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27.校長先生

 

 辺りは一瞬にして騒然となってしまった。

 腰を抜かす生徒、慌てて逃げ出す生徒、ただただ悲鳴を上げる生徒。

 初めてみる魔獣の姿に、皆が恐慌をきたしている。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。


 ミヤコちゃんが誰かを傷付けることが信じられなくて、そんなことをさせてしまった自分に腹が立って。

 ミヤコちゃんは純粋無垢で、私のことをいつも一番に考えてくれていて、だからこそ気をつけなければいけなかったのに。

 ツグミさんたちも呆然として立ち尽くしている中で、ミヤコちゃんはゆっくり羽ばたいて降りてきた。


「ミヤコちゃん!」


 もし誰が何を言おうと、私はミヤコちゃんを守ってみせる。

 いや、守られる側だけど、精一杯どうにかして……。

 二メートルはありそうなミヤコちゃんに抱きつくと、ぼふんと柔らかい羽が私を包んでくれた。

 そしてその温かさに少し冷静を取り戻した私は、イスカ様たちがいた場所に恐る恐る目を向け――。


「あれ? 生きてる?」


 いや、死んでほしかったわけではなく、助かったことは万々歳なんだけど。

 イスカ様たちは腰を抜かして地面に手とお尻をついた姿勢のまま、焦点の合わない目をきょろきょろとさせていた。

 てっきり以前ミヤコちゃんが言っていたように、塵と化してしまったかと思ったから、ほっと胸を撫で下ろす。


「ありがとう、ミヤコちゃん。二人を脅かしただけなんだね?」

『む? 本来なら燃やし尽くしてやろうかと思ったが、コルリが止めるので別の力を使ったのだ』

「……別の力?」

『うむ。あやつらに吹きかけたのは浄化の炎である』

「浄化って?」

『あやつらは醜い欲にまみれておったからな。欲を浄化してやったのだ』

「欲って……物欲とか……?」

『うむ。全ての欲望にしようかとも思ったが、我は優しいからな。ちゃんと食欲と睡眠欲は残してやったぞ』

「あ、そうなんだ……すごいね、ミヤコちゃん。ありがとう」


 って、待って。人間の三大欲って、食欲と睡眠欲と……うん、まあいいか。

 とりあえず生きることに支障はないはずだし。

 イスカ様とそのお友達はあれだ、出家でもすればいいかもね。……この世界にそんな制度はないけど。


 ミヤコちゃんは私が褒めたのが嬉しかったのか、胸の羽をふくらませた。

 ああ、たまらん。何、このもふふわ。


「コルリ!」

「……あ、ノスリ」

「おま……それ、ミヤコちゃんか?」

「あ、ウン。えっと……成長したみたイ」

「早すぎだろ! って、そうじゃなくて……とにかく、ここから離れるぞ! ミヤコちゃんも!」

「エ!? ノスリ!? ――ミヤコちゃん、行くって!」

『うむ、我も行くぞ』


 騒ぎを聞きつけてやって来たらしいノスリに手を引っ張られて、みんなを残したままその場を離れた。

 ミヤコちゃんはノスリに呼ばれたのがわかったのか、可愛く鳴いてすっと小鳥の姿に戻る。

 ええ? やっぱりファンタジー。


 みんなは呆気に取られたまま。

 遠くから先生たちが駆けつけてくるのも見えて、私は再び肩に乗ったミヤコちゃんとノスリと一緒に近くの適当な空教室に入った。

 幸い昼休みだからか、誰もいない。


「もうこうなったら、ミヤコちゃんは使い魔だ。いいな? 先生にはそう言って通せ」

「う、うん……」

「ただ問題は、使い魔が人を襲ってしまったことだ。もし使い魔を制御できないとなると、その魔獣は処分しなければならなくなる。それは知っているな?」

「デも――」

「だからお前が泥をかぶれ。お前がつい腹を立てて、ちょっと脅かすつもりでミヤコちゃんに命じたんだって」


 今までにないほど怖い顔で、ノスリが私に言い渡した。

 それはもちろんかまわない。全てわたしのせいなんだから。

 ただ、相手は伯爵家の御子息で、私だけでなく家族にまで迷惑がかかってしまうことになるんじゃ……。

 そんな不安を感じてか、ミヤコちゃんは肩の上で首を傾げる。


『コルリ、何か問題があるのか? 我にできることなら何でもするぞ』

「う、うん。ありがとう、ミヤコちゃん。でも大丈夫だよ」


 どうにかミヤコちゃんを安心させようと笑みを浮かべて答えていると、ノスリは自分を落ち着けるように大きく息を吐き出した。

 そしてゆっくり続ける。


「コルリ、お前の心配はわかる。相手は伯爵家の子息だからな。だが、これはただの生徒同士のケンカだ。何があったのかは知らないが、本来なら校則に従ってどちらも罰せられるべきなんだ。もちろん、使い魔をけしかけるなんて停学処分は免れないだろうけど、見たところあいつらに怪我はなさそうだから、軽くすむんじゃないか?」

