55.銀の亀
「あそこの砂山を越えれば見えてくるはずだ。」
砂山というが、目の前に山脈のように広がる砂山は最早砂山と呼べるものでは無かった。
俺達はその山を1歩1歩、地面に深く足跡を残しながら砂丘を登っていく。
「エリンさん、ザックさん下って。」
砂丘を登り、恐らく中腹まできたあたりだろうか、真っすぐ正面。俺達とは逆に砂丘を駆け降りる集団を見つけた。つまり俺達に向かってきていた。
小鬼の集団だ。「ギャウギャウ」と声が聞こえもう既に走り出している。対して強くはないが、とりあえず警戒を強めた。その時だった。
半分の小鬼が消えた。というより砂に飲み込まれたのだ。
「砂蟲か・・」
ザックさんが呟く。小さな渦潮のような現象を起こし、中心からクワガタのような角を顎から伸ばしギザギザの歯を付けた口が大きく広げられた。
俺は少し身震いした。砂蟲のレベルは高くない。恐らく楽に倒せるだろう。だが砂の飲み込まれるのは避けたい。生き埋めにはなりたくないのだ。
「この砂山の一番の脅威といえるだろう。」
と、ザックさんは話を続けた。砂蟲は器用に大量にある長い脚を動かしながら砂丘に渦を形成していき小鬼を飲み込んでいった。小鬼たちは暴れ、飲み込まれまいと足掻くが、足掻けば足掻く程に足を取られ吸い込まれていく。同族の足を掴み、各個が自分だけは、と登ろうと試みるが砂を引き寄せる力の方が若干強い。
正に足の引っ張り合いをしている最中に俺達は少し西に移動してそれを躱しゆっくりと登りだす。上ばかり見ていた俺が周囲を見渡すと、そこら中に小さな渦が散見された。
残った小鬼たちも踵を返し急ぎ戻って行く。その小鬼たちも突然に地面へ吸い込まれていく。
「まずいな・・。」
ザックさんがまたも呟いた。エリンさんが息をのみ込み辺りを警戒する。
「こっちだー。急げ!」
西の方からだ。男の大きな声が左の耳に届いた。真っすぐ西の方。少し遠いがホークが手を挙げてこちらを見ている。ザックさんとエリンさんは警戒を深めた。
俺は先頭に立ちエリンさんの手を引きホークのところに走り出した。ザックさんもそれを見て一度頭を抱えたが首を振って溜息を吐き出し、付いてきた。
「こっちだ。」
ホークが立っている西側の道は左右1m程、地面が固められ砕石が埋められて道路の様相を呈していた。
「こちらから北に登れるように道を作っていたんだ。」
ザックさんは剣を抜き、エリンさんは俺の後ろからホークを睨み付けている。ホークは2人を見て少しだけ俯いた。
「そうか・・。ここだと襲われないのか?」
俺はホークに聞き返す。
「ああ。そうだ。砂蟲にはな。わざと教えなかったわけじゃないぞ。俺達にもう争う理由がないからな。」
争う理由?まあ・・そうなのだろう。西をここまで追い込んでおきながらそれはないだろうと思うのだが・・
「ホーク・・・」
ザックさんがホークに剣を向けた。ホークは真剣な顔でザックさんを見ている。
・・対峙したまま沈黙が流れる、だが暫くしてホークはザックさんに背を向け元来た砕石で舗装された道を歩き出した。
この世界でレベルの差というものは残酷なまでに顕著だ。ザックさんはホークの背中を暫く眺めて、くやしそうに下を向き剣を鞘に戻した。
俺はザックさんの背中をポンと叩き歩き出した。例えどういう理由があってもザックさんの頭の中の西下層と東下層の過去が覆ることはない。
エリンさんはザックさんを悲しげに見つめ歩きはじめた。ホークの後を付いて歩いていると、もうすぐ頂上というところに差し掛かる。
眼下に見える鉱山。火山の火口のように周りは360度砂山が広がり中心の鉱山からは赤土が焼き尽くされた粘土のように固まって地面を広く覆いつくしている。
「シルバータートル・・鉱山・・。」
俺は思わず小さくつぶやいた。
その鉱山は銀色の大きな亀の亡骸だった。そのまんまやないか・・と突っ込む気すら失せる圧倒的な存在感だ。死体なのにだ。
その亡骸の尻尾の方から道が続いているが凄まじい年月を感じた。甲羅は赤土が被ってはいるが草木が生えている。鉱山というよりは自然豊かな山という方が正しかった。
俺とエリンさんは暫くその光景を眺め、ホークは少し下った先で俺達を待っていた。
「あれがシルバータートル鉱山だ。俺も昔、1度来たことがあるが入るのは初めてだ。」
少し開き直ったザックさんが俺達に話しかけてきた。俺は頷き大きな亀をもう一度一瞥すると、ホークの後を追い亀の尻尾の方へ歩き出した。
白骨と化した尻尾の先に辿り着くと骨の上に鉄の杭が刺さっておりロープが結ばれている。その杭とロープが甲羅の方まで、手摺として利用するべく伸びている。
俺は尻尾の骨に近づきナイフを抜き、その骨を刺してみるが傷1つ付かない。
銀色の亀の魔獣の亡骸。死してなおその頑丈さを誇っている。
俺達はロープを伝い尻尾を登っていく。ずっと上の方からカンカンカンカンと金属を叩く音が聞こえ、さらに登っていくと人間たちの賑やかな声が聞こえてきた。
尻尾の付け根から甲羅まで赤土のレンガを積み上げた階段になっており傾斜も緩やかになっていき草木の根が甲羅を覆いつくすべく伸びている。
甲羅の上には道が奥まで1本続き、左右には草や木が茂りすぐに小さな小屋が立ち並ぶ。その小屋の前に簡易的な椅子を置き雑談をしている髭を蓄えた男達。つるはしを地面に転がし話が盛り上がる。
「はーい。そろそろ仕事しなよー。交代で休憩しにくるよー。」
作業着にエプロン姿の女性が雑談中に割り込む。
「おおー。もうそんな時間か?いくぞいくぞ。」
と一様に皆立ち上がりつるはしやスコップを手に持ちゆっくりとした足取りで歩き出す。苦しい強制労働生活とはほど遠い。
ひとりの作業員が、真っすぐ1本伸びる道路で、剣を腰に下げて監視しているギルドの人間であろう男に声を掛ける。
「警備お疲れ様。休憩終わりましたよ。」
その監視している男は頷く。
「ああ。お疲れ。もう暫くで昼飯だ。頑張ってくれ。」
その作業員は頷いてギルドの男の肩をポンと叩いて中に入って行った。
ギルドの男も片手を上げて作業員達を見送った。




