11話
静けさが降りる夜の空気は、昼間の賑やかさとは一変して冷たさを感じさせた。フランツさんが帰った後、レオナード様は厳しい表情を浮かべ、玄関の前で立ち止まった。
「今夜はここで見張りをします」
その言葉に、私は思わず彼の顔をまじまじと見つめた。
「……え? 何言ってるんですか? 外は冷えますし、そんなことしなくても大丈夫ですよ」
彼の言葉が冗談ではないと気づいた瞬間、内心で大きなため息をついた。けれど、彼はどこまでも真剣な顔だ。
「情報ギルドが動いたんです。今は警戒をしなければなりません」
「でも、だからって家の外にいる必要はありませんよ! 玄関の鍵だって閉めますし、何かあれば明日には駆けつけてくださるでしょ?」
「それでは遅いです!情報ギルドはどんな手を使うかわかりません。奇襲が得意かもしれませんよ。私が外にいれば、侵入者が気配を消して忍び込むのは困難になる」
彼は一歩も譲るつもりがないらしい。
私は腕を組んで彼を睨んだ。
「レオナード様、こんな村の一軒家に騎士団長が警備している方が怪しまれます!」
「セシリア様のご意見はごもっともですが、私はあなたを守るためにここにいる」
頑なな彼に言い返そうとしたが、次の言葉が出てこなかった。どうして彼はここまでしてくれるのだろう?
彼はずっと私のために働き続けてくれている。毎日家に来ては畑仕事を手伝い、日常の手間を減らしてくれる。それだけで十分なはずなのに、今度は家の外で警護をするだなんて。
「……そこまでしなくても、もう十分守ってくださってます!!」
言葉は小さな声になったが、彼には届いていたようだ。そして、彼はさらに言葉を重ねた。
「情報ギルドは良くない噂も聞きます。フランツだってそう言っていたじゃないですか?私は、片時も、離れたくないです」
一瞬、時が止まったように感じた。
「……え?」
「あ……」
私の目が彼を見つめると、彼は自分が何を言ったのか気づいたらしく、口を閉じた。その瞳はどこか焦りを浮かべていたが、後悔は感じられなかった。
「つい本音が出てしまいましたが、……片時も離れたくないのです」
今度は、はっきりとした声で言い直した。
胸の奥が、ドクンと大きな音を立てた。
「……わかりました」
私の頬が熱を帯びていくのが分かる。
これ以上彼に逆らう気力はもうなかった。
「外じゃなくて、中で見張ってください。夜は冷えますから……」
彼は驚いたように目を見開き、すぐに静かに微笑んだ。
「わかりました。リビングを使わせてもらいます」
こうして、彼はリビングのソファに腰を下ろすことになった。
◇
夜が更けても、胸の高鳴りは治まらなかった。
(片時も、離れたくない……か)
その言葉が頭の中でぐるぐると回り続ける。
どうして私はあの言葉を受け入れてしまったのだろう。
それと同じくらい情報ギルドや元婚約者の王子や王族達の動きが気になって、今日は眠れない気がして、私はベッドからそっと抜け出した。
リビングへ足を運ぶと、ランプのかすかな光が暖かい明かりを灯していた。
「……眠れないのですか?」
レオナード様がソファに座ったまま、静かに目を開けて私を見た。
「はい……少し飲み物でも飲もうかと」
彼はすぐに立ち上がり、キッチンへと向かう。
「俺もお付き合いしますよ。ホットミルクでいいですか?」
「え? ええ、お願いします」
彼が器用に牛乳を温め、スプーンで静かにかき混ぜる音が部屋に心地よく響く。私はリビングのテーブルにつき、しばらく彼の背中を見つめていた。
ほどなくして、彼はマグカップを二つ持ってリビングに戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
静かにカップを手に取ると、ほんのり温かい湯気が鼻腔をくすぐった。
「……セシリア様、少し疲れているように見えます」
「そう見えますか?」
彼の言葉に、少しだけ本音を漏らしたくなった。
「……ここでの生活が本当に楽しいんです」
レオナードが私の話を静かに聞いてくれるのを感じて、少しずつ言葉があふれてくる。
「大聖堂にいた頃は、いつも人に囲まれていました。けれど、不思議と孤独だったんです。毎日、誰かの声が聞こえるのに、誰も私の声を聞いてくれない……そんな気分でした」
カップを握りしめながら、ふと目を閉じた。
「でも、ここは違います。村の人たちが私に話しかけてくれて、今日は天気がいいねとか、野菜がよく育っているとか、そういう当たり前のことが嬉しいんです。……ここでの生活を、やめたくないんです」
その言葉に、彼は少し目を伏せて、マグカップをテーブルに置いた。
「……そうですか」
次の瞬間、彼は私の手を握った。
「私が守ります」
その声は静かで、けれどとても力強かった。
「この国の騎士団長が言うんですから、安心してください」
彼の手のひらの温かさが、私の手にじんわりと伝わってくる。
「……それは、とても心強いですね」
彼の顔を見ようとしたが、なぜだか顔が熱くてまともに見られなかった。
そのまま、静かな時間が流れる。彼の手の温かさは、心の奥の不安を溶かしていく。
(……心地いいな)
気づけば、私のまぶたはゆっくりと閉じていた。
◇
しばらくして、レオナードは静かに彼女の名前を呼んだ。
「セシリア様……?」
だが、返事はなかった。
ソファに寄りかかり、すっかり眠りに落ちてしまった彼女の寝顔は、とても安らかだった。安心してくれている嬉しさと警戒心のない彼女に少し複雑な気持ちになる。
「まったく……」
レオナードは少しだけ笑いながら、セシリアの頭をそっと支え、体勢を整えた。
「安心しきった顔も可愛らしいですね」
そっと彼女の髪に触れようとして、思い直して手を引いた。
「……さあ、見張りに戻らないとな」
立ち上がったレオナードは、そっと毛布をセシリアにかけ、静かにリビングを後にした。
外は、まだ冷たく澄んだ夜の空気が漂っていた。




