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24話

 家の扉を開けると、オレンジ色の柔らかな光が室内に差し込んだ。夕陽が窓から入り込み、リビングの木の床を静かに照らしている。


静かな家の中に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せた。集会所で大泣きしてしまった自分を思い出し、思わず顔が熱くなる。


村の皆さんは優しかった。優しすぎた。だからこそ、胸が苦しくなる。


「セシリア様、こちらにおかけください」


後ろからかけられた声に振り返ると、レオナード様がリビングのソファに腰をかける様に促す。


「ありがとうございます」


彼の勧めに従い、私は素直に腰を下ろした。視線は外の流れる雲を追っていたけれど、心は全く落ち着かない。


(……私が、聖女だとバレてしまった)


今まで問題なく隠し通していたはずなのに、村の人たちに知られてしまった。それも、自分のせいで。


(レオナード様が忠告してくれたのに……)


けれど、私は村の人が苦しむのを見ていられなくて……。


「セシリア様」


名前を呼ばれ、ハッと顔を上げた。


「何か……お考えですか?」


彼の瞳は、まっすぐに私を見つめていた。私の様子を見てなにかを察したのか、彼は静かに目を伏せた。


「私は、あなたが間違ったとは思いません」

「でも……」


村の皆さんは『守る』と言ってくれた。それなのに私は、彼らに迷惑をかける事になるだろう。必ず。沈黙が続き、夕日がさらに濃く、オレンジ色が室内を満たしていく。


ぽつりと、レオナード様が静かに言葉を零した。


「セシリア様、私たちが初めて会った時のことを覚えていますか?」

「え……?」


彼の言葉に、思わず顔を上げた。


「初めて……ですか?」

「はい」

「えっと……魔物の討伐と土地の浄化をする任務の時、ですよね?」


それは、今でもはっきり覚えている。初めて彼の剣を見た時のことも、その時の優しさも、すべてが鮮明に蘇る。けれど、彼は首を振った。


「いいえ。その前です」

「えっ?」

「実は、もっと前にお会いしているんです」


私は記憶を探ったが、彼の言う『前』に該当するものが思い浮かばなかった。


「私が騎士団長に就任してすぐのことでした」


レオナード様の静かな声が、空気を震わせる。彼は目を伏せ、静かに過去の記憶を語り始めた。


「王の命令で、騎士団20人ほどを引き連れ、ある物資を運んでいました。普段の任務とは違い、機密性の高いものでしたので目立たないように甲冑は身につけず、馬に乗りながらの運搬でした」


私は静かに耳を傾けた。


「当時の私は、まだ騎士団長の肩書に慣れておらず、指示を出すのも慎重になりすぎたり、無駄に力を入れたりしていました」


(……想像がつかない)


今の彼といえばら冷静沈着で的確な判断力を持つ騎士団長。けれど、彼もそんな頃があったのだ。


「その時、我々は盗賊の襲撃を受けました」


「盗賊……ですか?」


「ええ。彼らは、物資の内容を知っていたかのように、こちらの荷馬車だけを狙ってきました。おそらく、どこかで情報が漏れていたのでしょう」


レオナード様はわずかに苦い顔をした。


「私たちは応戦しましたが、甲冑を着けていなかったため、予想以上に負傷者が出てしまいました」


(負傷者が……)


彼の声には、苦々しさが滲んでいた。


「部下たちは必死に戦いましたが、何人かは深手を負い、動けなくなってしまった。もちろん、私も負傷しましたが、そんなことを気にしている余裕はありませんでした」

「……」

「騎士団長になって間もない自分にとって、こんな無力な瞬間はなかった」


私は、彼の口元がかすかに歪むのを見た。


「その時、1台の馬車が私たちの前に止まりました」

「馬車……?」

「ええ。馬車には、大聖堂の紋章が刻まれていました。馬車から降りてきたのは……あなたでした」

「……え?」

「あなたは馬車から降りるなり、傷ついた男たちを見て、すぐに治療を始めてくれました。甲冑を着ていない私達は、それこそ盗賊だと思われても仕方のない状況なのに」


私は目を見開いた。


(そんなことが……あったの?)


