25話
人生初のレコーディングというものをしてきた。歌ってみた動画のやつね。
てっきり自宅で録音するのかと思ってたけど、にこぷれが契約してるスタジオがあるらしいのでそこでやることになったのだ。
なんでも玲花さんの親族が経営してるスタジオのひとつだそうで。どんだけ手広くやってるんだ。
収録ブースでヘッドホンをつけ、我高級品也と全力で主張するコンデンサーマイクの前に立つと流石に緊張した。
こういうのって音響ディレクター? みたいな人がいて、「歌ナメてんのかテメェ!」みたいな罵声と厳しい指導のもとに涙を堪えながら収録する、みたいな勝手なイメージがあったんだけど、当然ながらそんなことはなく。
機材も自分たちでセットアップ(スタッフさんがやってくれたけど)だし、収録もとりあえず1回通しで歌って(デュエットだからお姉と同時に歌うのかと思ってたけど別々だった)玲花さんやお姉、あと自分とスタッフさんたちで確認し、直すところがあればそこだけリテイク、みたいなのを延々繰り返す感じ。
最初は緊張して声も全然出せなかったし、スタジオが使えるのがお昼までという時間制限もある中で上手く気持ちを乗せられなくて、何度もほぼ全部録り直しになった。迷惑かけっぱなしだ。
どうにかこうにか収録を終えて解散となり、今は玲花さんとお姉と一緒に近場のカフェでお昼をとっている。お昼時だけあって店内はそれなりに混み合っている。よく考えたら休みなのは学生だけで、社会人にとっては普通に平日なんだよな。
木材を上手く取り入れた落ち着いた雰囲気のお店で、うるさすぎない絶妙なバランスで観葉植物やちょっとした小物なんかが配置されてて華やかだ。こういうとこでランチ取れたら午後からのお仕事とかも頑張れるのかもしれない。お値段は頑張れそうにないけど…。
グリルチキンとレモンの冷製ジェノベーゼパスタにツナサラダと枝豆のポタージュ、食後のコーヒーとデザートに自家製ミニプリンがついてお値段1800円也。
うーん、微妙にお高い。
でもお高いだけあって美味しい。全体としてさっぱり目の味付けなのに、食べた後はしっかりと満足感があるというか。こういうのはお店ならではの味付けだなあ。
いや、そんなに特別な材料は使ってなさそうだから家でも作れるか…? パスタは多分いける気がする。
グリルチキンをサラダチキンに変えるとヘルシーでいいかも。そのぶんパスタに下味が欲しいから、茹でるときの塩を多めにして…ソースはバジルとレモンとニンニクと……
「あ、愛ちゃん?」
「え?」
「また百面相してるけど、どうしたの?」
「あー」
しまった、考え事に没頭すると百面相してしまう悪癖、またやってしまったか。みっともないとは思うんだけど、無意識にやっちゃうみたいだからどうしようもない。
「さっきのパスタを家で作るならどうやればいいかなと考えてました」
「へぇ……そんなことできるの?」
「お店の味をそのまま再現とかは無理ですけど、家庭用にアレンジしたのならいけると思いますよ」
「すごーい。わたしも愛ちゃんにお料理教えてもらおうかなあ」
「玲花、キッチンに立つつもりなら出禁にするからね」
「なんで!?」
「あの惨劇を忘れたとは言わせない」
「くっ……反論できぬ……」
……以前あったらしい大惨事お料理配信の件だろうか。
うーん、料理なんてそこまで難しい技術じゃないと思うんだけど、どうやったらそんな大惨事になるのか逆に見てみたくもなるなあ。
あ、でも後片付けのことを考えるとやっぱりいいや。
話題を変えよう、うん。
「今日の音源ってどのぐらいで動画になるんですか?」
「え? あぁ。えっと、これから諸々の作業者と打ち合わせするけど、大体2、3週間ぐらいかな」
意外に早い……の、かな?
