負の感情
次の日の昼休み。
給食を済ませたペルセは、教室から出て、一人でエストラの図書館にいた。
普段ならミノトがいてお喋りしてたり、どこかに遊びに行ったり等したりしている時間帯だ。
だが、今日はミノトが補習のために呼び出されたため、昼休みを一人で過ごさなければならなくなった。
ミノトが隣にいないのは少し寂しさもあるが、たまにはこんなのんびりした昼休みも、悪くはないだろう。ペルセは図書館で本を眺めながら、そんなことを考えていた。
自分と同じ小学部から、はてはミノトの兄と同じ大学部の生徒まで、全員が共通で使える、広い図書館。ゆえに、様々な本が置いてある。
「…人間界って、色々な本があるんだなぁ…」
魔界ではほとんど見たことのない、児童文学の本に着目していた。それほど厚くはないが、中身をパラパラ眺めた感じ、自分でも気軽に読めそうだ。
しばらく立ち読みをしていると、背後から何か嫌な気配を感じる。
ーーー強い、負の感情。思わず、背筋が震える。
あの時、十年前にも感じたことのある、強い悪意だ。
「何…?」
背後に視線を向けながらも、ペルセは実母・デメナから言われたことを思い出していた。
『ペルセさん。アナタは間違いなく私の娘で、私の感知能力の素質を引き継いでいます。ですが、その感知能力を普段から使い続ける必要はありません。普段はシャットアウトしておいて、強い負の感情だけ感じ取れれば十分です』
そう言われ、デメナから感知の遮断方法と、感知を深めるやり方を教わっていた。デメナの話だと、相手の魂魄を見ている、とのことらしいが、ペルセにはよく分からなかった。
ペルセは本を棚へと戻し、悪意の発生源の方角へと目を向ける。
図書館の、広いエントランス。だが、そこに不審な人物は、特にいない。
でも、それは気の所為ではない。今もなお、悪意の感情は消えていない。しかも、距離を少しずつ詰めてきているようで、見える感情が『声』となって、耳に入ってくる。
ーーー誘拐。使役。断片的に聞こえてきたのは、それだけだった。だが、十分だ。十分に、発生源を特定できる。
「…お母さんとの鍛錬の成果、あまり役立てたくはなかったなぁ…」
ペルセは苦笑いすることしかできなかった。デメナも鍛錬の際に、「これは万が一への備えであり、使わなくて良いなら使わない方が良いです」と言われていた。
だが、聞こえてしまったものは仕方がない。ペルセは小さくため息をつくと、魔力通話をかけることにした。
今まで、色々な人物がやってるのを見たことはある。だが、自分がやるのはこれが初めてだ。自身の魔力を通じて、相手の魔力を識別し、接続する。ただそれだけの、さほど難しくない作業だ。
しばらくかけ続けると、ノイズ音と共に、相手の声が聞こえてきた。
「…どうされました?ペルセさん」
通話の向こう側から、ラウラの声が聞こえてくる。声の裏側では、何かをカタカタ打っている音が聞こえてくる。職員室で事務作業でもしているのだろうか。
「…ラウラ先生。図書館に来てください、今すぐに」
「は?なぜ…いえ、分かりました。通話はつないでおいてください」
何かを察したのか。通話の向こう側のラウラは、何か言いたげだったが、すぐにガサガサと動く音が聞こえる。
だが、その音をかき消すかのように、ラウラの息遣いも聞こえてくる。急ぐように促したのは自分だが、どうやら走っているらしい。
ペルセは通話を切らないまま、再びエントランスの方へと意識を向ける。確実、しかしゆっくりと距離を詰めてきている。ペルセはエントランスから遠ざかるように、人混みの中へと逃げ込むことにした。
その瞬間、相手の動きが若干鈍った。このままやり過ごせるとよいのだが、ペルセは通話も切らずに警戒も解かなかった。




