依頼のかなりの割合が、この森のモンスター討伐についての依頼であり、アラドたちも当然、この森に来るのは既に慣れていた。
「何度来てもいい場所だよねぇ♪」
ミーシャが背伸びをしながらつぶやく。
「そんなこと、どうでもいいから。さっさと大狼探すわよ」
今回の依頼は大狼5匹の討伐だった。
討伐対象のランクはE。つまり、アラドたちにとっては格下と言える簡単な相手だ。
しかし、倒すのが簡単だとしても、見つけるのが簡単とは限らない。
「……中々居ないわねぇ」
アーリンはサーチの魔法を使って周囲を調べるが、大狼の姿は中々補足できない。
「ま、そういうもんだよ」
「あ、二人共ちょっとまって」
その時、ミーシャが小さな声でそう言って、立ち止まった。
「何よ」
「あそこに居るの……もしかして冒険者の人じゃない?」
「あ。ほんとだ」
ミーシャが指差した方角、道からそれた川べりには一人の女性が佇んでいた。
身長はそこそこ。年齢はおそらくアラド達と近いだろう、まだ幼さの残る顔立ち。
短めの髪の毛は青と緑が混じり合ったような色合い。
どうして彼女が冒険者に見えたのかと言えば、その服装だった。
革鎧に、腰には剣。左手には円盾を持っていた。
そして胸元には、冒険者の石級であることを示す、くすんだ灰色のバッジがあった。
「ちょっと話を聞いてみるか。大狼の情報持ってるかもしれないし」
アラドは背の低い茂みを飛び越えて、正体不明の冒険者の傍に近づいた。
「あの、こんにちは」
アラドが声を掛けると、彼女はゆっくりと振り向いた。
そしてアラドの胸で銀色に光るバッジに視線が落ちた。
「……ふぇえ……」
彼女の顔にはなぜか大粒の涙が見えた。
「よかったぁ……冒険者の人だぁ!」
彼女はアラドに飛びついて情熱的にハグをした。
「ちょっ!」
アラドは困惑する。
初対面の人間が、どうして?
なんで泣いてるんだ?
「何やってんの!?」
遠くから見ていてたアーリンが、その光景に驚いた。
走ってアラドの傍まで駆け寄ると、「ちょっと、離れなさいよ!」と、女性を引き剥がそうとする。
「うぇええーーん」
しかし泣いている冒険者風の女性はアラドを離そうとしない。
「き、君、大丈夫?」
アラドは少しだけ声が上ずっていた。
革鎧を間に挟んでいるとは言っても、女性の体に密着されると、流石に何か感じるものがあるらしい。
「あ、すみません……」
そこでようやく、女性はアラドを離した。
泣きはらしたことで、いくらか正気を取り戻したらしい。
「わ、私ニアナって言います」
彼女はゆっくりと喋りはじめた。
「冒険者になったばっかりで……その、今はゴブリンを退治するためにこのアンバーの森に来ていたんですけど……全然うまくいかなくて、もう丸々2日もこの森をさまよっていたんですぅ……こんなんじゃ、いつまで経っても石級からランクが上がらないし……」
「そういうことだったのか」
と、アラドはうなずいた。
つまり、ニアナは迷える新人というわけだった。
「こんなんじゃあ、私生きていけませんよぉ……でも、私戦う以外のことなんて全然できないし……どうしたらいいか……」
ニアナを見て、アラドの胸に小さな同情心が芽生えた。
一人ぼっちで、将来が見えない状況。
それはついこの間までの自分と同じだった。
――俺には大切な幼馴染が居てくれたから良かったが、彼女は違う。一人ぼっちで、未来が見えないんだ。
「なら今日は一緒に行動しないか?」
だから、アラドはそう提案した。
永久的に彼女をパーティに加えよう、という考えはさらさら無かったが、かといって放置しておくことはできかなったから。
「……え?」
「実は俺たちも大狼って魔物を探しているんだけど、全然見つからなくてさ。ゴブリンは討伐対象じゃないし、一緒に行動するほうが多分効率的だからさ」
「い……」
ニアナの声が上ずる。
「良いんですか!? 心強いです! 銀級の人たちと一緒に行動できるなんて、夢みたいです」
「あはは……」
アラドはまんざらでもない、という感じ。
それをずっと見ていたアーリンは、アラドの頬を思いっきりつねった。
「いでででで! 何するんだよ!」
「ちょっと、何勝手に約束してるわけ!? なんで石級の冒険者の手伝いなんかしなきゃいけないのよ! しかもニヤニヤしちゃってさぁ!」
「だ、だって、可愛そうだし……」
「へぇ? この子にハグされたから好きになったんじゃないの?」
「そんなことはない」
アラドはきっぱりと断言する。
それを聞いて安心したのか、アーリンは「はぁ」と、ため息をついた。
「ミーシャはどう思う?」
「私は良いと思うよぉ。だって、3人より4人で探したほうが手っ取り早いし……そうだ。二手に分かれて行動するのはどうかな? そうすればもっと効率的にモンスターを探せるよ」
「……まあ、こっちも魔物が見つからなくて困ってたところだけど……」
と、アーリンは言う。
「ならそうしよう。でも、目標の魔物を見つけたときは、すぐに倒さないで合流してから倒すようにしないといけないから、いざという時どうにかして合流する方法が必要だな」
「私はフラッシュの魔法があるから、いざって時は光で合図できるわよ」
アーリンが言う。
「私も、緊急用の発火筒を持ってるので、居場所を合図できます」
ニアナが言った。
「よし。それなら、ニアナとアーリンは別パーティで行動したほうがいいな。アーリンは、誰と一緒に行動したい?」
「私は……」
アーリンは言いよどむ。
「だれでも良いけど……」
何か言いたげな様子で、アーリンは地面の石を蹴った。
「分かった」
しかしアラドはその言葉を文字通り受け取って、今度はニアナに振り向く。
「君はどうかな?」
「なら、わ、私はアラドさんが良いです」
ニアナが言うと、アーリンの顔つきが一瞬険しくなった。
が、アラドはそれにも気づかずに、更に話を進めてしまう。
「そうか。なら俺とニアナ、アーリンとミーシャで二手に別れよう。俺達はこの川の下流に向かって、アーリン達は上流に向かって進む形でどうかな」
「……ふん、別に良いけど」
アーリンは露骨に不満気にうなずく。
それにあわせて、ミーシャとニアナの二人も首を縦に振った。
「じゃあ決まりだな」




