ゴミ山の日常
物語の始まりは、とある魔界---。と言っても、悪魔達が自由に暮らしているような、ごく一般的な魔界ではない。
ここは、魔界の最終処分区画・ダスノム。魔界中から集められたゴミの、最終到達点。ここでは、ゴミを処理されることもなく、ただ捨てられ、積み上げられていくだけである。
この空間を埋め尽くすのは、天にも届かんばかりのゴミの山。それらは、元より暗い魔界の空を覆い、この地に光を許さない。
そこでは、絶えず悪臭が漂い続けており、風が吹けば容赦なく広がる。雨が降れば、たちまち体を汚す水となる。
---それでも。
このような場所でも、生きている者たちは存在していた。
ここに来るゴミと同じく、魔界からは不要とされ、落ちぶれた悪魔達。
彼らは、他の悪魔から軽蔑されながらも、必死にその日を生きている。
残飯などを求めてゴミを漁るその姿は、傍から見れば滑稽にすら映るであろう。しかしながら---彼らは必死なのだ。
雨の日も風の日も、汚水や悪臭に耐えながら、物資を求め、天にまで届くゴミの山を登る。それが、この場所における、例外なき日常であった。
今日もまた、住人たちはゴミを漁る。いつもと変わらない、日常風景だ。
その中に、一際小さい人影があった。
大人達の中に紛れる、身長140センチにも満たない、小さな少女。ボロ布を身にまとい、未熟で小さな角を生やした少女---ペルセ。彼女もまた、この期みやまで生きる住人の一人であった。
周りの大人たちより細く短い腕を必死に伸ばし、物資を求めてゴミの隙間を漁る。しかし、ペルセの短い腕では、なかなか奥まで掴むことはできない。
「…オイオイ、大丈夫かよ」
背後からかけられたその声に、ペルセは振り向いた。そこには一人の男が呆れたように立っている。無精髭を生やし、長い黒髪も、そして歪に伸びた角も手入れされていない。だが、そんな姿は、この場所では特別珍しくもない。
「あ、お、オーレンさん…」
「ったく…オメェだけいつまでも戻ってこねぇと思ったら、こんなとこまで…」
オーレンは気怠そうにしながら、躊躇なくペルセをヒョイと抱え上げた。
「あの、ちょ、歩けるんだけど!?」
「この高い山を登れるだけの距離を、オマエみたいな幼子にもう一度歩かせるバカがいるか!?」
腕の中でもがくペルセを、オーレンは一喝して黙らせた。
ぶっきらぼうに言い放たれた言葉に、ペルセは反論しようとしたが---止めた。
オーレンという男は、こういう時に折れた例がない。仮に力業で反抗したとしても、子供の自分が、大人のオーレンに敵うわけがない。少しして、ペルセはもがくことを諦めた。
そんなペルセの様子など気にも留めず、オーレンは慣れた様子でゴミの山を下りて行った。
ゴミ山を下りてしばらく歩くと、そこには複数の大人の悪魔達が勢揃いしていた。
「いやぁ、今日は大漁だな!!」
「おい、マジかよ…こっち全然なかったぜ…」
「まぁまぁ、これから皆で分け合うんだから!また今度、返せばいい!!」
すでに帰還していた悪魔達は、各々が持ち寄った収穫品を皆に披露していた。どれも色や形が崩れており、まともな代物であるとは言い難かった。しかし、こうやって皆で手に入れた品々を持ち寄り、小さな宴を行うことも、ペルセにとっての日常であった。
「おう。戻ったぜ」
「おっ、オーレン!お帰り!」
「ま~たペルセを抱っこして帰ってきてるぜ!!」
「すっかり、オマエはペルセの親父だな!!」
「ちげぇねぇや!」
ぎゃははは、と下品な笑い声が響いた。それにつられて、思わずペルセもクスッ、と笑えた。やっぱり、この人たちは嫌いになれない。オーレンはからかわれたことに不満そうだが、同時に満更でもなさそうに口元が緩んでいた。
「何でもいいから、飯にするぞ」
オーレンはペルセをそっと下ろし、その隣に乱暴に座った。
目の前に並べられた食料は、弁当の残飯が複数個、食料品店の廃棄品が数点。どれも悪臭を放っているが、それを気にする者はこの場にいない。
ペルセの元にも一人分、食料が配膳される。何なら、周りの大人たちよりも少し多いのではなかろうか?いつもいつも子供扱いしてくる大人たちに、思うところがないわけではないが---ここでは、大人しく好意に甘えることにした。
「そんじゃ…今日もお疲れ」
オーレンの音頭とともに、今宵の宴が始まった。
暗い魔界の中でも一際暗い、ゴミ山の麓の宴---。豊かとは到底言い難いが、この集まりに加わって日の浅いペルセにとっては、この生活は楽しかった。
---しかし、この『当たり前』の崩壊は、すでに始まっていたーーー




