プロローグ
読者の皆さんは”冒険者”と聞くとどんなことを想像するだろうか。未開の地を切り開き、強敵との手に汗握る戦闘?即死トラップや謎解きだらけの迷宮攻略?はたまた魔王討伐といった心躍る冒険譚を想像されるのではないだろうか。
残念ながらこの世界でそういった冒険者は極々僅か。ほとんどの冒険者へ対するイメージは劣悪だ。農業に従事するほどマメでなく、衛兵や自警団として訓練する覚悟もなく、商人としての目利きも出来ず、職人としての器用さもなく、奴隷としてなり下がるのは決して許容できない。そんなならず者たちが名乗る物、そういったイメージなのだ。
賢暦269年、クルク国にて一級魔法使いを含む大勢の魔法使い及び魔法庁幹部が複数名が死亡する大規模魔力爆発が発生した。クルク国王はこれを軍事貴族シュヴァルト家のクーデターによるものと断定。一族すべてを国家反逆罪、極刑とする判決を下した。
「レ……レオ…!……レオ!起きるんだ!」
「父さん?」
レオンハルトは強く体を揺すられ眠りから覚めると齢11の彼にも分かるほど顔に焦りと不安が浮き出た父を訝しんだ。
「一度しか言わない。今すぐこの家から逃げるんだ。大事なものだけを持って裏の馬車から逃げろ。」
「どういうこと?逃げるって?父さんや屋敷の皆は?」
寝起きで回らない頭を必死に働かせ、父に問いかける。だが彼は部屋の窓からしきりに外を警戒しておりこちらの声は届いていないようだった。
11歳のレオンハルト一人で寝るにはあまりにも大きなそのベッドで彼は父の言葉を飲み込めずにいた。訳も分からずベッドで起き上がったまま父を見ているとそんなレオンハルトに気づいた父はすぐさま声を荒げた。
「何をしている!!時間がないんだ!早く起きろ!」
普段父から怒鳴られることなどなく、優しく慈悲深い父にベッドから半ば強引に引きずり出されると子供ながらも貴族として育てられたレオンハルトは事の重大さを受け止めすぐさま準備にとりかかった。
もう5年以上出会っていない母の形見である宝石が散りばめられた美しい銀の髪飾り、シュヴァルト家の一員として10歳の時に与えられた宝剣、そして質素ながらいつも身に着けていた肩掛け鞄を肩に掛けた。
「もう行くぞ。ついてこい」
父はそう言うとレオンの手を掴み部屋を出る。その勢いにつんのめりそうになりながらもレオンハルトはなんとか父に食らいつく。普段から剣術や体術など軍事貴族として育て鍛えあげられていたレオンハルトでさえ本気の父にはついていくのがやっとだった。
生まれてからずっと住んでいた勝手知ったるシュヴァルトの豪勢な屋敷の長い廊下を脱兎のごとく走り抜ける。
絢爛を嫌い質素を好む父の屋敷は静かで落ち着いておりそんな家がレオンハルトは好きだった。しかし今日は従者たちの怒号や剣や鎧で武装した使用人などが屋敷のあちこちでせわしなく働き、机や椅子をまるで外からの侵入を妨げるよう正面玄関に大きく積み上げる者達さえもいた。そんな異常事態にレオンハルトは走っているのとは違う汗が背中を伝うのを感じた。
二階奥の部屋から廊下を抜け屋敷中央の玄関ホールに階段で降りる。正面玄関を背にそこから大広間を抜け晩餐室に厨房を抜けさらにその奥、父が裏口のドアを蹴破ると黒い馬が二頭繋がれた馬車が待機していた。父はそれを確認すると開け放たれていた客室にレオンハルトを放り入れた。
冬が終わったとはいえ夜中の冷えた空気は痛く寝起きのレオンハルトの肺を刺激するには十分だった。
「まだ冷えるな、体には気をつけろよレオ。これは餞別だ、使い時を誤るなよ。」
白い息を吐きながら父はそう言うと皮できた丈夫な古い外套とレオンハルトが何度せがんでも触らせてすらくれなかった鉄の筒でできた外国の武器、短銃を手渡した。外套を羽織っていたから気づかなかったが父は腰に剣を帯びていた。模造剣や訓練用ではなく家では絶対に付けることのなかった本物の剣を。
「父さんは?父さんやほかの皆は逃げないの!?」
レオンハルトは父からの餞別を抱え馬車の客室から身を乗り出し父に問いかける。
これから一人になるのではないか、母とは別れ、優しい父も失い、良くしてくれた従者の皆ともお別れなのではないか。そんな不安がレオンハルトを襲い目から涙が零れ落ちる。
「私の愛しい息子よ、お前には特別な力がある。この国を変える大きな力がある。あの邪知暴虐な王を救う力がある。だからこんなところで死なせるわけにはいかないんだ。」
いつもの優しい口調で父はレオンハルトの涙を拭いながら諭す。頬に触れる皮の手袋をした父の手は震えているようにレオンハルトは感じた。
「お前なら大丈夫だ!レオンハルト!!お前は私よりずっと強い!」
そういうと父は馬車のキャビンを勢いよく閉め外側から鍵をかけた。余りの勢いに顔をぶつけ後ろに転げ小さい呻き声をあげたレオンハルトにはそれを止める手段はなくすぐ起き上がるも閉じ込められたキャビンの窓を叩くほかなかった。
「父さん!父さん!僕を一人にしないで!僕も戦える!」
泣きながらの訴え虚しく父は優しい笑みを浮かべると御者台に向かって吠えた。
「クラウス!!私の息子を頼んだぞ!」
それを聞くと御者台の青年は頷いた。レオンハルトは頭がパニックになって気が付いていなかったが馬車には御者がいる。それを思い出すとレオンハルトは御者台を見た。そこに座っていたのは二つ年上で仲が良かった民事貴族ブーフ家のクラウス・ブーフだった。
「クラウス!?どうしてここに!?捕まったって聞いたんだよ!?」
数年前クラウスが罪を犯し捕まったと聞いていたレオンハルトは久しぶりの再会を喜ぶ間もなく問いかけた。
「今はそれどころじゃない、もう行くよ」
そう言うとクラウスは威勢の良い掛け声とともに馬車を走らせた。急な発進にバランスを崩しながらもキャビンの窓から見える父や各々武器を携えた従者たちをみて何もできない守られてばかりの自分にレオンハルトは悔しく思い叫んだ。
11年住んだ屋敷は馬車が森に入り見えなくなろうかという時、炎に包まれた。




