29話
うーん、見渡す限りの人、人、人。
駅からコミケの会場までの道は、この前のプールよりも人口密度が高そうだった。朝イチは物凄い行列らしいのでちょっと時間をおいてきたんだけど、それでもこれか。
これ全員オタクなんだよね……普段あまりこういう人には遭遇しないんだけど、彼らはどこに潜んでいるんだろうか。
偏見かもしれないけど意外と皆オシャレというか、バンダナ!ネルシャツ!ジーパン!みたいな「いかにも」って人は案外少ない感じがするので、オタクが特異な人種という時代は過ぎ去ったのかもしれない。黒が多めだけど、まぁ許容範囲内。
今日は少し曇り空で直射日光こそないけど、暑いことは暑い。会場内外のコンビニは買い物ってレベルじゃねーぞな具合に混んでたし、飲み物と塩タブレットを多めに持ってきて正解だったかな。
どうにかこうにか会場入りすると、大きいバッグを抱えた人、人、人でごった返していた。あれ中身は全部薄い本とかグッズなのかなあ。キャラクターがデカデカとプリントされたバッグも多い。あとVTuberのイラストも目立つ。多いのはうさぎの人とか、海賊の人とかのやつ。やっぱり大手が強いのかな。その辺をリサーチするのも今日の目的だけど、まずは無事に原稿が間に合った花ちゃんに挨拶しにいこうかな。場所は聞いてあるので、電子カタログで場所を確認。明確にジャンル分けはされてないけど、やっぱりこのエリアがBLエリアなんだろうか。
まぁ、そんなにBLに興味があるかと言われると微妙なんだけどね。否定もしないけど積極的に読みはしない感じ。
ちなみに、今日は絶賛ソロボッチである。お盆だしね、みんな帰省だの旅行だのコミケ興味ないとかで捕まらなかった。お姉は仕事、ギャル山さんは北陸の方に旅行に行ってるみたいだし、しーちゃんは母方のお祖母さんのところに帰省しているらしい。お祖母さんが飼っているボーダーコリーと一緒に写ってる画像が送られてきた。黒白のかわいい子だ。私は猫派だけど犬もかわいいよね。全身で好意を示すストレートな愛情表現は猫にはない魅力がある。
しかしこの画像、イラストに起こせばそのままマンガやラノベの表紙とかに使えそうだな。しーちゃんも白地に花がらのワンピースとつば広のストローハットでヒロイン感マシマシだし。
★
やたら多い通路とエスカレーターと格闘しながらどうにかこうにか目的エリアに着いた。もうこの時点でかなり疲れたな……。途中で親切な人が教えてくれなかったら途方に暮れてたかもしれない。
サークル番号は聞いていたので、カタログと照らし合わせる。えーっと、あの辺かな。
花ちゃんはサークルの友人たちと合同でアンソロ本を出しているらしい。各自の小説や作品の解説、萌えポイントを綴ったエッセイなんかの寄せ集め本なんだって。同人誌のことはよく知らないんだけど、そういうのは需要あるんだろうか。売るためのビジネスってわけじゃないからいいのかな。
しかしここもすごい熱気だなあ。通路はそれなりに広めなんだけど、大きなバッグや紙袋を抱えた人でごった返してるし、ポップやポスターで飾られたデスクには同人誌らしい本が並べられていて、売り子の人たちがお客さん(参加者って言うんだっけ?)に声をかけている。壁際のサークルと思わしきところには長蛇の列。
他のエリアと違うところはどっちを見てもイケメン、イケメン、イケメンなところだけど。あとあっちの学ランぽいコスプレしてる二人組、男性かと思ったけどよく見ると女性二人組だ。パっと見はBLなのに中身は女子同士、脳がバグりそう。こういう場所でギャル服は目立つかなと思ったけど、案外そうでもなさそうだね。
人混みの隙間を縫いつつ、ようやく花ちゃんのブースにたどり着いた。店番(?)は花ちゃんひとりか。他の子は交代でどこかに行ってるのかな。
「花ちゃんおはよー」
「愛ちゃんおはよう。来てくれてありがとね」
「いやいや。儲かってる?」
「儲かってはいないかな」
花ちゃんは苦笑した。
こういう本はやっぱりあまり手に取ってもらえないらしい。まぁ、活字って読むのにも面白さを理解するのにも時間かかるもんね。見てすぐ良さがわかるイラストやマンガに比べれば売れ行きは悪いそうな。
「まぁ、10冊手にとってもらえたらいいほうかな」
「そんなにかぁ。では売上に貢献して進ぜよう。1冊ください」
「ありがたやー」
拝むな拝むな。隣のブースのお姉さん(めっちゃ美人)にクスクスと笑われていてちょっと恥ずかしい。
「ときにお代官様、ひとつ良いお話があるんですが」
「ほう? 申してみよ」
「こちらに用意しましたるこのスケッチブック、こちらにイラストを提供していただければ1冊無料で進呈いたしたく」
ほーん? スケッチブックをめくってみると、既に何枚かイラストが描かれていた。上手いけどサインペン一発書きか、これ。あ、コピックもある? 用意いいな。
「それでいいならいいよ。スザ、ルルどっち?」
「…………………………………………………………ルル様で!」
凄い迷ったな。
デスクの端っこを借りてサラサラと描く。お客さんが殆どいないので邪魔になる心配をしなくていいのは喜ばしいのか悲しいのか。
アナログでちゃんと描くのは久々だけど、やっぱり楽しいね。最近は自分のキャラ絵をちゃんと描くために色々練習したのでお絵かきのカンは大分戻ってきてる。
