93.パニック
高度がぐんぐん下がっていて、スピードも少しゆっくりになったからか、街の様子がよく見えるようになった。
豆粒みたいだけど人も見える。
うん、悲鳴も聞こえる。
そりゃ、そうだよね。
正体不明の大きな獣が空飛んでるんだから。
白澤って尊敬されてるんだよね?
今のアウルはちゃんと白澤の姿なんだけど。
昼間にいきなりこんな訪問は失敗だったんじゃないかな。
あ、ほら。
みんなパニックになってない?
「アウル! 本当に大丈夫なの?」
「麒麟の大切な民にも、いきなり獣が襲ってくる恐怖を味わわせるくらいいいだろう!」
え? そういうこと?
だけどパニックで人は怪我したりするよ?
それが心配になったけど、わざわざノスリたちにわかるように答えたアウルの気持ちもわかる。
感情論じゃダメなのはわかるけど、難しいよ。
って、あ。
目の前に迫った城壁からたくさんの矢が飛んできた。
ほとんどの人は家の中に避難したみたいだけど、間違えたら街の人たちにも当たっちゃうんじゃない!?
「ミヤコちゃん! あの矢を全部消せる!?」
『任せるのだ』
ミヤコちゃんがあっさり答えた瞬間、たくさんの矢がぱっと消えた。
本当に雨のように矢が降ってくるというか、飛んでくるなんてね。
「くそっ!」
「ノスリ……」
そうだよね。
国の人たちのことを思って頑張ってきたノスリにとって、今のはひどいよね。
いや、ノスリじゃなくても許せないんですけど。
「アウルの嘘つき! このままだと街の人まで巻き添えになっちゃうじゃない!」
『ちょっと脅かしすぎたようなのだ。これは余の失敗である。よって、次は任せるがよい』
思わず感情的にアウルを責めちゃったけど、アウルもちょっと落ち込んでるみたい。
お城はほんとにもうすぐそこだけど、矢の雨がまた飛んできた。
と思ったら、鋭く向かってきてた矢はいきなりお花に変わった。
「え? すごい!」
『ふむ。花を降らせるとは気が利いておるの』
ふわりふわりとお花が街中に降っていく。
これには兵士さんだけじゃなくて、物陰から見ていた街の人たちも驚いているみたい。
まあ、一瞬で矢が消えたときにも兵士さんはすごくびっくりしてたけどね。
「ミヤコちゃんもアウル君もすごいなあ。武器を消すだけでなく、心を平和にしてくれるんだから」
「……そうですね」
「一時はどうなることかと思いましたけど……いえ、どうなるのでしょう?」
呑気すぎるお兄ちゃんの言葉にノスリも力を抜いて答えた。
うん。お花は心を平和にしてくれるね。
だけどツグミさんの言うことももっともで、どうするの?
『心配はいらぬのだ。人間の武器というものは我が全て消したのだ』
「ミヤコちゃんが? すごい! ありがとう!」
さすがミヤコちゃん。
無駄な争いは嫌だもんね。
「ありがとう、ミヤコちゃん」
『うむ』
アウルがみんなに説明してくれて、ノスリがミヤコちゃんにお礼を言った。
いつものことだから通じたみたいだけど、ミヤコちゃんはちょっと照れてる。
可愛い。
それにしても広いなあ、このお城。
弓や剣が消えて慌てる兵士さんを飛び越えて進むけどまだまだ先があるよ。
長官と出会えたお城も広かったけど、ここは三倍くらいありそう。
東京ドーム何個分だろう。
あれかな? 後宮とかあってお妃様いっぱい。
女の戦いとか怪談とかあるのかな?
でも下から聞こえてくる悲鳴は野太い声ばかりだから、女の人はいないみたい。
ゆっくり進むアウルに迷いはないみたいだから、目的地はしっかりわかってるんだね。
「あそこに麒麟がおる」
アウルの言う方向を見ると、たくさんの人に守られるようにして麒麟さんが立っていた。
兵士さんは武器がないからか、何かの棒とか他の人は本とか持ってる。
あれは文鎮かな。それで殴られたらヤバいな。
「やあ、麒麟よ。無事に戻れたようだな」
「白澤……この騒ぎは何だ?」
アウルはわざとみんなにわかるように、人間の言葉で話しかけたんだ。
それだけでもみんな驚いてたけど、麒麟さんが白澤って言った途端にすごい騒ぎになった。
そうか。みんな白澤の姿を知らなかったんだ。
フェニックスなミヤコちゃんもとっても綺麗だけど、やっぱり未知な大きな獣ってだけで恐怖の対象だよね。
だけどこの国は今まで麒麟さんやアウルがいたから魔獣の出没もめったになかったはず。
平和ボケしてたから、色々な意味でパニックになったのかな。
「お前の文様によって引き起こした西の国の騒ぎよりも、大したことではないだろう」
「……それで、ドラゴンまで連れて何の用だ?」
いつもと違うアウルの言葉にも、麒麟さんは動揺もせずちらりとミヤコちゃんを見た。
私たちのことはずっと無視。
それは別にいいんだけど、やっぱり好きじゃないな。
麒麟さんは質問ばっかりだし、否定もなければ謝罪もないし、すごく自分本位で他者を見下してる感じ。
「――雷獅子、どうした? 何事だ?」
「主上!」
ちょっとしたにらみ合いの途中で、男性の声が割り込んだ。
あれれ? 大陸が違っても言葉は一緒なんだね。
バベルの塔は造らなかったのかな?
すたすたと歩いてやってきたアラサーな男性がどうやら「主上」さんみたいだね。
みんなが膝をついて頭を下げてるもん。
この光景、映画の中みたいだな。
麒麟さんまで膝をついたけど、頭は下げないで主上さんを見上げた。
「主上、このような場所においでになってはなりません。お前たち、何をしておるのだ!」
麒麟さんは主上さんに優しく言い聞かせて、お付きみたいな人たちに怒った。
嫌だなあ、この態度の違い。
なんか麒麟さんって私のイメージと違う。
それでこの「主上」さんが「皇帝」さんなんだね。




