5.編入生
「おい、聞いたか?」
「……何を?」
「近々、編入生が入ってくるらしいぜ」
「へー」
また例の如く、私とノスリの自習を邪魔しにきたタゲリは、私たちが教科書を開いた隣の机に腰かけてドヤ顔で言った。
あー、うざい。
そう思った私だったけど、さすがに次の言葉には興味を示さずにはいられなかった。
「学年は一つ上で五年に編入するらしいが、なんでも伯爵家のお坊ちゃまらしいぜ?」
「伯爵家?」
「おうよ。何て言ったっけな……ええっと……ああ、そうそうサシギロ伯爵だ! そこの次男でさ、市井の勉強とかなんとかって、偉そうなこと言ってるらしいが、とにかくお貴族様だよ」
「……それは、マジすごいね」
「だろ!?」
驚いたのはノスリも一緒らしい。
でも、それで話は終わり。
他には目新しい情報もないらしく、私たちはまた勉強に勤しんだ。
タゲリはずいぶんのんびりしているけど、大丈夫なのかな?
私より成績はかなり下位だったはず。
中間試験が近いでしょ。
とは思ったけど、口には出さない。
すると、タゲリは「んだよ、せっかく情報持ってきてやったのに……」なんて言いながら去っていった。
それからしばらくして、ちょっと休憩。
あまり根を詰めても仕方ないからね。
「あー、疲れた。なんかサ、私たちのクラスって課題多くナイ?」
「期待されてるんじゃない? 上位クラスではないけど、もっと頑張ればできるだろ的な?」
「それで実力上げてモ、その後も国にこき使われるんだ……」
「お給料はいいんでしょ?」
「そりゃ、そうだけどサー。私の場合、軍に配属されるカナ? って最近考えるんだ」
「あー確かに。コルリは火魔法が得意だからなあ。んじゃ、ちょっとくらい手を抜く?」
「うーん。それもありなのカナー。でも、そうなると、ノスリとパートナーじゃなくなっちゃう可能性があるよネ?」
「……寂しい?」
「不安。私の言葉を笑わナイで、理解しようとしてくれるの、ノスリぐらいだモン」
「いや、コルリの言葉は十分理解できるぞ? ちょっと発音がおかしいだけで。まあ、たまにぶつぶつ言ってるのは、何言ってんのかさっぱりわからねえけどな。あれはマジ怖いからやめろ」
「えー、ヒドイ。乙女の繊細な心は傷ツイた」
「誰が乙女だよ」
「私に決まってるデしょ。現に、伯爵家の人間が編入するって聞いて、期待してるモン」
水筒のお茶を魔法で温め直して、カップに注ぎ、ノスリに渡しながら言う。
だけど、ノスリはよっぽど驚いたのか、カップを受け取りもせずに目を見開いて私を見た。
何よ。そんなに変なこと言った?
