37話
「言ってしまえば、インターンシップみたいなものだよ」
そう言って玲花さんはお茶を飲み干した。
ええと、内容はアバターモデルと配信環境の貸し出し、動画編集や配信の技術的サポート、トーク・企画の指導にSNSの運用の監督とサポート、先輩ライバーをメンターとしたコラボや公式チャンネルでの露出の場の提供がメイン。つまり、おおよそ駆け出しのVTuberが最初に乗り越える壁を突破するためのサポート環境かな。
収益はメインのライバーよりも事務所の取り分が多め(コスト回収のためだと思う)、契約は保護者と行い収益の管理も保護者を通す。原則として学業第一で、テスト期間等は配信禁止。深夜配信も基本的に禁止。成績等に著しい影響が見られた場合は保護者からの申し立てで契約解除することも出来る、と。定期的な面談も予定にはいるらしい。
アバターもLive2Dじゃなくて止め絵だし、制限も多いみたいだけど、かなりいい条件ではないだろうか。それこそ白井さんみたいな子なんて喉から手が出るほど参加したいプログラムだろうし。
「蓮理はちょっと懐疑的みたいだけど、わたしはこのVTuberっていう文化は形態が少し変わっていってもずっと続いていくものだと思ってるし、続けていくつもり。でもね、さっきの話の通り新規参入の壁が高いものになってしまっているのも事実なんだよね。だから、企業が若い人をある程度サポートすることでハードルを下げて、業界の新陳代謝を促したいっていうのが基本的な考えかな。勢いを持てる人が新しく入ってくれれば、いま活動してる子にもいい刺激にもなるしね」
それに、と玲花さんは湯呑におかわりを注ぎながら続けた。
「その子がうちからデビューしてくれれば、また新しいファン層の開拓にも繋がるからね。さっき話に出た成長型のコンテンツとも相性いいと思うし」
「でも、まだ詳細は詰めてないの。特に契約周りはもう少し詰めて顧問弁護士とも突き合わせるから、スタートはもう少し先ね」
やっぱり金銭のやり取りも含む未成年との契約だから、法律のプロも交えてちゃんと検討が必要らしく、年内を目標に募集をかけようという話らしい。
なんというか、渡りに船というか、あまりにもタイミングがよすぎるような気もするけど。
「こういうことを考えたのも愛ちゃんの影響が大きいんだけどね」
「私ですか?」
「うん。愛ちゃんの配信を見てて、若い子にももっとチャンスがあっていいんじゃないかと思い始めたんだ。それに個人VTuberの寿命は8ヶ月、なんて言われてるぐらい活動を続けていくのは難しい。でも、そこにも原石は眠ってると思うんだ。そういう子を発掘して育てていくのも長期的なビジネスとしては有りかなって」
なるほど、色々と考えてるんだなあ。私にはそんなこと思いつきもしなかったから、やっぱり大人って凄いや。
玲花さんはにっこり笑って言った。
「というわけで、愛ちゃんもお友達と一緒に参加してみない?」
★
「はい甘え昇竜ー」
「ああああああ」
盛大にスカした昇竜を狩られて一気に落とされてしまった。くそう、ギャル山さん相手に油断はできぬ……。
ゲーセンでの対戦で火が付いたらしく、夜も通話しながらスト6である。ギャル山さんはスネーク、私は極鬼。スネークは持ちキャラじゃないはずなのに、ちょっとでも甘い動きするとガシガシ狩られる。やっぱ上手いなこの人。なんでマスター止まりなんだろ。
「なんだっけ。ああ、ほほほ、またいつでも挑んでくるがよい、だっけ?」
「いじわるかよ」
しっかりやり返してきたな。根に持ってたんだろうか。格ゲー好きだからプライドとかあったのかもしれない。
自分で言うのもアレだけど、私は大抵のゲームで予備知識なしの初見でもそれなりに上手いことやれるほうだ。それでも、しっかりやり込んでる人には当然勝てないことのほうが多い。格ゲーのときのギャル山さんもその一人。これは純粋に経験値の差なんだろうね。
「やっぱ格ゲーじゃギャル山さんに一歩劣るなあ」
「パッドで張り合ってくるあーちゃんのほうがうちは怖いよ」
だってPCのアケコン高いんだもん……。安いやつだとむしろ使いにくいし。ああでも、VTuber活動するようになってお小遣いも増えたから今なら買ってもいいのかもしれないな。今度見に行こう。
ギャル山さんがキャラ変えてもう一戦、ということになった。今度はスギタか。極鬼との相性は悪くないはず。相手は設置型だから、懐に潜り込んで一気に削ろう。
ラウンドワン、ファイッ!
