22話
「皆さん、わかりますか。今の私の気持ちが」
『どしたんとーこ姉』
『話聞こか?』
『てかRINEやってる?』
『納豆にはネギ入れる方?』
「らむの! あれの後に歌う私の気持ちが!わかるのかと! 言いたい!」
『草』
『これは仕方ない』
『桃崎は大変なものを盗んでいきました』
『我々の腹筋です』
『どんまい』
うん、桃崎さんのカラオケならぬライブは凄かった、いろんな意味で。
あの後もう一曲GAMプロを歌い、ボルテージが最高潮になったところでの、〆の4曲目でやりやがった。このままの勢いでアツく〆るのか、それとも一転してエモエモなバラードで…と思ったら、まさかのサンバ。有名な俳優さんのアレね。それを、あのエグい歌唱力で歌ったのである。
コメントの感じだとリスナーさんは大ウケだったみたいだけど、スタジオの我々はなんとも反応に困るビミョーな空気になりましたよと。
ま、まぁそれはともかく、桃崎さんは絶対何らかの訓練を受けたプロだな、うん。
そのスタジオとリスナーさんとのビミョーな温度差のまま、次のバトンを渡されたの如月燈子さんのプレッシャーたるやお察しである。
「一緒にうたってやろーかー? とーこ」
「はいそこ、うるさい。戦犯は黙ってなさい」
「うはは、気楽にやんなー」
「まったくもう…」
如月さんは軽くため息をついたけど、そこで気持ちを切り替えたのか、明るい表情になった。
「ま、引きずってても仕方ないか。じゃあいきますよ! 私の歌を聴けぇ!」
『わーわーわー』
『いったれとーこ姉』
『競うなッ! 持ち味を生かせッ』
『雄二郎もよう見とる』
流行ってるんだろうか、7のそれ。
★
席を外してトイレに入ると、桃崎さんとばったり会った。
「おつかれー妹ちゃん」
「お疲れ様です」
なんだろ、気まずいわけじゃないんだけど、なんかさっきの空気引きずってる感あるな。
そんな私の空気を察したのか、桃崎さんはニヤっと笑って話しかけてきた。
「そいえばあたいの歌聴いたの初めてよな? どだった?」
「4曲目以外は最高でした。鳥肌立ちました」
「4曲目はビミョーだったか」
にゃはは、と桃崎さんは笑った。
「なんでアレだったんです?」
「名曲だるォ? 年末のアレにも出たしコラボカフェとかも大盛況なんだぜ?」
「それは知ってますけど…GAMかバラードでもやって綺麗にバトン渡すのかと思ってました」
「真面目だねェキミは」
うはは、と笑った後、桃崎さんはふっと真面目な顔になった。
あ、こういう表情だと凄い大人に見える……いや大人なんだけど。
「ウチの連中も基本、全員マジメだからねェ。特にとーこは」
「そう、かもしれません」
まだ付き合いが浅い人はよく分からないけども。でも、言われてみればそんな気もする。お姉も真面目な人だし。
見た目の印象で言うなら、如月さんなんていかにも真面目でお硬そうだもんね(昼間から呑んでたけど)。
「だからさ、誰かが道化になって肩のチカラ抜かせてやらにゃならんのよ。そうでないとあたいらが楽しめないし、そしたらリスナーも楽しめねっしょ? んで、この箱でその役目を担うのはあたいなのさ」
「な、なるほど……」
そんなに深く考えてたんだ。勉強になる。じゃあこの前昼間から飲酒配信してたのもそれが理由で…?
やっぱりこの人凄い人なのでは…?
「……なーんてな、それっぽい理由に聞こえん?」
「えっ」
「うはは、難しいこと考えねーで楽しめよ若者」
桃崎さんは手をひらひら振りながらスタジオに戻っていった。
読めない人だなあ…。
ただ、さっきの表情は嘘や誤魔化しを言ってるものではなかったと思う。
あと手は洗ったほうがいいと思いますよ…?
