13話
顔を洗い、髪を整えて戻ると、テーブルには朝食が並べられていた。目玉焼きにトースト、そしてフレッシュなサラダ。それは、大聖堂のような豪華な朝食ではないけれど、心がほっとする温かさがあった。
「いただきます」
彼と向かい合って食事を始めると、野菜の甘みが口いっぱいに広がった。
「美味しい……このトマト、甘いですね」
「さすが、お隣の農家さんですね」
彼は思い出した様に続ける。
「そういえば、セシリア様、そろそろ私たちの庭の野菜たちが収穫時期を迎えていますが、今日一緒に収穫してみませんか?」
レオナード様が提案する。
「収穫、ですか?」
「ええ。せっかく自分で育てたものですから、収穫の楽しさを味合わないと思いまして」
確かに、レオナード様に渡す香りや袋用のミントは摘んだことはあるが、実際に実った野菜を収穫するのは初めてだ。
「……じゃあ、やってみようかな」
「かしこまりました」
彼がにこりと笑う。私はパンを一口かじりながら、静かに思った。こんな日常が、どうかずっと続いてほしいと。
太陽の光がじんわりと温かさを増す中、私たちは庭の畑へと足を運んだ。土の香りが心地よく、ほんのり湿った地面が足の裏に感じられる。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
改めて見た畑には立派に育った野菜たちがずらりと並んでいた。青々とした葉が広がるキャベツ、小さな黄色い花がついているキュウリ、そして、つやつやと光る赤いトマト。
「すごい……こんなに育つなんて……!」
感動が胸に溢れ出す。
「ええ、見事な出来ですね。セシリア様が毎日愛情を込めてお世話をしてくださったおかげです」
レオナード様が優しい声で言う。私だけでなく、彼もこの野菜達の世話をしてくれたのだ。私と同じくらいこの収穫を楽しみにしていたのだろう。
「じゃあ、収穫していきましょうか」
「はい!」
私はしゃがみ込み、手袋をはめた手でそっとトマトの茎を掴んだ。少し力を入れて引き上げると、つやつやした赤いトマトがぷつんと枝から外れた。
「取れました!」
「お見事です」
彼の言葉に、嬉しくなってトマトを高く掲げる。自分で育てた野菜をこうして自分の手で収穫するなんて、なんだかとても誇らしい気分だ。
その後も、ピーマンをもぎ取ったり、土の中からニンジンを引き抜いたりしていると、だんだん泥まみれになっていった。額の汗を拭おうとすると、ふと隣にいるレオナード様の顔が目に入った。
(……あれ?)
「……レオナード様、ちょっと動かないでください」
彼が不思議そうな顔をするが、私はかまわず手を伸ばした。彼の頬に泥がついていたのだ。
「ここに、泥がついてますよ」
指先でそっと泥を拭い取ろうとしたが、思ったよりも頑固についていて、上手く取れない。
「動かないでくださいね……」
私は指先を少し強めに押し当て、泥を拭き取ろうとした。その瞬間、彼の顔がすぐ目の前にあることに気づいた。
(……っ近い……!)
私の手は彼の頬に触れたまま、目と目が合った。彼の静かな瞳に自分の顔が映り込んでいるのがわかる。
(な、なんでこんなに近いの!?)
一気に心臓がバクバクと高鳴り、すぐには動けない。
「……す、すみません!」
私は慌てて手を引き、後ずさった。
「い、いえ……ありがとうございます」
レオナード様もぎこちなく返事をし、彼の顔がほんのり赤くなっているのが見えた。
(……も、もう!?)
心の中で自分を責めつつも、彼の肌の温かさが、まだ指先に残っているような気がする。
その後、しばらく気まずい空気が流れたが、収穫作業に戻ることで、何とか平静を取り戻すことができた。
すべての収穫が終わった後、畑の端に並べておいた野菜たちをきれいなカゴに詰めていった。赤や緑、黄色の色とりどりの野菜がカゴの中で輝いて見える。
「ふふ、まるで絵本の中みたい」
思わず笑いがこぼれる。
「ところで、なぜわざわざカゴに詰めているのですか? セシリア様が使う分なら、このまま家に運べばいいのでは?」
レオナード様が不思議そうな顔をして聞いてくる。
「……いらないかもしれないけど、お隣の農家さんにおすそ分けしようと思ってるんです」
「おすそ分け、ですか?」
「はい。お隣のご夫婦がいろいろ教えてくれたからこそ、こうやって収穫できたんです。お礼も兼ねて私達が育てた野菜を見てもらおうかと…」
私の言葉を聞いて、レオナード様は目を細めた。
「……いい考えですね。お隣さんも喜んでくださいますよ」
彼の賛同の言葉に、胸の中がほんのりと温かくなった。
「いえ。さぁ、お隣さんへ向かいましょう」
彼は小さな笑みを浮かべながら、カゴをひょいと持ち上げた。
「セシリア様がせっかく育てた野菜ですから、きっと褒めてくださいますよ」
「はい!」
私たちは二人並んで、隣の農家さんの家へと向かった。歩く足取りは軽やかで、どこか胸が高鳴っているような気がした。隣を歩くレオナード様の横顔をそっと盗み見ると、彼の表情は穏やかで、どこか誇らしげだった。