まぁ線画もないサインペン描きだから出来る表現は限られてるんだけど、せっかくなのでちゃんと喜んでもらえるものを描こう。表情もメロくして、バストアップだから手の動きで表情をつけてと。
……描き終わったら1時間ぐらい経ってた。結構集中してたらしい。
「出来たよ」
「ありがとう!…うわ、すご」
そうだろうそうだろう。アナログで描くのが結構楽しくてつい興が乗ってしまった。その分いいものになってると思う。
「これちょっと、うちの本と交換なの申し訳ないレベルなんだけど…」
「いいよいいよ、楽しかったしね」
というか、コピックで色塗りするのが楽しく、童心に帰ったように夢中になってしまった。自分用に一式揃えようかな。
「じゃあこれ、なんか申し訳ないけど」
「ありがと。お金ほんとに大丈夫?」
「赤字は元から確定してるから」
そんなもんなのか。
赤字だったりお客さんがあまり来なくても、それでもこうやって自分なりの創作をカタチにするのは、それだけ作品に対して熱心だったり活動が楽しいからなんだろうね。そう考えるとVTuberとおんなじか。なんか花ちゃんが身近に感じられるな。
一緒に回ろうかとも思ったけど、もうしばらく店番らしいので断念。軽く休憩してから他を見に行こうかなと思ったら、隣のブースのお姉さんに声をかけられた。
「あの、よかったら私のスケブもお願いできませんか?」
「え? あ、はい。いいですよ」
ちょっとびっくりした。絵を見て気に入ってくれたのかな。なんか嬉しいね。
急ぐ用事でもないし、1件ぐらいならいいか。
「何にしましょう?」
「先生お願いできますか」
先生? あー、はいはい、あの人ね。
「髪と目隠しどうします?」
「目隠しなしで、髪は下ろしてもらえますか」
「はーい」
実はあんまりこのキャラについては詳しくないのだけどね。
お姉さんはサインペンと鉛筆しか持ってなかったけど、花ちゃんが快くコピックを貸してくれた。というか、普通に見たがってるな、これ。
スマホで参考画像をいくつか見繕って、と。さーて描くぞー。
……またしばらく集中してた。1時間経ってないぐらいかな。お腹空いたな。
キャラの解像度が低いせいか、なんだかぼんやりした構図になっちゃった気もするけど、まぁまぁ、まぁまぁまぁ、それなりに良く描けたのではなかろうか。
「出来ました」
「ありがとうございます! わ、凄い」
めっちゃ喜んでくれた。美人なので笑顔の破壊力が凄い。これだけで自分も得した気分になれるんだから、美人のパワー凄いな。
「あのこれ、うちの新刊ですけど、よかったら」
「ご丁寧にありがとうございます」
いただいてしまった。お姉さんの本も小説らしい。シンプルだけど綺麗なデザインの表紙だ。
さて、お腹も空いたしどこかで休憩しようかなあ。休憩所があるらしいので、そっちに行ってみるか。
★
BLエリアを抜けたら一気に男性の参加者が増えた。臭いとまでは言わないけど体臭がすごい。マスク持ってきててよかった…。
お腹が空いたので何か食べようかと思ったけど、カフェやレストランは行列、コンビニは更に輪をかけて行列。現地で食事は難しいとは聞いていたけどここまでとは、ちょっと甘く見てたかなあ。カロリーバーでも持ってくればよかった。
屋台ならなんとか買えたので、ホットドッグとコーヒーを買ってラッキーなことに空いていたベンチに座る。あぁ疲れた。
さて、食べながらもらった本を読んでみようかな。花ちゃんのは家でじっくり読むとして、お姉さんにもらったやつにしよう。こっちも小説みたいだから斜め読みになっちゃいそうだけど。お題はさっきリクエストされた、先生が出てくる呪いのやつか。
……ほう。ふむ……。あーなるほど……。ほうほう……。え、これそういう。あ、じゃあさっきのあそこもひょっとして……? お、おぉ、こんなことまで。え、あ、そうくるのか。うわ、あれ伏線だったの? あ、この隠喩ってそういうこと……? うわ、うわ、じゃあこれも……? あっあっあっ……
……ホットドッグとコーヒーのゴミを手持ちの袋に入れ、本を丁寧にバックにしまって立ち上がる。
行き交う人々の中をかき分け、早足で歩く。順路は頭に入っているのでもう迷うことはない。疲れもどこかに消えた。
目的地に着いた。
……よかった、お姉さんはまだ撤収していなかった。
「すみません」
「あら? さっきの……もしかして、お渡しした本に何かありました?」
「いえ」
私はデスクの上に並べられている本を指差した。
「既刊、全部1冊ずつください」
「……はい、ありがとうございます」
お姉さんは大変イイ笑顔で頷いた。大輪の花、といった表現がぴったりなほど素敵な笑顔なのに、どこか某主人公の計画通りの顔が重なるのは気のせいだろうか。
ふと視線を感じる。隣のブースの花ちゃんがラフレシアのようなネッチャリとした笑顔でこちらを見ていた。
ちゃうねん。
お姉さんの小説の、大小様々な伏線を張った巧みな構成力とか、隠喩やモチーフを多用してるのにポエムにならずちゃんとイメージが浮かぶ文章力とか、あんまり知らないキャラなのに息遣いまで聞こえるような表現力とか、そういう小説力的なものに魅力を感じたのであって、BLに興味が湧いたわけじゃないんだよ、うん。ほんとほんと。
え、Webには本に収録されてないエピソードもある? もうちょっと踏み込んだ表現もある?
……えっと、じゃあ、参考までに……。




