32.理想の王子様
私とツグミさんがミヤコちゃんの無事の帰還に安堵して、いつものように食堂前広場に行こうとしていたら、ばたばたと激しい足音がした。
そして教室に現れたのは、数人の先生。
うえ、ミズク先生もいる。
「先ほどフェーチの街に現れた虹色の大きな鳥――フェニックスはコルリ君の使い魔かね?」
「あ……えっト、はい」
「しかし、今、肩に止まっているが……?」
「あの、この一限で往復してきテくれましタ」
「フェーチの街は馬で駆けても二日はかかるんだぞ!?」
「そう言われましテモ……」
ええ? これっていけないことだったの?
関係ないと思って目を通してなかったけど、使い魔に関しての校則ってどうなってたっけ?
『コルリ、どうした? 我はお腹が空いたぞ』
「あ、うん。そうだよね。でももうちょっとだけ待ってくれる?」
『うむ。我慢しよう』
私とミヤコちゃんが話をしていると、先生たちがどよめいた。
ああ、そうだった。会話できるのって高位の魔獣の使い魔ぐらいなんだ。
「やはり、コルリ君のその使い魔は高位の魔獣なんだね。後学のためにも、もっと詳しく……」
「ミヤコちゃん、先に食堂前の近くの木にでも隠れてて」
『うむ。了解したぞ』
ミズク先生が怪しい光をその目に宿して声をかけてきたので、こっそりミヤコちゃんに逃げるように促した。
ミヤコちゃんはすぐに察して、ぱたぱたと飛んでいく。
「す、すみまセン。あの子は前から言っているように、すごく人見知りなんです。だから他の人には近づきまセン」
「では、君がもっとちゃんと縛ってだね――」
「この学校の基本理念は勤勉・博愛、そして奉仕ですよね? 弱き者を助けたのに、どうしてコルリさんはこのように尋問めいたことをされているのでしょうか? それに、使い魔についても、何も違反はしていないはずです」
今まで黙っていたツグミさんがすいっと私を庇うように前に出て、先生たちにきっぱりと言ってくれた。
なんてかっこいい! 思わず〝お姉さま〟って呼んでしまいそう。
「っツグミ君!」
「私たちはこれで失礼いたします。昼食を頂く時間がなくなりますので。さあ、行きましょう、コルリさん」
「ウ、ウン。失礼しマス」
さすが、この学校始まって以来の天才。
ツグミさんの一言で、先生たちは押し黙り、私たちに道を開けてくれた。
「ありがトウ、ツグミさん」
「何を言ってるの。私たちはお昼休みだっていうのに足止めする先生方のほうが間違っているわよ。しかも何、あの言い方。まるで悪いことでもしたみたいじゃない」
私の代わりにツグミさんが怒ってくれるから、なんだか気が抜けてしまっておかしくなった。
ツグミさんは「どうして笑うの?」なんて言ってるけど、本当に私って幸せだな。
「私、ツグミさんと知り合えテよかった。イスカ様には感謝してもしきれナイな」
「しかも、イスカ様は毎朝校内を掃除してくださっているんだもの。感謝は必要ね」
みんなを待たせているから、少し駆け足で食堂に向かいながら、ツグミさんと笑い合う。
食堂前ではやっぱりみんなもう来て待っていてくれて、二人で遅れたことを謝った。
それから先にジュースを買いたいからと、食堂内に入る。
頑張ったミヤコちゃんにアップルジュースを用意してあげるんだ。
そうしてみんなでジュースを買って、広場に出る途中、見知らぬ男子生徒が数名でいきなり前に立ちはだかった。
「なあ、君……コルリって言うんだっけ?」
「え? ……ハイ」
「お前の使い魔って、マジすげえな」
「ち、違いマス。ミヤコちゃんは――」
「お前の力は大したことないのに、どうやって捕まえたの? あれか? ドラゴンに攫われて弱ってるところを縛ったのか?」
不躾な言葉にびっくりしながらも答えると、その男子――どうやら五年の上位クラスの先輩はミヤコちゃんのことを褒めてくれた。
だけど、ミヤコちゃんにそんな言い方をしてほしくない。
だから否定しようとしたら、別の先輩が嫌みったらしく信じられないことを言ってきた。
「違う! ミヤコちゃんは、使い魔なんかじゃナイ! 友達なんデス!」
そう叫んだら、一瞬の沈黙の後、先輩たちがどっと笑った。
何なの? 何がそんなにおかしいの?