「しっかし、学生クリエイター支援プログラム、ねえ」
うおお、攻め込めねえー。設置読んで抜けても間合い取られる。ええい、くそ、逃げるなあああ
「で、あーちゃんは参加するの?」
閃空……うっそ、読まれてた!? SAで潰されただとおお
「え、何!?」
「いや、さっきの話のやつ。参加するのかなって。あ、その斬空は甘え」
「ちょおおお」
ヤバい、何やっても潰される。これ相当練習してるな、読みと対策が完璧すぎる。
「えと、あー、うん、参加する、つもっ、りっ」
「ここは投げじゃないよん」
は!? ODアムネジアから前ステ投げじゃなくてジャンプ中K!? うわ、うわ、コンボでライフがもりもり削られてく。
「やっぱりお姉さんのチャンネルだとやりにくかったりするの?」
「そういうっ、わけじゃ、ないけっどおおおおお!?」
画面端に追い込んだはずなのに一瞬で入れ替えられてそのまま落とされた、だと……?
あっけなく1ラウンド取られてしまった。
「めっちゃ練習したでしょアナタ」
「まぁ、うん。持ちキャラ増やしたくってね」
やっぱりか。小器用に何キャラも究めよってからに。ううむ、極鬼は私も得意な方のはずなんだけどなあ。
「まぁ、やりにくいとかはないんだけど、思うところもあるしね」
「ふうん?」
なるべく気にしないようにしてるし、大人たちも目に入らないようにはしてくれてるけど、どうしてもネガティブな意見というのは目に入ってしまうもの。
やっぱり、純粋にお姉の配信が好きな人には私の存在はどうしてもノイズになってしまうようだ。特にゲームのことになると私が無双しちゃう場面も多いからね。それこそ、成長型コンテンツとしてのお姉の配信が好きな人にはあんまり面白くないんだろう。
「で、ギャル山さんはどう?」
「うちはガラじゃないよお」
ギャル山さんも誘ったのだが、ずっとこんな調子である。向いてると思うんだけどなあ。ゲーム上手いし、声も悪くないし。
「私の背中は押したくせにー」
「いやー、あーちゃんはもっと評価されるべきだって、うちはずっと思ってたからさ」
話しながらしれっとトリグラフで波動潰すのやめてくれませんかね。
「ギャル山さんはなんで私の評価が高いのかなあ」
「うーん、うちの人生に影響を与えた人だから、かな」
それはひょっとしてギャルのことだろうか。別にそれに関しては私は何もしてないしなあ。好きな格好をしてただけの私に影山さんが勝手に影響を受けただけだし。
「……うちはさ、同中だし、親がPTAの会長やってたから、あーちゃんの事情もある程度は知ってるんだ」
「……うん」
「だから、あーちゃんがいまいち自信を持てない理由もなんとなく察してるつもり。でもさ、やっぱり自分が憧れた人は世間にも評価されてもらいたいじゃん」
「ギャル山さんの事情じゃん、それ」
「うん、うちのワガママ。でもさ、あーちゃんも楽しんでるっしょ?」
う、それはまあ、そう。思うところは色々あっても、配信が楽しい、ゲームの腕前が多くの人に認められて嬉しいっていうのは本当だ。きっかけは偶然だったけど、ギャル山さんの後押しがなければ、普通にJKやってたんだろう。
つまりギャル山さんがいなければ今の状況はなく、いつぞやのワールドファーストもなく、玲花さんも支援プログラムなんて考えなかったのかもしれない。
「んーじゃあさ、私がもっと配信を楽しむために、ギャル山さんと一緒にやりたい、って言ったら乗ってくれる?」
「う、それズルい」
おっと集中が乱れたかな? そのトリグラフは雑だぞ。ガードして距離詰め、チャンス!
「引っかかったねニチャア」
「なん、だと……」
弱ストリボーグであっさり潰されて距離を取られてしまった……。ええい、また仕切り直しか。
「私の評価どうこう言うなら、ギャル山さんの格ゲーの腕前も評価されていいと思うんだけど」
「いや、うちはそんな自信が……って、ブーメランか、これ」
「そうだね」
ギャル山さんがそうだったように、私も彼女がもっと評価されていいと思ってるからね。今度は状況が逆だ。
「まあ、今すぐ答えが欲しいってわけじゃないから考えてみてよ」
「うん……。でもなあ、来年受験生だしなあ」
「そんな君に耳寄りの情報を教えよう」
「うん?」
「にこぷれには国立大出身が3人いる」
お姉、玲花さん、如月さんが国立大出身だ。結衣子さんも名門女子大出身らしい。
「ほう?」
「つまり、配信にかこつければ受験ノウハウをタダで教えてもらえる」
「前向きに検討させていただきます」
堕ちたな、にちゃあ。我々は進学校生だからね、そういうノウハウはなんぼあってもええですからね。
「で、うちはいっこ気になってんだけど」
「何さ」
「しーちゃんは誘うの?」
うーん、それな。
詩子がVTuberに興味があるとは思えないんだけど、あの子のことだから私たちがやってると知ったら自分も参加したがると思う。
でもなあ、枠にも限りがあるから、いわば身内の事情で一枠埋めてしまうのもなにか違う気もするんだよね。
「とりあえず、こういう活動してるってことは話してみよっか。許可はもらってるから」
「ん、おっけ。いやそのぶっぱ瞬獄はあたらんしょ」
くそう、会話してるときなら集中も乱れてるかと思ったのに……。
結局、その日は大いに負け越して終わったのだった。




