いざ!蛍村へ!
翌日の部室。
瑛斗はみんなに頭を下げた。
「色々ご迷惑をおかけしました。隠し事も多くて、みんなを心配させてしまったのを申し訳なく思います。本当にごめんなさい」
そう深刻そうに頭を下げる瑛斗を見て、杏樹は笑った。
「もう大丈夫よ。気にしないでね」
きっと色々思うことはあるけれど、そう笑い飛ばした。
昨日のことは昨日のことだと、蓋することも難しいと知りながらも、割り切るように。
「まあ瑛斗ちゃんの壮絶な人生、簡単に話すには無理のある話だしな。いいんだよ。俺らだって隠し事してたわけだし。少しずつ時間を重ねて変わってくもんだ」
レオがそうフォローした。そして瑛斗は続ける。
「これまでのこと、これからのこと、伝えたいです」
瑛斗はみんなに話した。幸心が話してくれたことに加えて、これからは誇りあるマジシャンになり、再びライバルのリエルと肩を並べ、一流の舞台で戦えるようになるための鍛錬を積むこと、そしてその師こそが陽の父親、六嶋日向であること。
そんな話をしていたら、陽が隣で笑った。
「まあ、あの人、師匠って言えるほどのものじゃないだろうけどね」
「いやいや。お父さんは凄い人だったよ。昔目の前で見たマジックが、目に焼き付いて離れないんだ」
それを聞いて、琴葉もキリリとした目を向ける。
「よし!それじゃ私達はお客さんとしての目を光らせてタネを見破れる訓練をしないとね。瑛斗くんを成長させるためには私達も観客技術を鍛えなきゃ!」
「琴葉さん…」
続いて風花も微笑む。
「そうですね!私達も精一杯瑛斗くんのサポートしなきゃ!だって私達、交流部なんだし!」
それを聞いて、幸心も喜ぶ。
「皆さん!ありがとうございます!よかったね、お兄ちゃん」
「うん!本当に嬉しいです!」
そして、ずっと静かだったるりに瑛斗は目を向ける。
「るり。よかったら一緒に楽しんでほしい。俺はるりと違って、タネも仕掛けもあるトリックの使い手だからさ、魔法使いのるりの目線もほしいんだ」
「魔力と魔法を一緒にするな、一民よ…。我が暗黒の前に歯は立たぬ」
そう言いつつも、
「ま、まあ、そなたが求めるのであれば、我が魔力を一時的に開放しても良い…ぞ…」
「あははっ、ありがと。色々心配かけてごめんね。るりが色々行動に起こそうとしてたこと聞いて嬉しかった」
瑛斗がそう笑うと、るりは顔を赤くした。
それを見て、レオの頬が緩む。
(ホタルちゃんって分かりやすい性格してんなぁ)
そう心に留めて、息を吐く。
すると、随分とご無沙汰な人物が扉を開けた。
「皆さんこんにちは」
彼が現れると一気に皆が警戒モードに入る。
「何の用?私達はあなたに用なんてないんだけど」
杏樹の強気な言葉に、その彼は驚く。
「おやおや、以前来た時よりも随分と賑やかになっていますね。それに近浦さん、あなたもそう言えば元交流部員でしたね。復帰なされたのですか」
「アンタが部活しっちゃかめっちゃっかしようとしてたことなんて、琴葉とレオから聞いたんだけど?」
「人聞きの悪い言い方をしますね」
その彼…生徒会長の李川才馬はメガネをカチャリと動かす。
「活動内容として適切な役割を学校内で行われているかというと物足りない点が多いですが、まあこれほど部員を集められていることですし、城島先生もあなた方に協力的なので見逃しているといったところですよ」
「ムッカつくー!先輩だけど手を出しちゃダメかな…」
陽が怒りを見せ、瑛斗と風花はまあまあとなだめる。
「それはいいとして、今回は依頼が舞い込んだので情報共有をしようかと」
「情報共有…?」
琴葉が首を傾げると、勢いよく扉を開けようとするも、立て付けが悪く開かなかった扉に顔面を強打させている城島先生がフラフラしながら部室に入ってきた。
「いったぁっ!本当にここの扉、ガチャガチャ言うんだから」
「城島先生!大丈夫ですか!?」
風花が呼ぶと、先ほどまでのドジな彼女がなかったかのようにむりやりキリリとした表情をする。
「だ、大丈夫、大丈夫…この通り!」
瑛斗は不安そうな顔で、
「心配なんですが…それで先生、どうされたんですか?」
