10.人化とか
ドラゴンは熱そうな地面に降り立つと、私をそっと地面に下ろした。
大丈夫だよね? 地に足をつけた途端、溶けたりなんてしないよね?
恐る恐るドラゴンの前足から煙の出る地面に降り立った。
……うん、熱くない。大丈夫みたい。
『さてと、では何か楽しい話をしてくれ』
「あのー、さっきも言ったけど、それは私じゃなくてもいいんじゃないの? もっと賢い人や面白い話ができたり、歌を歌ったりできる人もいるのに」
『先ほども言ったが、我はそなたとしか話ができぬ。他の人とやらは「ぎゃあぎゃあ」うるさく聞こえるだけだ』
「え? どういうこと? だって、私は特に何も……」
『そなたは気付いておらぬのか? 他の人とやらと違う言語を口にしていることを。我は何者とも言葉が通じず、退屈しておった。昼寝から目覚めたばかりで、もう一度眠ることもできず、ただぼんやりとしておったのだ。そこに聞こえたのがそなたの声だ』
「私の声?」
『そうだ。はっきりと聞こえたぞ。「バカヤロー!」とな』
「うそっ! だって、あれは……校舎の屋上から叫んだけど……でも……」
『我の耳はとてもよい。このように小さくてもな』
そう言って、ドラゴンは鋭い目の斜め上にある耳をぴくぴく動かした。
ドラゴンって、耳があったんだ。でも十分に大きいと思う。たぶん私の顔より大きいもん。
「あれ? でも、あそこには――屋上にはノスリがいたよね? ノスリも喋ってたけど、聞こえなかったってこと?」
『ノスリ? ふむ。確かにあの場には人間がもう一人いたな。だがやはり「ぎゃあぎゃあ」としか聞こえなかったぞ』
「そんなこと……あれ? ちょっと待って。ひょっとして私、もう考えながら話していない?」
今までは、どうしても人と話す時は何て発音すればいいかって頑張って考えながら話していたんだよね。
でも今は、ただ頭に浮かんだままを口にしてる。
そういえば、いつも独り言を言っている時もこんな感じだったような?
ということは、ノスリがよく言ってた「意味がわからねえ」ってのは、違う言語を話してたからってこと?
私は今まで、わけのわからない言語を一人でぶつぶつ言っていたの?
それは確かに怖いわー。ありえないわー。
『何を一人で悶えておるのだ? 楽しそうではないか。我もまぜてくれ』
「楽しくなんてなーい! もう、恥ずかしいんだから! そもそも、話しにくいよ! ドラゴンさん、背が高すぎて首が痛くなっちゃう」
『ふむ? 確かにそなたは小さいからな。では、我も小さくなろう』
「え?」
その言葉を理解できないうちに、ドラゴンは私の目の前でしゅるしゅると小さくなった。
わかってはいた。わかってはいたけれど、なんてファンタジー!
私のぼやきにすぐさま対応してくれるなんて、優しいドラゴンだ。
そうだよね? そもそも退屈で街へと遊びに行っただけで、人間を食べようとかそういう邪な目的があったわけじゃないんだもん。
ただドラゴンが現れると、被害が――今回は人的にはなく建物的に被害が発生してしまったから、私たちが勝手に厄災と呼んでるだけなんだよ。
「ドラゴンさん、ごめんね」
『む? 何がだ? ひょっとして、もう帰るつもりか? 話もせずに?』
「ううん、お話はしよう。でも、きっとみんな心配しているから、あとで帰ってもいいかな?」
『むむ。むむむ。……仕方あるまい。そなたが帰りたいのなら、帰してやろう』
「ありがとう、ドラゴンさん!」
やっぱり、ドラゴンは優しいんだ。
ただちょっと世間からずれてるだけ。それも人間社会を知らないんだから、仕方ないよね。
「ところで、ドラゴンさんのお名前は何て言うの?」
『我の名前? ドラゴンだろう?』
「ええ? それは種族の名前だよ。ドラゴンさんだけの名前」
『我のみの名前……ないな』
「そうなの? じゃあ、お父さんやお母さんには何て呼ばれていたの?」
『我には父も母もおらぬ。我が存在を意識した時から我のみだ』
「ええ? そうなんだ……」
それって、要するに今までずっと一人……一匹で暮らしていたってことだよね。
そりゃ、退屈もするし寂しいかも。賑やかな音が聞こえれば、何だろうって気になるし、話し相手が欲しいのもわかる。
にしても、ドラゴンって卵から産まれるんじゃないのかな? 兄弟とかもいそうなイメージ。
でも、家族については触れないでおこう……って、気になるし。
「あの、ドラゴンさんは……どうやって産まれたのかは覚えているの?」
『うむ。我はあの中から生まれたのだ』
「はい!?」
すっかり目線が同じになったチビドラゴンは、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩を前足で指した。
やっぱりドラゴンの鱗が黒いのは温泉卵効果? じゃなくて、硫化鉄だっけ?