「あなたは、私に『そこに座ってください』と言って、私の足に触れて治癒を施してくださいました。そのときのあなたの手が、驚くほど温かかったのを、今でも覚えています」


(……そんなことがあったなんて、全然覚えていない)


「その時のあなたもまた、『聖女』としての役割を始めたばかりで、どこか不安げな表情をしていましたが、それでも傷ついた者を見捨てなかった」

「……」

「私がこの先も『この人を守ろう』と決意したのは、その時です」


静かに語り終えた彼は、私の方を見て、にこりと微笑んだ。


(私は、彼のそんな記憶に残っていたんだ)


言葉が出ない。胸がいっぱいになり、温かいものが込み上げてきた。



 夕陽が、ゆっくりと家の中から消え始め、薄暗い影が壁に落ち始めた。外は徐々に夜の帳が下りようとしている。窓の外は群青色に染まり、虫の声が聞こえ始めた。


ふと、レオナード様がこちらを改めて向き直した。


「セシリア様」


私の名を呼ぶその声は、いつもよりも少しだけ優しく、けれどもどこか真剣な響きを持っていた。


「はい……?」


返事をすると、彼はソファから立ち上がると、私の目の前まで歩み寄り、ひざまずいた。


「……?」


その行動に驚くも、彼のまっすぐな瞳が私を動けなくさせた。彼は真剣で、言葉を探しているような、けれども迷いのない眼差しだった。


「以前、私はあなたにプロポーズをしましたよね?」


その言葉に、心臓が跳ね上がったのを感じた。


(……プロポーズ……)


確かに彼は、大きな薔薇の花束を持って私に『結婚してほしい』と言ってきた。驚いて、恥ずかしくて、私はその場で断ったのだ。


「……はい、覚えています」


俯きながら、かすれた声で答える。


「あの時のプロポーズをした想いは、今でも変わりません。」


彼は少しだけ苦笑しながら、私の手をそっと取った。


「あなたと一緒に生活をしていく中で、日に日にその想いは強くなっています」


彼の大きな手のひらが、私の手を包み込む。熱が伝わり、心臓がどくん、どくんと高鳴り始めた。レオナード様の声は、まるで誓いの言葉のように、静かに、けれども強く響いていた。


「あなたのことを愛しています。結婚したい、お嫁さんになって欲しい、今もそう強く思っています」


胸の鼓動が大きくなる。耳の奥まで響き渡る。の瞳が私を見つめ、私も彼の瞳を見つめ返した。


「でも、1番叶えたい事、1番の私の気持ちは、」


彼の目が、少しだけ細まる。優しさと決意を持った目。


「あなたに自由で幸せな生活を送って欲しい、ということです」


その言葉が胸の奥にじわりと染み渡っていく。


(……自由で、幸せ……?)


彼の手が私の手をぎゅっと強く握り締めた。


「あなたが、どんな道を選んでも、私はあなたの幸せを心から願います」


夕陽は完全に沈み、部屋の中はほの暗い。けれども、不思議と心の中は温かかった。


(自由で……幸せ……)


その言葉を心の中で何度も反芻した。私が聖女であることも、庶民であることも、逃亡者であることも、そんな全てを超えて、彼はただ私の幸せを願ってくれているのだ。


(……どうして、あなたはそんなに優しいの)


気づけば、目から涙がこぼれ落ちていた。


「セシリア様……」


彼がそっと私の頬に手を伸ばし、涙を拭おうとする。


「……っ、すみません、すみません」


涙が止まらない。こぼれ落ちては、彼の手に滴り落ちる。


(この人は、私を聖女としてではなく、ただのセシリアとして見てくれている……)


「セシリア様」


彼が、私の方へそっと身を寄せてくる。


(……あ……)


両腕が伸びてきて、私を抱きしめようとした、その瞬間。


ドンッ!


「……っ!」


家の扉を叩く音が響いた。レオナード様の動きがピタリと止まる。


(……今の音、何……?)


ゴン、ゴン、と強めに扉を叩く音が続く。レオナード様はすぐに立ち上がり、私を自分の背後へと隠すように立った。室内はすでに暗くなっており、レオナード様の背中のシルエットが、まるで鋼の壁のように感じられた。


「動かないでください、セシリア様」


彼の声は低く、静かだったが、そこには明確な『警戒』が宿っていた。


(……怖い)


誰が外にいるのか、考えるだけで不安が押し寄せてくる。扉を叩く音が、次第に強く、荒々しくなった。


バンッ!


扉が強く押し開かれる音が響き渡る。


「……!!」


扉が開かれた先には、ならず者風の男が立っていた。


「動くんじゃねぇよ」


ガサついた声が室内に響く。男は、一緒に立つエマの首元にナイフを突き立てていた。


「……エマっ!!」


エマは目を見開き、必死に涙をこらえながら、私に視線を向けていた。


「セ、セシリア様あぁぁ! ごめんなさいぃぃぃ!」

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