「ふっふっふっ。そう!ズバリ!今週末の、蛍村のイベントに向かってほしいのです!」
その言葉に対して、風花が疑問符を浮かべる。
「蛍村?」
「そう。これ見て」
城島先生がチラシをみんなに見せた。そこに記載されていたのは、
「あー!これ、毎年開催されてる、あきる野市のイベントだ!」
陽が反応すると、それに杏樹が返す。
「あきる野か。ちょっとだけ遠いね」
「でもどうしてこのイベントに我々が?」
琴葉がそう返すと、城島先生は、
「実はこれ伝統的に開催されてる行事みたいでね、人手不足みたいで当日のスタッフを募集しているみたいなんだけど、運営会社さんとしても民間で業務委託するには少し大変みたいなの。そこで協力してくれる学生が欲しいということで、運営会社と連携を取ってる私の知り合いを通じてここに話が舞い込んできたわけ」
「なーるほど」
瑛斗が理解を示すと、才馬が尊大な態度で、
「ええ。まああなた方に頼るまでもなく生徒会で受け寄ろうとも思いましたが、生徒会もそれほど暇ではありませんし、せっかくなのであなた方に仕事をおすそ分けしておこうかと。城島先生の善意ですので」
その態度に、幸心は強く言う。
「先輩なのでお言葉を刺して失礼ですが、そう言った態度で接するのはよくないとご自身でお考えになったほうがよろしいかと。我々より歳上なんですから」
それを聞いて陽と風花がパチパチと拍手し、才馬は戸惑う。そこにレオが入り、
「ま、会長さんよ、ここすけちゃんの言うとおりではあるぜ。まあ仕事を持ってきてくれたことは感謝するよ。ありがとさん」
幸心の強い言葉に、一瞬怯んだ才馬は、中和してくれたレオの空気に合わせながら、
「はあ…。あなた方も面倒な方ですね。まあ応援はしていますよ。では」
そう言って才馬が去ると杏樹は、
「なんなのほんと!昔からアイツってあーなんだから。久々に会ってみても相変わらずね。にしてもここちゃん、さっすがー!」
「いえいえ、何だか私もムシャクシャしてしまいました」
すると瑛斗は首を傾げ、
「杏ちゃんと才馬さんはどういう関係なんですか?」
それに対し、琴葉が答える。
「杏樹と才馬は2年のとき同じクラスよ。ついでに私もだけど」
城島先生は苦い顔をしながら、
「まああれでも交流部のみんなの輪に入りたいのよ。上手く言葉にはできてないけどね。わざわざ生徒会の仕事の一部を放ってまでここに来てるし」
それを聞き風花はため息をつく。
「それならそうと言えばいいのに…」
城島先生は続けて、
「ではでは琴葉ちゃん、この任務、部活として引き受けてくれますか?」
「ええ、もちろん構いませんが、イベントには何名の部員を連れていけば?」
「学校側からは私を含めて3名で良いって言われてるのよね。そうなると、2名かな?」
するとレオが勢いよく手を挙げ、
「俺行きまーす」
それに対して陽が、
「何でレオ先輩?最近率先して行きたがらなかったじゃないですか」
「それは適材適所ってやつ。お前さん達で行ったほうがいい場面もあるし、それに俺、模試終わって落ち着いたし。久々に活動したいわけよ」
それを聞いて琴葉の顔が曇る。
「あなたそんなこと言ってるけど、きちんと復習もしなさいよ?模試の後は次の模試の為の傾向と対策。それにもう夏休みに入るんだから明けのテスト対策もしなきゃ」
「わーかった、わーかったって。お堅いですねぇ相変わらず〜。それに俺、交流部に戻ってからほとんど何もしてないじゃん?」
「はいはい、今回はあなたね」
一人目がレオに決まると、城島先生は、
「じゃあもうひとりね。誰にする…?」
皆がうーんと考えこんでいる中、幸心が先ほどから随分と静かな人物に尋ねる。
「るりちゃんはどうしたい?」
その言葉を聞き、皆がるりの方へ注目を集めると、るりは黒いマントをし、皆へ背を向けてしゃがみ、ひとり魔法陣を書きながら薄気味悪い笑顔を浮かべていた。
「蛍村…ホタル…戦士ホタル…フッフッフッ」
その姿にみんなが苦笑いをしつつ、幸心が言う。
「どうやら、行く気満々みたいです」
それを聞いて城島先生も戸惑いながら、
「あ、はいはい…」