確かに鉄のように鱗は堅かったけど……って違う! 問題はそこじゃなくて……
「ドラゴンって、卵から産まれるんじゃないんだね?」
『卵? あのピーチク鳴く鳥のようにか? 我はあんなに貧弱ではないぞ』
「いや、そうじゃなくて……。でも、火山から生まれるなんて、まるで火の中から生まれる火の鳥みたいだね」
『だから、我は鳥ではない』
「うん、わかってるよ。火の鳥っていうのは、不死鳥とかフェニックスとかって呼ばれてる……」
『何なのだ?』
「あ、うん。そういえば、この世界ではフェニックスって聞かないなと思って。やっぱり違うんだねえ」
『この世界? そなたが何を言っているのかわからないな』
「いいの、気にしないで。それよりも、ドラゴンさんの名前を決めようよ」
『我の名前?』
「うん、そう。あと、私のことはコルリって呼んでね」
さっきから、「そなた」って呼ばれてばっかりで、何となく落ち着かないんだよね。
私の提案に、ドラゴンはふむむと考えて、たぶんだけど嬉しそうに笑った。
『では、何がいい?』
「うーん、そうだなあ。ドラゴンさんはどんなのがいいの?」
『さっぱりわからぬな』
「……えっと、ひとまずドラゴンさんは……男性? 女性?」
『はて? 考えたことなかったな』
「ええ? それって考えること?」
ひょっとして、性別自体ないのかな? それとも、雌雄同体とか?
そうだ! ここは魔法の世界だし、目の前にはドラゴンもいるし、ちっちゃくもなれたんだから……。
「ねえ、ドラゴンさん。もしかしてなんだけど、変身とかってできる?」
『変身?』
「たとえば、私のような人間に姿を変えたりすること」
『ふむ。そなたの――コルリのように人間にか……。やってみよう』
そう答えると、ドラゴンは目を閉じた。
できるのかはわからないけど、私はわくわくしながら待つ。
すると、まるで魔法の粉をまいたかのように、ドラゴンの周囲がキラキラと輝き、私はその眩しさに目を瞑った。
『コルリ、どうだ?』
「え? あ……」
ドラゴンに声をかけられて目を開けた私は、その姿を見て言葉を失った。
やっぱり人化できるんだ。それに予想通り、すごく綺麗。
だけど……。
『コルリ、まさか何かおかしいのか?』
「ううん! すっごく可愛いよ! いや、正確には綺麗っていうのかな? とにかくすごいよ!」
『そうか?』
不安そうなドラゴンに、私は慌てて感想を言った。
思った通りのこと、そのままを。
ドラゴンはその美しい顔を嬉しそうにほころばせる。
ただ一つ、私が言わなかったこともある。
実はちょっとだけ期待してたんだよね。
絵にもかけないくらい美しい男性に人化したドラゴンに、ひょっとしたら溺愛とかされちゃったりして……って。
はい、すみませんでした。ずうずうしい妄想でした。
目の前で両手を開いてみたり、足踏みをしたりして人化を楽しんでいるドラゴンの姿は、とても美しい。
長い黒髪に白い肌、澄んだ水色の瞳とみずみずしい唇。
そして、私よりも背が低い女の子。
ああ、現実ってこんなものだよね。




