不穏な空気---綺麗になったはずなのに---
シャワーブースから出てきたペルセは、側に置いてあったタオルを用いて、体をふいた。
---ダスノムで過ごし始めてから今までの人生で、ここまでさっぱりしたことが、あっただろうか。
そう思えるほど、自分の体をシャワーで洗い流したペルセの気分は、晴れやかだった。
同時に、この感覚には慣れない。矛盾した2つの感情が、同居していた。
用意されていた着替えは、比較的質素なものであった。それを着用したペルセは、その姿を側にある鏡で観察してみた。
---何か、違う。服を変えてちゃんと体を洗うだけで、ここまで変わるものなのか---
恐らく、今のペルセをオーレン達が見たら、大笑いするであろう。
「…うん。行こう」
気分を新たにし、そのまま大人たちの声が聞こえる方へと向かった---。
---気づけば、椅子に座らされ、物々しい顔をした大人複数人に囲まれている。
一体、何が始まるのか。これから、ダスノムの時のように食事でもするのか、とも思ったが、明らかにそんな楽しげな雰囲気ではない。
「とりあえずお嬢ちゃん」
「…はい?」
物々しいトーンで、店員が口を開いた。
一瞬、誰を呼ばれたか分からなかった。ダスノム以外の者達からお嬢ちゃん、なんて呼ばれるのは初めてだった。何だか妙な感じがした。
そんなどうでもいいことを考えていると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「君の名前は、なんて言うのかな?」
「ペルセ」
「ペルセちゃんね。じゃあさ、ペルセちゃんのお父さんかお母さんか…どっちかの連絡先は、分かるかな…?」
「え?…そんなの、いないよ?」
「…は?」
店員の優しい問いに対し、ペルセとしては事実を述べただけだった。しかし、その一言で、場の空気が一気に凍ったのが分かった。
他の店員も、明らかにざわついている。そこまで大きいことなのか。
「…え、え~と…じゃ、じゃあ、ペルセちゃんは、おうちでは誰と暮らしているのかな?」
「おうち…?」
「そ、そうよ。君が誰かと暮らしているところが、あるはずでしょ?」
別の女性店員も口をはさんできた。どうしてそんなことを聞くのか、分からない。連れてこられた理由もよく分からないが、この質問も目的も同様だった。
「みんなと」
「…え?」
「だから、皆と」
不思議には思ったが、ペルセは事実を普通に答えた。しかし、言葉を重ねれば重ねるほど、店員側の空気が乱れていくのを、肌で感じた。何だか、他の店員同士で、自分を見てヒソヒソしている。
変なことは言っていないはず。ペルセはそう思い、不思議そうに首をかしげながら、店員たちを見た。
「も、もしかして、施設か何かかな?」
「施設?」
「そうそう。ペルセちゃんは、どこから来たのかな?」
---この質問に対する返答が、決定打となった---
「…ダスノム、ってとこから」
その瞬間、皆が固まった。
---沈黙。明らかに、皆黙り込んでいる。椅子のきしむ音が、いやに大きく聞こえる。
「…どうしたの?」
黙りこくってしまった店員たちに、ペルセは不思議そうに尋ねた。別に嘘はついていない。それにも関わらず、店員たちの目が、一気に険しくなり、その笑顔が引きつっている。
「ダスノム…って、あの…?」
「えぇ…ホントに…?」
店員たちがざわついている。ダスノム、という名前に、相当に反応しているのは分かる。しかし、それがどういう意味での反応なのかは、ペルセには分からない。
「…え~と…じょ、冗談、だよね…?」
「違うよ?ダスノムから歩いてここに来たんだもん」
店員は、自分の言うことを疑っているのか。確かに、ダスノムからここまで来るのにどのくらい時間を要したか分からないが、近くはないだろう。
それにしても、なぜあんな表情をするのか。ペルセには、全く分からなかった。
「…どうします?ダスノムなんて…我々の手に負えませんよ」
「施設に連絡。これはもう、私達がどうこうする案件ではない」
「しかし…こんな子供を…」
「…ダスノムにあるのは、ゴミしかないんだぞ?しかるべき場所に回すべきだ」
店員たちが、何かひそひそと、ペルセに聞こえないように話をしている。中には、感情的な声もあったが、完全に封じられているようだった。
話の内容を、ペルセは完全には理解できなかったが---自分が、どこか別な場所へ連れていかれるであろうことだけは、理解できた。
「お嬢ちゃん、今お迎えを頼んだから。その人たちに、ついていってね」
店員の一人が、笑顔でペルセに声をかけてきた。
しかし、明らかに先程の笑顔とは違う。なんとなくだが、この笑顔は、本心のものではない。そして、その声色も、先程とは温度感が違う。しかし、それ以上のことは分からなかった。