「でも、ノスリが言う通り、本来なラでしょう? 相手はイスカ様ダヨ? それに卿士の御子息モいたし……」

「コルリ、お前にも以前伝えたが……あれからちょっと本気で調べてみたんだ。わざわざ伯爵家の子息がこの学校に編入してきたわけを。卿士の息子にしたってそうだ。それでわかったんだが、あながち噂は嘘ではなかったってことだ。ここで詳しく言うつもりもないが、彼らはもう問題を起こせない。そして何より、ここは魔法学校だぞ? 校長先生が誰だか、忘れたわけじゃないだろ?」

「エ? ……あ! 魔法長官!」

「忘れてたな、お前……。まあ、忙しいとかって理由で式典にさえ顔を出さないから、仕方ないけどな。でもあれ、絶対忙しいっていうの嘘だよな」


 ノスリに言われるまですっかり忘れていたけど、そうだ。

 魔法学校の歴代校長には魔法長官がその名を連ねているんだ。

 いつも壇上にいるのは校長代理だけど。

 それでツグミさんも魔法長官のことを強調していたんだ。今さら気付くなんて、私って間抜け。


「正直なところ、あの爺さんはいったいどこまで何を知っているのか疑問ではあるが、今回はとにかく助かった。お前が朝、噂で流したように、校長先生が直々にミヤコちゃんを傍から離さないほうがいいと言ったんだからな」

「じゃあ……今回は普通に罰則ヲ受けるだけですむっテこと?」

「おそらくな。ミヤコちゃんに頼んで、普段はおとなしい魔獣のふりをしてもらえ。そうなると、お前は使い魔を従わせるだけの力があるってことで、上位クラスに移動することになるだろうけど」

「ええ? それは困ル」

「何でだよ?」

「だって……」


 そうなったら、ノスリと別れちゃうってことじゃないのかな。

 だけど、それを口にすることはできなくて。


「ひとまず、ツグミさんたちが困ってルかもだから、出頭してクル。ノスリ、いつも迷惑かけてごめん。ありがとウ」

「いいよ、別に。今さら気にすんな」

「今さラ……」

「今さらだろ?」


 ノスリに返す言葉もなくて、それから私はいまだにざわついている食堂前へと戻った。

 途端に、誰もがはっと息を呑み、しんと静まり返る。

 一人で逃げてごめんね、同士のみんな。

 そんな思いでみんなへと視線を向けると、怒りなんてなくて、ただ困惑した表情を浮かべていた。

 それは先生たちも同じで、私の登場にほっとしたようにも見える。


「あノ――」

「あ、いたいた。君、先ほどは申し訳なかったね。僕たちが悪かったよ。ゴミ箱を倒してしまったのは僕なのに、君が直してくれたんだよね? そのお礼を言いたかったんだ。ありがとう。お詫びに、僕たちはここの清掃を申し出ているんだけど、先生方は必要ないっていうし、彼女たちもきちんと経緯を説明してくれないからさ、困っていたんだ」


 イスカ様の言葉に、私の口がパカッと開いた。

 な、何これ? いったい、この人は誰なの?

 浄化魔法で欲を取り除くとここまで人間って変わるものなの?

 一緒についてきてくれたノスリに助けを求めたけど、ノスリもわけがわからないって顔をしている。

 そりゃそうだ。ミヤコちゃんの浄化魔法のことは、ノスリもまだ知らないもんね。


「あ、あの、イスカ様。お気持ちはみんな有り難く思っているでしょうケド、もうすぐ授業も始まりますカラ、また清掃は今度にしまセンか?」

「ああ、それは確かにそうだったね。では、そうさせてもらうよ。みんなも騒がせて悪かったね。先生方もお手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、午後の授業を、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 適当な言い訳を考えてイスカ様に伝えると、あっさり了承してくれた。

 そして、先生たちに向かってお友達と頭を下げる。

 わけがわからないけど、とにかくよかった。

 本当に、一時はどうなることかと……。


 ツグミさんたちと顔を見合わせてほっと笑い合った時、午後の予鈴が鳴った。

 やれやれ、すごく疲れたけど、あと一限頑張ろう。

 そう思って教室に戻りかけた私の左肩に、ぽんっと大きな手が乗せられた。

 恐る恐る振り返ると、学年主任の強面な先生の素敵な笑顔。


「コルリ君、君には色々と訊きたいことがあるから、午後の授業は受けなくていいよ」

「……ですよネ」


 そうして私は、ノスリやツグミさんたちの哀れみの視線に見送られ、教務室へと連行されることになったのだった。




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