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滲んだインク

 僕は病院内を杖を使って移動していた。ただ、病室のベッドで寝ている事を胸の中にある感情が許さなかったのだ。


 10分程、病院内を移動しているとぽつぽつと音が聞こえた。窓の外を見ると、水滴が外の紫陽花を濡らしていく。空を見ると、灰色の曇天が空を覆う。雨だ。雨の日には僕がここに来た日を思い出す。




 僕は部活の帰り友達と話していた。そうしたら横から甲高いブレーキ音とライトを横目に感じ、次の瞬間、今まで味合ったことのない衝撃を感じ、意識は闇に落ちた。


 起きた時には病院のベッドで寝ていた。先生の話を聞くと隣にいた友達はかすり傷で、僕も命に別状はないらしい、ただ、足が骨折していて、治るには半年かかるらしい。


 僕はサッカー部のスタメンだった。リハビリしたらまたスポーツが出来るようになるらしいが、半年も部活に出なかったらスタメンになれるかというと怪しいだろう。友達や家族は皆慰めてくれた。


 でも、僕は慰めてくれるみんなの気持ちとは裏腹に安心してしまっていた。僕は僕の実力に見切りをつけ始めていたからだ。頑張って夜遅くまで練習していたが、部の後輩も強くなってきていて、スタメンもいつ切れるかどうか怯えていた。交通事故にあったのはそんな時期だった。




 今なお胸にある解放感と絶望が入り混じったような感情に突き動かされていると病院の中庭についた。様々な色に少し感情を落ち着かせるとそこには天使がいた。


 白いワンピースで歌いながら、踊っている。僕は一歩も動けず、ただ彼女だけを見つめていた。


 どれぐらいたったか、一瞬だったように思えるし何時間も聞いたように気がする。歌が終わると彼女は僕がいたことに気づき少し照れた表情をみせた。魔法が消え、ここは病院の中庭だったことを思い出す。


「聞かれていると知ったら照れるね」


 彼女の照れた顔は僕の魔法を又かけるのに十分だった。




 僕と彼女は何度も話をするようになった。


 彼女の話はとても刺激的で自分が当たり前だと思っていたことを壊してくれた。


 彼女は魅力的な女性で理解したと思ったら、すぐさま離れていくような捉えどころがなく、だからこそ何度も捕まえていきたいと思うような女性だった。


 そして、彼女を追っている最中は体を苛む焦燥感から抜け出せた。


 結局のところ僕は自分の事しか考えていなかったんだ。だから、彼女が何を抱えているのか最後まで気付くことはなかった。




 彼女が好きだと言ったからくりを持ってきた日のことだった。中庭に行っても彼女はおらず、周りを探し回っても見つからなかった。


 次の日も中庭に彼女はいなくて、その次の日もその次の日も見つからなかった。そうして、1か月程時間が過ぎた。


 日課のように中庭に行くと看護師がいた。彼女から手紙を受け取っているらしい。この時僕は嫌な予感がしたが、彼女の手紙を無視するわけにはいかず手紙を受け取った。


 「ハロー、久しぶり、元気にしてた。いやあごめん、言おうとしたんだけど、目の前にいくと勇気がなくなっちゃって何も言えなかった。ああ、それで、何て言えばいいかな。手紙でも勇気がいるな。実は私……私はちょっと重い病気にかかっていてね。あまり長生きできないと言われていたんだ。とても難しい手術に成功すれば普通の人と同じぐらい生きれるって言われていたんだけど……怖くてね。このまま死のうと思っていたんだ。でも、君と話すことでもっと生きたいと思った。こんだけで死にたくないって思ったの。だから私、手術受けます。元気になったらまた会おうね。

PS、あなたのことが好きです」


 顔を上げた。看護師の顔は陰になっていてよく見えなかった。いや本当は見たくないだけだった。最近、病室である患者が亡くなった噂を聞いた。信じたくなかった。ずっと信じていなかった。


 でも……もう一度顔を見た。看護師は悲しそうな顔をしていた。その顔を見て分かった。そうなんだ。



 手に持っていた手紙のインクは水によって少し、滲んだ。

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