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【連作短編027】 迷い猫 全10話 ―夜の街に、名前のない者たちがいる―  作者: macchao


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第一話 出会い:名前も帰る場所もない子猫を、ハルが導く

はじめまして、またはいつも読んでいただきありがとうございます。


新作「迷い猫」をお届けします。


夜の街には、人間の知らない猫たちの世界があります。

塀の上の道、屋根の上の約束、誰にも見えない小さなルール。


そんな場所で、ハルは記憶を失った白い子猫と出会います。


名前も、帰る場所もわからない子猫。

その小さな存在をめぐって、猫たちの静かな旅が始まります。


少し不思議で、温かい物語を楽しんでいただければ幸いです。

 夜十時を過ぎると、奥田の家の庭は別の場所になる。


 ハルは塀の上に座り、自分の縄張りを見下ろした。今夜は静かだった。静かすぎる、とハルは思った。


 物置の裏で物音がした。風ではない。猫の足音とも違う、もっと不安定な動きだった。


 覗くと、白い子猫が段ボールの隙間に体を押し込んでいた。


「どこから来た?」


 子猫は答えなかった。震えていて、目だけがハルを見ていた。毛には泥がついていて、片方の耳の先が少し欠けていた。


「名前は?」


 子猫は首を振った。それから、何かを思い出そうとするように、しばらく動きを止めた。


「わからない」


 声は小さかった。ハルはそれ以上聞かなかった。



 集会は深夜零時、神社の床下で開かれる。


 ハルが子猫を連れて現れたとき、すでに四匹が集まっていた。年長のゴロ、気の短いジジ、足の速いテン、そして新入りのリン。


「迷い猫か」


 ゴロが言った。子猫を一度だけ見て、それ以上見なかった。


「縄張りの匂いがしない。どこの子でもない」


「記憶もないようだ」


 ハルが言った。


 ジジが鼻を鳴らした。


「面倒な話を持ち込むな。明日には飼い主が見つかるような子じゃないだろう」


「協力してくれるのか、しないのか」


「するとも言ってない」


 リンが身を乗り出した。新入りらしく、まだ集会の作法をよく知らない。


「耳の欠け方、見ました? あれ、喧嘩じゃないですよね。何かに引っかけた跡だ」


 全員が子猫を見た。子猫は段ボールの中で、また体を縮めた。


「どこかから、逃げてきたのかも」


 リンが言った。ジジがその勢いを目で制したが、止めはしなかった。



 集会の決定は単純だった。


 街には猫だけが知る道がある。塀の上、排水溝の中、商店街の屋根の連なり。人間には見えない地図だ。テンがその地図を一晩で頭に入れている猫として、子猫の匂いの出どころを探ることになった。


「東から来た匂いがする」


 テンが言った。


「ただ、薄い。何日も歩いたあとの匂いだ」


「じゃあ、東から始めよう」


 ハルが言った。


「お前が行くのか」


 ジジが聞いた。


「他に誰が行く」


 ジジは何も言わなかった。ゴロが一度だけ目を細めた。それが許可だった。



 夜の街には、人間が知らないルールがある。


 商店街のシャッターの下を通るときは、必ず右から入る。左から入ると、シャッターの中で寝ている猫を起こす。コンビニの裏は、廃棄の時間まで誰も近づかない。これは縄張りではなく、礼儀だった。


 ハルは子猫を連れて、塀を一つずつ越えた。子猫はうまく歩けず、何度か落ちた。


「歩けないなら、無理しなくていい」


「歩ける」


 子猫は起き上がった。落ちた拍子に、また少し泥がついた。


 月極駐車場を抜けたところで、テンが先に止まった。


「ここから先は、別の縄張りだ」


「誰の?」


「クマの。無愛想だ」


 ハルは少し考えて、先に進んだ。



 クマは思った通り、最初は警戒した。


「断りもなく入ってくるな」


「迷い猫を探している。協力してほしい」


 クマは子猫を見た。それから、長く見た。


「その耳」


「知っているのか?」


 クマは答えなかった。代わりに、もう一度子猫の顔を覗き込んだ。


「いや。似た傷を見た気がしただけだ」


 それ以上は何も言わなかった。


 子猫だけが、何か言いたそうにクマを見ていた。何かを覚えていそうな目だった。だが、それが何かは、子猫自身にもわからないようだった。



 東の空が白くなる前に、ハルたちは橋の下まで来た。


 子猫が足を止めた。


「ここ」


「ここがどうした?」


「知ってる、気がする」


 橋の下には、誰も使わなくなった段ボールの小屋があった。古い毛布が一枚、敷かれたままになっている。


 子猫はその毛布に顔を埋めた。長い間、そうしていた。


 ハルは黙ってそれを見ていた。テンも、何も言わなかった。


 空が完全に明るくなる前に、引き返さなければならない。ハルは橋の下を見上げた。


「今夜はここまでだ」


 子猫は毛布から顔を上げなかった。


「また来る?」


「来る」


 ハルは答えた。それ以上の約束はしなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第一話では、ハルと記憶を失った白い子猫の出会いを書きました。


迷子になるということは、ただ道に迷うだけではなく、自分がどこから来たのか、どこへ帰ればいいのかわからなくなることなのかもしれません。


そんな子猫に、ハルたちがどんな場所を見つけてあげられるのか。

そして、子猫が失ったものとは何なのか。


これから少しずつ明らかになっていきます。


猫たちの小さな旅を、温かく見守っていただけるとうれしいです。


次話もよろしくお願いいたします。

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