*******
その日の帰り。
夕暮れの中庭のベンチに、瑛斗は一人いた。
「るりとレオさん…異色すぎて大丈夫かな…」
珍しい組み合わせに期待と不安が半々になる。それだけ気付けば自分の身体は誰かの為に敏感であると同時に自覚する。
「隠蔽兄貴が何でこんなところにいるんだ。六嶋と帰らないのかよ。同じ社宅だろ」
後ろから虎之介に話しかけられた。瑛斗はすぐに彼だと分かり返す。
「英語の宿題終わってないから先に帰ったよ。風花もやりたいことがあるとか何とか言って帰った。そのやりたいことってやつ、何で俺に秘密にしてるかわからないけど」
たまに風花は「ナイショ〜」と言って帰宅する。何を隠しているのか、瑛斗には分からない。
「ほれ」
虎之介がコーヒーを投げ、瑛斗がキャッチした。
「余ってたからくれたわけじゃないよね。わざわざ俺がここに座ってるのを確認して、買ってくれたんだよね」
すると虎之介は少し驚いて、フッと笑みがこぼれた。
「行動まで読み解こうとするあたり、相変わらず気持ち悪いな、お前」
「何だかんだ優しいトラに言われたくないよ」
瑛斗も自然と笑顔になる。二人でベンチに座り、青空を眺める。
瑛斗は虎之介にずっと言いたかったことが1つあった。言葉も特に選ぶ元気もなくて、口にする。
「1個、いい?」
「なんだ」
「トラのこと代償行為に使うなって、前にトラ自身が言ったよね」
「ああ」
「俺と同じ立場だったとして、それでもトラは、同じことが言える?」
すごく嫌な言い方をしたと強く自覚した。そしてそんなこと言わなくてもいいことだって分かっている。それでも、言われて苦しかったのは事実だった。
誰かの為に動くことが、正解だと信じて生きてきたから。
「お前が人に自分の気持ちを分からせようとするだなんて珍しいな」
「別にそういうつもりじゃないよ」
すると、瑛斗にとって意外な返事が返ってくる。
「悪かったな」
「え?」
「俺もガキだったと思う」
びっくりして瑛斗は何も返せなかった。きっと、いつものように強い言葉で返されると思ったから。
「まあでも、対象人物が違ったな」
「どういうこと?」
「いくらなんでも幸心が可哀想だ。背負わせ過ぎだ」
それを言われて、ハッとした。
「瑛斗、お前は苦しかったと思う。俺には想像できない。でもな、結果誰が頭下げてくれたんだよ。誰が傷を見せながら吐露してくれたんだよ。お前が生きていく人生に、幸心はずっといないんだぞ」
「そうだね…」
小さくそう返す。
「ゆっくりでいい。泉瑛斗はお前しかいないんだから」
そして虎之介は歩いていった。
***************
週末。会場に向かう道中。城島先生とレオとるり。
「すごい不思議なメンバーね」
「俺もびっくりだぜ。な、ホタルちゃん」
急にレオに話しかけられ戸惑いつつも、いつものテンションで、
「フッ。これぞ約束の地へ向かう天明より集いしファミリア…新たなる邂逅…」
「な、なるほど?」
不気味な笑みを浮かべる彼女に、レオも戸惑いつつ返す。その様子をくすくすと笑いながら城島先生は、
「何だか不思議な気分ね。レオくんとこうしてまた交流部として歩くなんて」
「美月ちゃん、ずっと一歩引いてたもんな」
「君達が選ぶ道に、私は口出しするつもりはなかったから」
城島先生は交流部がバラバラになった時に何を思っていたのだろうかと、レオはふと気になった。思えば、琴葉の気持ちの整理を最初から最後まで見届けていたのは、おそらく彼女だけだったから。全員がいなくなった交流部の中で、唯一彼女は多くを語らずに、静かに琴葉の、そして部活の行方を見守っていた。それがレオとして、ずっと聞けなかったことに紐づく。
「美月ちゃんから見て、琴葉ちゃんの様子、どーだったの」
いつの時期の、とは言わなかった。言いたくなかった。でもレオの言葉に、城島先生はすぐ理解を示した。
「一言で表すなら、可哀想だったわ」
「そっか」
「私がどう言えることでもなかったしね。でも、定期的に話は聞いてたわ」
「はへぇー」
ふざけたようなリアクションで返すも、レオの曇った表情をるりは見逃さなかった。でも、自身の領域ではないと悟って何も言わない。