「意外だな。コルリはそういうことには興味がないのかと思ってた」
「あるに決まってるジャン。ただ、あまりにも周りニ、かっこいい男子がいなかったダケで」
「おい、それには異議を申し立てるぞ」
「ハテ? なぜに?」
「おい!」
わざと怒ってみせるノスリがおかしくて笑う私に、ノスリは諦めたようにため息を吐いた。
正直に言えば、私もパートナーを組んだ頃はイケメンのノスリに少々ときめいたりもしたのだ。
だけど、そんな態度を見せるわけにもいかず、普通に接していたら、いつの間にか本当にただのパートナーとしか思えなくなっていた。
今では親友だと思っている。……私だけでもね。
まあ、イケメンノスリのことを好きになった女子にやっかまれたりと面倒なことはあるけれど、私にもそれなりに女子の友達もいて、学校生活は順風満帆だ。
そう思っていた私は、無事に中間テストも乗り切り、そして――恋に落ちた。
「ヤバい、ノスリ。これ、一目ぼれってやつだ……」
「は?」
頭大丈夫か? って感じのノスリの視線に文句の一つも言えないほどに、私はぽうっとしてしまっていた。
確かに、頭は大丈夫じゃないみたい。
これはいわゆる――初恋。
だって、前世で小さい頃に見た絵本と同じような、金髪碧眼の王子様が目の前に現れたんだもの。
中間テストの後の休み明け、朝礼で体育館の壇上に立った王子様――もとい、サシギロ伯爵家の次男、イスカ・サシギロ様はそれはもうキラキラ輝いていた。
普通は編入生をわざわざ壇上に上げて紹介するなんてことはないけれど、イスカ様が伯爵家の方ということで、失礼のないようにとの先生たちの配慮なんだと思う。
それからの日々は、私にとってバラ色だった。
イスカ様の姿を捜しては、目で追い、他の女子とともにきゃあきゃあと騒いだ。
お陰で、今まで話したこともなかった女子とも仲良くなれた。
これって、イスカ様のお陰よね。
ノスリはすっかり恋にのぼせてしまった私に呆れているようではあったけれど、勉強だけは疎かにするなよと言うだけだった。
イスカ様は当然成績もよく、上位クラスな上に学年も一つ上だから、接点はなかったけど、遠くから見ているだけで満足なのよね。
仲良くなった女子でファンクラブなるものを結成して、そこでふと思い出した。
そういえば私、すっかり忘れてたけど、前世でもアイドルのファンクラブに入ってたんだ。
何ていうグループだったかなあ。
とにかくグッズや記事が載っている雑誌は買いあさって部屋には等身大のポスターも貼ってた気がする。
「どこがそんなにいいんだよ? ちょっと顔がいいだけの、軟弱野郎じゃねえか」
「……タゲリ、それ、イスカ様の前でも言えるノ?」
「ばっ、馬鹿か。言えるに決まってるだろ! たとえ相手はお貴族様でも、この学校に入ったからには、ただの生徒だろ?」
「ふ~ん」
ただの強がりだよ。相変わらず弱者に強くて、強者に弱いんだな。
私を虐めてる時だって、お兄ちゃんがやって来たら途端におとなしくなっちゃってさ。
かっこ悪い。
「ああ、あれダ。タゲリは今までかっこいいとか何とかって、チヤホヤされテたのが、みんなイスカ様に向いちゃったのが気に食わナイんだ?」
「ちげえよ! 馬鹿か、お前は!」
「成績下位のタゲリには言われたくナイ」
「うるせえ、馬鹿! バーカ、バーカ!」
そう言いながら、タゲリは自習室から出ていった。
マジで子供すぎるよ、タゲリ。
呆れのため息を吐くと、今まで黙ってたノスリが笑いだした。
「何?」
「いや、タゲリも難儀な性格してるよなと思って」
「難儀どころじゃナイと思うケド?」
「好きな子に優しくできないどころか、意地悪をしてしまうんだから」
「……好きな子って、まさかとは思うけど、私を想定して言ってる?」
「そうだけど? まさか、気付いていなかった?」
「……まあ、なんとなくならね」
ノスリが珍しく真剣な顔をするから、私も真面目に答える。
はっきりとは覚えていなくても、前世の記憶もある私には、本当になんとなくだけど、「これって、好きな子を虐めるパターンなんじゃ?」って思ったことはあった。
だが、それで「きゃっ、嬉しい」ってなるわけもなく。
「タゲリがどういうつもりデモ、小さい頃から散々虐めラレてきて許せると思う? 許せるわけがナイよ。まあ、ありえナイだろうけど、たとえタゲリが謝ってきてモ、許すつもりはナイ」
「厳しいな」
「はあ? どこが? 好きだっタラ、何してもいいの? そんなもの〝好き〟じゃナイし、そもそも〝好き〟だとか〝愛〟だとかっテもので全てが許されると思うほうかおかしいね。好きだって言われて、心の傷が癒えるとでモ? 〝愛〟は免罪符じゃナイよ」
「……ごもっともです。すみませんでした」
ぷりぷりしながら答えた私に、ノスリはしおらしく同意して頭を下げた。
その姿がちょっと面白くて、私は笑った。




