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不思議の国のダレカ  作者: なちも


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12 女王の招待状9 非礼な出迎え

ニワトリの庭師の背中を見送って、女は目の前の扉を見上げた。


トランプの兵隊は、体に対すると足がやや短いようだった。

女の倍はありそうな平たい体に骨に皮が被ったような手足をし、棒にスペードをくっつけたような槍を持って、扉の横に真っ直ぐに立っている。


内蔵はいったいどうなっているのだろうか。

平目みたいになっているのかもしれない。


目深に被った兜と身長差のために顔は影になってしまっているが、なんとなく壮年の男性っぽい雰囲気だ。


「招待状はお持ちですか?」


尋ねられ、「ええ」と招待状を出そうとしたその時、


「遅い!!!!!」


威厳ある大声と共に、バンと大きな音がして、扉が両開きに開いた。


腹に響く鋭く迫力のある声に、心臓が跳ね上がり、体がすくむ。


女が出そうとした招待状を確認しようと身を屈めていたトランプの兵隊を弾きながら開け放たれた扉は、しかし、向こう側にだれも立っていなかった。

壁や柱に這わせた薔薇に彩られた回廊がずっと遠くまで続いている。


「変ね…」


確かに声がしたのだが…。

まさかついに聞こえない音まで聞こえるようにでもなったと言うのかと顔を青くした女に、


「世界の全てはすべからく手前の前に在れと?」


ずいぶん傲慢な女が来たものだと同じ声が今度は嘲笑をにじませる。


風が顔の面をなでたような気がした次の瞬間、頭を強く押されて無理やりかがまされ、女は「痛っ」とうめき、顔を歪めようとした。


「見えたか、女」


眼前で口を開いたそれにギョッとする。

頭から低くされたせいで首のあたりから変な音がしたし、無理にかがまされたせいで腰も痛む。

でも、文句は全て『それ』の澄んだ赤い目を前にして、どこかへ飛んでいってしまった。


兎だ。白い兎。


今更ながら頭を押えつける手が子供の手のひらよりもっと小さく、フカフカと柔らかく、指の感触がないのに気付く。


瞬間、衝動的に振り払ってしまった。


「傲慢な上に横暴か? ますます救えない」


ハートの鎖で繋がったモノクロを真綿のような前足がついと押し上げる。

表情筋などないはずの兎顔に明らかな揶揄を含んでフンと鼻をならされて、出かかっていた謝罪が引っ込む。


思い切り身を引いてしまった自分に戸惑い、じっと見上げてくるつぶらな赤い瞳からそっと目をそらす。


(…なによ。わかってたことじゃない)


わかっていたことだ。


白兎がいることなど、ニワトリの庭師より、もっとずっとこの城のどこかにいるんだろうと想定していた。

それに、ニワトリだってしゃべるのだ。

兎がしゃべったところで、だからどうだと言うのだろう。


(アリスに出てきた白兎だってしゃべってたもの)


ちっとも変じゃない。当たり前だ。


頭ではそう理解を示しても、体にはゾッと鳥肌が立つ。


しゃべるニワトリは、夢だと思っていた。

白兎は、夢ではないかもしれない。


妙な話だ。

そう前提するだけで、白兎に触るのも近寄ることすらためらわれるほどに生理的な嫌悪感がわきあがるとは。


黒いスーツの内側から取り出した銀製のシガレットホルダーの薔薇の刻印が白兎の手元でキラリとする。


薔薇柄の紙巻きタバコを取り出した白兎の姿に一瞬ぽかんとし、ホルスターの乾いた音で我に返った。


「あなた、タバコを吸うの?」


つい非難がましい言葉が口をつく。


「なぜいけない?」

「だって、あなた、兎じゃないの」

「だからどうした。それで手前にとやかく言う筋合いがあるとでも?」


言われ、女はぐっと黙った。


実にふてぶてしいが、流れるような艶のある仕草で嘘みたいに優雅に紫煙を燻らす白兎が妙に様になっているのが口惜しい。

見せつけるようにわざとらしく女の方に向かって吹き付けられた煙から薔薇の香りが強く香る。

ニオイとか煙たさとかよりもそうされたことに眉をひそめ、女は白兎をキッと睨んだ。


非難しようとしたそのタイミングで、「初対面で気味が悪いと蔑むのは礼を欠かないのか? 違う世界で生きるものに手前の常識を強要し、具現しようとするのは?」と問われてまたも言葉は喉の奥へ飲み込まれる。


「私が偉そうなのは道理だ。私はこの城の宰相で、言うなれば手前はしがない民衆」


思わず、(私はお客として呼ばれて来たのよ!)好きで来たわけではないのにと考えれば、間髪入れず


「手前が名もなき民衆である事実が変わるとでも?」


と応えられ、女は絶句した。


「口にしなければわからないとでも? 何を驚くことが? 兎が地獄耳なのは道理だ」


下から見上げられる体勢なのに、むしろ見下されているような気しかしない。

膝下にやっと届くかという小さな体さえ、その態度のせいでいくらか大きく見えるほどだ。


女は白兎をムッとして睨んだ。


生き物として不自然すぎるとその違和感から湧き上がっていた嫌悪感が、一周回って今度はフツフツとした怒りに変わってくる。


気に入らない。


不躾に見下されるのも、どうも考えが読めるらしいことも、独善的で話を聞かないところも。

兎のくせに妙に動作に品があって一々絵になると思わされるのも嫌だし、鼻持ちならない態度は失礼がすぎるし、言葉は一々高圧的で偉そうだし。


何より、こうしてイライラと心を波立たされるのが、一番気に入らない。


「私、あなたのこと、嫌いだわ」


大嫌いだ。


他の何もまともに聞かなかったのに、白兎はただそれだけは、女の口から出る言葉を女の声で全部聞いた。


「そいつは僥倖。実に奇遇。私も丁度そう思っていた。道理だな」


最後の煙を殊更ゆっくり吐き出して、賢しげに眼を細め微かに片頬を上げた。

その皮肉びた顔に全身の毛が逆立つほどの怒りが満ちてきて、女は唇を引き結んで押し黙る。


目頭が熱い。視界が滲みそうになって眼を瞬かせる。


双子に会いたかった。

庭師が連れて来てくれるはずの二人はまだ来ない。


喫煙具を上着の内側にしまった白兎がさっと身をひるがえした。


「来い。陛下がお待ちだ」


異議を許さないきっぱりとした声に眉間のしわを増やしながら、女は大きく息を吐いた。

双子を待ちたいと言いたかったがどうしても言えなくて、後ろ髪を引かれるように迷路の向こうを振り返った。


やはりだれも来そうもない。


白兎の背中が離れてゆく。

気付き、女は実に渋々見た目しか可愛らしくない小さくて大きな白兎の後に続いて歩き出したのだった。


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