64.山造成
ノスリが戻ってきたのは夜も遅く、私とミヤコちゃんとツグミさんがテントに入ってからだった。
テントは二つ張ってて、もう一つにノスリとお兄ちゃんとアウルが寝ることになるんだよね。
ちなみにヒッキーは土の上がいいらしい。
うん、それはそうなんだろうね。
私たちは帰ってきた気配を感じてテントから出たけど、お兄ちゃんとノスリにすぐ戻るように言われた。
気にせず寝なさいって言われても、気になるよね。
ご飯の温め直しはお兄ちゃんがやれるっていうより、私より手際がいいから。
でもお料理に関しては、ツグミさんよりは私のほうができるんだよ。えっへん。
このことに関してツグミさんは「ヒガラさんよりできないなんて……」って落ち込んで、そのあとで闘志を燃やしてた。
ツグミさんってば意外と負けず嫌いだな。
だけどお兄ちゃんを倒す前に私を倒さないとね!
ってそんなことはどうでもよくて。
うーん。先に寝ろと言われても、外で物音やひそひそ話し声が聞こえたら気になって寝られないよ。
まあ、気になるのは何を話してるのかなんだけど。
ノスリ、大丈夫かな?
きっとつらい話も聞いてるよね。この国を離れてもうすぐ三年以上になるんだもん。
「ねえ、コルリさん、起きてる?」
「うん、起きテるよ」
「やっぱり? 眠れないわよね。こんなに騒がしいと」
寝返りを何度も打ってたら、ツグミさんが小声で訊いてきた。
うん、わかる。眠れないよね。……ミヤコちゃんはスヤスヤ寝てるけど。
暗くてよく見えないけど、ツグミさんは私のほうに顔を向けてまたひそひそと話し始めた。
「その……コルリさんは、ノスリ君が何者なのか知っているの?」
「ううん、知らナイ。今マデ普通に外国からノ留学生だと思っテた。ちょっトお金持ちナお家の。このチャムラカ王国の出身っテいうノモ最近知っタばかりナンだ」
「そうなのね……」
ためらいがちに質問してきたツグミさんはそのまま黙ってしまった。
ツグミさんが本当に言いたいことはわかってる。
だけど私自身がその言葉を口にするのが怖いんだ。
ノスリは魔法学校に入学したときからのパートナーで、親友だと思ってた。
それなのにノスリのことを何も知らない自分にショックを受けてる。
教えてくれなかったからじゃなくて、知ろうとしなかった自分が嫌だ。
私の愚痴ばかりいつも聞いてもらってた。
ツグミさんが何か言いかけて、結局口を閉じたのが気配でわかった。
気を使わせてしまってるなあ。
「やっパり……ツグミさんもノスリがちょっトしたお金持ちノお家の出身じゃナイって思っタ?」
「……ええ。フォーシン隊長もきっと名のあるお家のご出身だと思うの。そんな方を跪かせるなんて、かなり高位のお家出身でしょうね。ただそんな人が一人で留学生活を送ってらしたことが驚きで……。よくわからないわ」
「そういえバ、そうダネ……」
三年以上一緒にいたけど、近くで見守ってるような人はいなかったと思う。
それならたぶんミヤコちゃんも気付いただろうし。
それだけこの国は切羽詰まってたとか?
妹さんとずっと文通してたのは知ってたけど、他の家族のことはあまり聞いたことがなかったなあ。
何も言えないでいるとツグミさんの小さな寝息が聞こえてきた。
今日は色々あって特に疲れたもんね。
そういえば外も静かになってるってことは、ノスリたちもテントに入ったんだな。
ちらちらしてた明かりも見えないし、もう寝たのかも……。
そう思っているうちにどうやら私も寝てたらしい。
目が覚めたのは大きな揺れを感じたから。
それにすごく大きな音も。
「じ、地震!?」
って、どこ? え?
ぱっと飛び起きた私はどこにいるのかわからなくて一瞬パニックになってしまった。
大きな揺れはまだ続いてて、こういうときは体を小さくして頭を庇って……。
『――コルリ。……これ、コルリ!』
「はい! って、ミヤコちゃん?」
『うむ、正解である。ようやく起きたと思ったら、またお布団をかぶるとは、二度寝をするのか?』
「え……っと、ミヤコちゃん?」
『コルリは寝ぼけておるのか?』
「ち、違う。ただそのちょっと……地震かと思って……」
『じしん?』
そういえばこの世界では地震ってなかった気がする。
あるのはただの地響きで、大きな魔獣が襲ってきたときくらい。
あ、でも火山はあったから、火山性地震っていうのがあるんじゃないかな。
って、そうじゃなくて!
「ミヤコちゃん、この揺れは何なの!?」
『ああ、これはヒッキーが山を造っておるのだ』
「あ……そうか」
ほんとに寝ぼけてたみたい。
最初は前世とごっちゃになって、ミヤコちゃんと話して今を思い出した。
山を造ってたらこれくらいの揺れと音が響くよね。
水魔法で顔を洗って着替えてからミヤコちゃんとテントを出る。
すると先に起きてたツグミさんがかまどをじっと見ながら座ってた。
まるで昨日のヒッキーみたいだけど、どうやらパンを焼くために火の加減を調節してくれているみたい。
「オハヨウ、ツグミさん」
「おはよう、コルリさん。よく眠れた?」
「うん。寝坊しタね」
「そんなことないわよ。いつもなら私だってまだ寝ている時間だもの」
優しいツグミさんの言葉に気まずさがちょっとだけましになった。
そこでノスリが森のほうから薪を抱えてきたので手伝うために走り寄る。
ミヤコちゃんはかまどでパンが焼けるのが気になるみたいで、ツグミさんの隣に座った。
「コルリ、おはよ。ってか、こんな中でよく寝られてたよな」
「……オハヨー、ノスリ。一応うるさくて目が覚めたよ」
「お前なあ、土の王が造成を始めたのは太陽が昇る前だぞ」
「それは……早いね」
「ああ」
ノスリは頷いてから大きなあくびをした。
昨日は遅かったもんね。って、私も寝たのはたぶん同じくらいだけど。
薪を持つよって手を出したけど、ノスリは首を横に振った。
これじゃ手持ち無沙汰になっちゃったよ。
「……お兄ちゃんハ?」
「アウルと一緒に様子を見に行ってる」
「ノスリは一緒に行かなくテよかっタノ?」
「俺は……コルリとツグミさんに話があったから。昨日のことで」
「あ、ウン。わかっタ」
要するにお兄ちゃんには昨日のうちに話したってことだね。
ふ~ん。私のほうがずっと前から友達なのに。
これが男同士の友情とかってやつ?
ふ~ん。




