第6話
次の日、架琉くんは律儀に扉の前で座って待っていた。
私はなぜか身体が緊張したが、平静を装っていつも通り家へ案内した。
「架琉くん、昨日、邪魔しちゃってごめんね」
「えっ」
お菓子をテーブルに置きながら私が笑顔でそう話すと、架琉くんは、びくっと身体を揺らしてこっちを見た。
「え、なにどうしたの?」
「ううん…怒ってるのかなって思ってたから…」
私、そんな怖い顔してたのか…
確かに、心がずっともやもやしてたけど、びくびくされるほどだったの?
少々ショックを受けながらも、笑い飛ばしてみせた。
「あはは、なんで?そんな怖い顔してた?」
「そうじゃないけど、昨日、俺、なんか態度悪かったし…」
「ああ、うふふ、ちょっとそっけなかったね。でもしょうがないよ。彼女と一緒だったんだもん」
「彼女じゃないよ!!」
突然、架琉くんが飛びかからんばかりの勢いで怒鳴ったので、私は一瞬言葉を失った。
確かに、この時代ってそういうのからかわれたりするとムキになって怒ったりするけどね。
「あ、うん、ごめん」
「…」
「架琉くん?」
「あいつ、すごいしつこいんだ。ほんとは友達と遊びたかったのに、遊んでくれなかったらみんなの前でちゅーしてやるとか言ってくるし…あいつ、本当にやりかねないし」
「せ、積極的なんだね」
積極的すぎる小学生の話を聞いて引きつつも、架琉くん自身がその子を何とも思ってないことを知って、安堵してる自分がいた。
「それに…」
「ん?」
「そ、それに、今はりっちゃんの彼氏だから!金曜だけだけど!」
「う、うん…」
「今だけは、俺、りっちゃんのものだからね!」
それ、どういう意味…?
架琉くんの言っている意味がわからず、私は返事もせずぼんやりと彼を見つめてしまった。
さらさらとゆれる前髪が、目にかかるくらいにのびている。
そこから覗くひとみは、大きくて、きらきらしていて、吸い込まれそうだった。
鼻は小さく整っていて、唇はつやつやで、うるうるしていて、溶けてしまいそうで…
「りっちゃん…?」
戸惑うような声に、私ははっとなった。
改めて架琉くんを見ると、眉をハの字に曲げて、ただただ困った顔をしていた。
おばさんに、そんな風に見つめられてもなあ…
きっとそう思われたんだ。
私はそう思った瞬間、顔がかあっと熱くなり、真っ赤になっていくのがわかった。
りっちゃんのものだからね!
小学生のこんな言葉に、深い意味なんかあるわけないじゃん。
それなのに、なんか私、また勘違いして…
恥ずかしい、恥ずかしい!
「ん、ううん、なんでもない!だって、架琉くんが変なこと言うからあ!」
「え…」
私は冗談めかして正直に言った。
変にごまかすと、余計恥ずかしい目にあいそうだったから…
そして、自分のジュースを慌てて手に取り、口に近づけようとした瞬間、水滴で手元が滑り、コップはジュースもろとも落下してしまった。
下が絨毯だったので割れずに済んだが、制服は全身ジュースまみれになってしまった。
「うわあ…」
「…」
「ごめん、かからなかった?」
「え、うん、大丈夫…」
結局恥ずかしい目にあってしまったが、とにかくべたべたのジュースが気持ち悪い。
シャツが胸元に張り付くわ、びしょびしょのスカートからジュースが滴り落ちるわで、まさにあられもない姿である。
「ごめん、ちょっと着替えてくるね。適当に食べてて」
「うん…」
「ごめんね」
私はそそくさと居間を離れ自室で部屋着に着替えた。
楽さ重視で選んだため、胸元がちょっとあきすぎてる気もするが、今はそれどころではない。
制服、まじでどうしよう…
甘い匂いのするスカートにうんざりしたが、絨毯を拭いていなかったことに気づき、慌てて居間に戻った。
一通りきれいにして、ようやくソファに座り、一息ついた。
架琉くんは黙っている。
なぜか身体がこわばっているような気がするが、気のせいかもしれない。
すると、ふと彼が私をちらっと見て、こう言った。
「なんか、雰囲気違うね」
「え、そうかな。確かにこの格好では外に出ないからね。変な格好でごめんね」
「ううん、そうじゃなくて…なんか…なんでもない」
架琉くんは、目をそらしてそう言った。
もしかして、この部屋着のせい?
胸元が大きくあいた、フワフワ素材のミニのワンピース。
だらしないので外では着ないけど、小学生が見たらただの露出狂おばさんかも…
そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。
「ごめん、やっぱり変だよね、ちょっと着替えてく…」
「俺、その格好好きだよ」
「え…」
「となり、座ってもいい?」
りっちゃん…
架琉くんの声は、はるか遠くのほうで、聞こえるような気がした。