「もっとこう、2、3ヶ月ぐらいかかるのかと思ってました」
「流石にそれはかかりすぎかなぁ」
玲花さんは苦笑した。
「生臭い話になるけど、歌ってみた動画ってお金にならないからね。2、3ヶ月もかかっちゃうとコストオーバーかな」
「え、そうなんですか?」
動画でも再生数とかで収益になるんじゃなかったっけ。
「音楽関連は著作権者に収益が入るようになってるからね」
「あ、なるほど」
曲も著作物だからそっちに還元されるのか。あれ、じゃあなんで歌ってみた動画を出すんだろう。
「うちはね、2期生からなんだけど、デビューと一緒に歌ってみた動画出すことにしてるんだ。一種のイメージ戦略だね。歌って感覚でイメージが伝わるから、リスナーさんにこのタレントがどういう子なのか直感的に理解してもらいやすいんだ」
「あたしもV系の動画を出したら、そっちが好きな子が興味を持ってくれたしね」
「うん。だから最初の動画はにこぷれのほうで費用を持つことにしてるの。デビューサポートの一種ってことでね」
2回目からは自前だけどね、と玲花さんは付け加えた。
「愛ちゃんの場合は歌が先だったけどね。カラオケの反響が凄く良かったから面白そうかなって」
「面白そう」
「そ、面白そう。愛ちゃんって、今までのわたしたちがやってきたことの型を破ってくれるから、付き合ってて面白いし、知見も増えて助かるんだよね」
「さらっと凄いことするからね、この子は」
「そうかなあ……」
極めて常識的なことしかしてないと思うんだけどなあ。
あ、プリンおいちい…
★
帰ってなんとなくネットを眺めてたらコミケの話題を見かけた。
たしかお盆あたりにやるんだっけ?
興味はそれなりにあったけど参加したことはないんだよね。そこまでオタクってわけでもないし。
ただ、今年は自分もVTuverとして多少なりともそっちの世界に足を突っ込むんだし、こういうのもチェックしといたほうがいいんだろうか。ジャンルとしてVTuberもあるみたいだし。どんなライバーが人気があるのか実地で見ておくのもいいかもしれない。
うちはお盆に実家に帰省とかないから参加自体は普通に出来るし。
……実家か。お祖父さんとかお婆さんとかどうしてるんだろうか。最後にあったのは3年前、かな?
正直、父方も母方もあまり感じのいい人たちではなかったので、別に会いたいわけではないんだけど。なんというか、威圧的と言うか、あからさまに見下してくる感じというか。母方の実家はいわゆる地元の名士らしく、親族も含めて余計にそういう嫌な感じがして、子供の頃からあの家にいくのは苦手だったと思う。
父方は普通のご家庭みたいだったけど、あっちは私と会うの微妙だろうし、義理もないからなあ。こっちの家もなんかやたらエリート意識みたいなのが強くて苦手だった覚えあるし。
母方の方は最後にあった時に随分と謝られたし、毎年の正月はお年玉としてそれなりの額が振り込まれてるとは聞いてるけど、手を付けたことは一度もない。
お金に罪はないけど、気分的にいいものではないからね。
まぁ、二度と会うこともない人たちのことなんてどうでもいいか。もっと楽しいことを考えよう。
今年の夏はやたらイベントが多いから、計画的に考えなきゃだ。
で、コミケの話に戻って。
オタクと言えば花ちゃんのグループだけど、彼女たちは参加するのかな。RINEで聞いてみよう。
【はなちゃーん】
【何!?】
おおう、余裕なさそうだな。忙しいんだろうか。
【ごめん、忙しかった?】
【あーごめん、原稿追い込みで余裕なかった】
【それってコミケのやつ?】
【そうそう。興味ある?】
【興味っていうか行ってみようかなって】
【おお! 原稿間に合ったらうちらも参加するから声かけてね!】
【うい、原稿がんばー】
【ありがと!】
うちらってことはクラスのグループで本を出すんだろうか。それとも外部のサークルか、個人?
まぁ会った時に聞けばいいか。今は邪魔しちゃ悪いだろうし。
花ちゃんは十中八九BLだろうから、えっと二日目だっけ?
三日目はエロありらしいので参加しないほうがいいかな。初日と二日目だけにしようかな。