「噂では聞いてたけど、変な話し方だな、お前」
「で、肝心の使い魔はどこだ? まだ戻ってきてないのか?」
「あれじゃねえ? 飼い主の力不足で逃げられたとか」
「ありえる~。ちゃんと縛れてもいない、〝友達〟なんだからな」
「先輩方、失礼なことを言わないでくださいませんか?」
「あ? 誰、お前」
「こいつ、あれだよ。この学校始まって以来の天才とかって、先生たちがちやほやしてるやつじゃねえ?」
「ああ、あの生意気な女子か」
かっちーん! 何なの、この人たち。
上位クラスの先輩だからって、こんな言い方を許していいの? っていうか、許せない。
また庇ってくれたツグミさんにも申し訳ない。
他の女の子たちも怯えちゃってる。
腹が立った私は、タゲリによって鍛えられたこの拳で一発かましてやろうと、ずいっと前に出た。
そこに、第三者の声が割り込む。
「何をやっているんだ、君たちは!」
「あ……」
「イ、イスカ様……」
すっと現れたのは厳しい表情をしたイスカ様。――と、そのお友達。
私たちよりも、先輩男子のほうが気まずそうな顔をしている。
「君たちは、何をしているんだと訊いているんだ」
「そ、それは……この女――このコルリっていうやつの使い魔がフェーチの街に現れたマンティコラを倒したって聞いたから、本当かどうか確かめようと……」
「確かめてどうするというんだ? 彼女に感謝の気持ちを伝えるのか?」
「え、ええ。はい、そうしようかと――」
「そのようには聞こえなかったがな。君たちは彼女を笑っていた。その声は少し離れていた僕にも聞こえたけどね」
わざわざ問いたださなくても聞いてたんじゃん。とは、誰も突っ込まない。
ただ周囲にできた見物人も静かに成り行きを見守っているだけ。
なんだろう、このデジャヴ。でも、今は私ではなく、イスカ様の怒りはクラスメイトに向けられている。
「彼女は立派な人だよ。高位の魔獣が使い魔になったのも納得できる。しかも、使い魔であのマンティコラを倒してくれるなんて、僕たちだけじゃない、国民が感謝すべきことだよ」
「で、ですが、本当に彼女の使い魔とは――」
「僕は実際に彼女の使い魔の力を味わったからね。彼女の使い魔の力は十分にわかっている。あれで僕は目が覚めたんだ。今まで自分がどれだけ傲慢だったか。今は彼女とその使い魔に感謝しているよ。ずっと鬱々苛々していた気持ちが晴れたんだ。ありがとう、コルリさん」
「イエ、私は……」
本当に、いったいこの人は誰?
怖いくらいのイスカ様の変わり様に、私たちは言葉を失っていた。
そこにミヤコちゃんが飛んでくる。
『コルリ、遅いぞ』
ミヤコちゃんの姿を見た途端、先輩たちは「ひいっ!」と悲鳴を上げ、「すみませんでした!」「ありがとうございました!」など口々に言いながら走って逃げていった。
うわー、かっこ悪い。
それは、その場にいたみんなの気持ちだったと思う。
『む? ひょっとして、またこやつに何かされたのか?』
「ううん! 違うよ、ミヤコちゃん。待たせてごめんね。ちょっとジュースを買うのに並んでたから。もう行こう」
『むむ? それはあっぷるじゅーすではないのか?』
イスカ様に目をとめたミヤコちゃんが、ちょっとだけ険しい口調になったので慌てて否定した。
すると、ミヤコちゃんはジュースに気付いて嬉しそうに鳴く。
「うん、ミヤコちゃんが頑張ってマンティコラを倒してくれたからね。そのお礼だよ」
『あれくらいであっぷるじゅーすとお父さん特製のエピが食べられるのなら、いつでも倒すぞ』
「では、行きましょう? ミヤコちゃんお待たせしてしまってごめんね」
『む? 何を言っておるのかはわからんが、かまわん』
ツグミさんの言葉に、私たちもようやく食堂前の広場へと移動しようとした。
すると、後ろからイスカ様の声がかかる。
「コルリ君、フェーチの街を救ってくれてありがとう。その使い魔にも礼を言っておいてくれ」
そう言って、イスカ様とお友達は私たちに向かって頭を下げた。
ざわりとその場がまた騒がしくなる。
貴族の子息が平民に頭を下げるなんて、一大事だもんね。
だけど、私は小さく頷いただけ。
早くお弁当を食べないと、お昼休みがなくなっちゃうもん。
その後は、イスカ様の本性を知っているみんなでさえ、きゃっきゃと騒いでいた。
「あれでこそ、理想の王子様よね~」
「でも私たちは、元の姿を知っているからねえ」
「実に惜しい!」
「だよね~。でも、まあ理想は理想。私、今回のことでわかっちゃった」
「何を?」
「んー、理想の恋人は、ただ優しいだけじゃなくて、少しくらい悪っぽくてもいいかもって」
「ああ、わかる! ちょっとくらい悪くてもいいよね? それで私にだけは優しいの」
「それいい~!」
なんて、会話をしながらお弁当を食べる。
うん、女子って勝手だ。でもまあ、男子にしてもそんなものだよね。
昔、お兄ちゃんが『清純でおしとやかで、でも俺にだけはちょっとエロくて小悪魔的なのがいい』とか言ってて、『それって、どこの漫画のヒロインだよ! そんな都合のいい女子がいるわけない!』って突っ込んだ覚えがある。
ああ、お兄ちゃんがいたんだな、私。
すっかり春の日差しになった広場で、私たちはおしゃべりを楽しみながら、ご飯を食べた。
ミヤコちゃんは幸せそうに、お父さん特製のオレンジピール入りエピとアップルジュースを突いている。
お父さんも甘いからなあ。ミヤコちゃんだけのためのエピだもんね。
これからたぶん、今回のことで色々と騒がしくはなるだろうけど、今はまあ、この長閑さを楽しもう。