トイレから戻ると如月さんが熱唱してて、桃崎さんが合いの手や茶々を入れて盛り上がっていた。
その表情はいたずらっ子みたいだけど、眼差しはどこか優しそうに見えた。
★
持ち時間は1人30分だけど、8人もいれば結構な時間になる。
長時間やってると同接も少しづつ落ちていくのかな、と思ってたけど全くそんなことはなかったというか、むしろ回を追うごとに増えてるみたいだ。
開会式のときは2000人ぐらいだったのが、7人目のお姉の時は5000人ぐらいになっている。
まぁ開会式から見る人は箱推しの人だろうし、そもそも爆速で終わったので比べるべくもないのかもしれないけども。
みんな好きな曲を歌っているように見えるし、リスナーさんも意識はしてないのだろうけど、裏ではレオナさんやスタッフさんたちがタブレットで配信をチェックしつつ、リアルタイムで進行やセットリストの調整をしてるみたい。桃崎さんはトップバッターだから、盛り上がりさえすれば好きにやってよかったそうだ。
コメントが盛り上がるようなら同じ系統の曲を連続させたり、逆にピークを見計らって少し落ち着いた曲に変更指示をしたり、MCタイムを挟んだり。曲を準備してるスタッフさんも配信に遅れや滞りがないように操作してるし。
ライバーさん達も指示を受けて逐次調整しつつ、滞ることなくきっちり持ち時間内に収めてる。それでいて、本人たちもしっかり楽しんで歌ったりトークしているのも確かで、リスナーさんにもそれは伝わってるみたいだ。
全員、流石プロって感じだね。
エンタメも、こうやって裏側で働いてる人がいるから楽しいものになるんだな。
〆となる8人目のレオナさんは、それまで裏方作業で盛り上がれなかった分の鬱憤を晴らすかのような盛り上がるアニソン祭だった。
大トリだから楽しく激しめの曲で締めようっていう意図もあったのかもしれないけど、セトリは100%本人の好みだなこれ。
「はい、長かったカラオケ大会もいよいよラストの曲です!」
『もう終わりか』
『体感5分』
『セトリ神すぎてずっと聴いてられたわ』
『同接エグいな。過去イチ多くね?』
『この箱でこんな数字出るのも珍しい』
『質からすれば順当ではある』
「たくさん来てくれてありがとうね! じゃあラストはやっぱりこれ! わたしの歌を聴けぇ!」
お、ノーザンブレイズだ。私も好きな曲だな。
というか、やっぱり流行ってるんですか、それ。
★
「じゃあここからは閉会式となります! 長時間付き合ってくれてありがとう! 楽しんでもらえたかな?」
『楽しかったー』
『みんな良かったで』
『最後まで楽しく見れたよー』
『もう4時間以上経ってたのか』
『余韻がすごい』
『初見だけど楽しかったです!』
『祭りも終わりか』
「まだ終わらないよ! 最後に告知いきます! まずはこれ!」
デデン、というSEとともに画面にグッズが映し出される。
「夏グッズ! 出ます!」
「今年は浴衣祭だぜー。あたいも清楚! かわいい!」
まずは8人全員の浴衣姿のアクリルスタンドだね。お値段1000円ちょっとでお手頃だ。
いつもよりも大人っぽいというか、しっとりした色気のある雰囲気のイラストに仕上がってる。
……後で紫上さんのを予約しておこう。
「次はチェキ風カードと缶バッジですね。お写真は全て天地雪さんの描き下ろしとなっています」
「うーん皆かわいいね。後で個人的に買おう」
この辺は定番だね。他にロゴ入り日傘(ロゴの主張控えめで普段遣い出来そうなタイプ)とかあるのがこの箱らしい。
「で、最後に、ちょっとしたビッグなお知らせがあります!」
う、いよいよ出番か。なんか緊張してきた。
歓迎されるだろうかとか、受け入れられなかったらどうしよう、とかマイナスな考えが浮かんでくる。
『おん?』
『ちょっとしたのかビッグなのかどっちw』
『なんかあったか?』
『来月の告知?』
『祭りはまだ終わらん』
「じゃあいくね! でででででででで…」
いやドラムロールは口で言うんかい。微妙に舌が回ってないのがかわいいな。
「ででどん! はい注目!」
う、ほんとに貼られた。この前のSDイラストと、普通の立ち絵のシルエットだね。
うわ、SDとはいえ、さっきのグッズのイラストと比べるとクオリティ差エグい。
頑張って手直ししたけど、やっぱプロのイラストレーターさんは凄いな。
『ほう』
『これはこれは』
『ん? 4期生?』
『妹ちゃんかね』
「はい、レンの妹ちゃんこと緋影アイちゃん。正式ににこぷれの仲間としてお迎えすることになりました! はい、挨拶どうぞ」
う、緊張する。
体がちょっと震えて、喉が締まって上手く声が出せない。
いつかの私を否定するコメントが頭をよぎる。
「あ、その、えっと」
やば、声震えてる。
胸がキュッとなって、視界の淵が真っ黒になる。
セリフ、セリフ。ちゃんと考えてきたのに、真っ白に飛んじゃってる。
『がんばれ』
『がんばれー』
『がんばって!』
『リラックスリラックス』
『まぁ緊張するよね』
『わいもいまだに会議で声震えるから気持ちわかる』
『深呼吸しよ』
『ひっひっふー』
あ…。
ちょっと肩の力が抜けた。そうしたら視界も広くなった。皆、ライバーさんやスタッフさんもあったかい目で見守ってくれてる。
お姉が側に来て、手を握ってくれた。
…うん、大丈夫だ。
「はじめまして。緋影レンの妹あらため、アイです。…今まで、中途半端な形で割り込み続けて不快な思いをされた方もいるかと思います。これからにこぷれの仲間として、みなさんと一緒に楽しいことをしてきたいと思ってるので、応援していただけたら嬉しいです」
う、ちょっと早口だったかな。どもってはいないはずだけど、聞き取りづらくなかっただろうか。
『888888888』
『88888』
『応援するで』
『ちゃんと認めてもらえてよかったね』
『いらっしゃい』
周りの皆も、コメントも暖かく拍手してくれるのを見て、ようやく緊張が解れた。
よかった…。
その後、レオナさんとお姉から私の扱いやお披露目配信に関する説明があり、全員で締めの挨拶をしてからカラオケ大会は終わった。
あ、順位は如月橙子さんが1位だった。本人は「らむに譲ってもらったみたいなもの」って苦笑してたけどね。