城島先生は続ける。
「ただ、こうしてみんなが1つに纏まるってことは何となく分かっていたから」
「マジで?杏ちゃん帰ってくるかもわからなかったのに?俺が戻るかどうかも不確かだったのに?」
「杏ちゃんはともかく、あなたはどうせ戻ってたでしょ?」
「何で決めつけるのさー。ホントに戻る予定なかったんだぜ?」
ヘラヘラっと笑った彼に、るりはムスッとしながら口にする。
「リーダーコトハ傷付けて、ハリーやフーカーも苦しめておいてその態度…」
「ちょっ!?ホタルちゃん!?そんな顔で睨まないでくれよ!悪かったって!」
意外なるりの言葉に、城島先生は少し笑いながら、
「あらあら、るりちゃんも情が熱いわね」
そして続けた。
「大切に思えば思うほど、誰かを守ろうとすればするほど、必要以上の配慮が生まれるものよ。私も色々と苦い経験したからね」
それを聞き、レオが食いつく。
「え!もしかしてその感じ、美月ちゃんも大恋愛したわけ?いつ?」
「まあ高校生の時かな。その時のことは内緒」
「えー、そりゃないぜ、気になる」
ふふふと笑いながら、楽しそうに城島先生は歩く。その姿を見て、るりは敢えて突っ込む。
「エイティーのこと、知ってたでしょ、ティーチャーミツキ」
「ん?瑛斗くんのこと?知ってたって何を?」
「昔色々あったこと」
「え、ああ、それか。って、え!瑛斗くんみんなに話したの!?」
驚く城島先生にレオが補足する。
「正確にはここすけちゃんが教えてくれた。俺ら3年のことと言い、瑛斗ちゃんのことと言い、実は裏で早いうちから美月ちゃんだけ色々知ってたんだろう?」
その言葉に少しびっくりしつつも、城島先生は少しだけ笑む。
「私も最近よ、事情を知ったのは。杏ちゃん達が部活に戻ってくるほんの少し前。もし、元通りの交流部に戻ったらメンバーにきちんと話したいって、瑛斗くんから言われたわ。その前に先生には先に知ってほしかったって。みんなもある程度は聞いたの?幸心ちゃんから」
「まーな。震えながら、泣きそうになりながら幸心ちゃん、頑張って話してくれたよ」
「そう…」
瑛斗の辛すぎる過去が、自分の身近な人に重なる。城島先生は身震いをする。
北海道に陽が出発する、その前日の夕方…。
*******
病棟。城島先生はある人物のもとへ訪れようと向かっていた。
その病室に到着したが、既に彼のお見舞いをする先客がいた。
(陽ちゃん…)
見舞いをしようと思った相手…六嶋日向は、その娘、陽と話していた。
「お父さん、明日、北海道に行ってくる」
「はー!?どういうことだよ!?」
しかし、その言葉を気にせずに別角度の話題を陽は父に向ける。
「瑛斗に言ったんでしょ?お父さんがマジシャンやってたこと」
「俺から言ったわけじゃねーよ。あのガキンチョから吹っかけてきたんだよ」
「やっぱりそうだったのね。最近学校休んだり動きが怪しいと思った」
「何だ、アイツ色々部員に伝えたのか?」
「色々って?」
「お前が北海道行くなんて言い出す理由、アイツが過去のことお前らに伝えた以外思いつかなかった」
「え、もしかしてお父さん、瑛斗がマジシャン時代の友達を…その……」
言葉が詰まったが、察して続けた。
「知ってる。アイツには知らないフリしたけど。これでもアマチュアマジシャンのニュースは追って見てたからな。前回優勝した日本人マジシャン・泉瑛斗と新人賞の沼瀬月渚の2名がヴェルヴァーナの紛争に巻き込まれて意識不明っていう情報はネットニュースになってた」
「そ、そうだったんだ…」
「その後、女の子の方は亡くなったことがニュースとして入っていた」
「ええ…」
「だから俺は、アイツが願うなら、役に立てることを注いでやろうって思った。アイツの父親にもわざわざ頼まれたくらいだしな。生きてるうちに、この身を…」
日向のその言葉の途中で、陽は彼を抱きしめた。
「何で…そんなこと言うの…何で…私にちゃんと言ってくれなかったの…」
日向は陽の頭をヨシヨシとしながら、
「わりーな。お前に心配かけたくなかったんだ」
その光景を見て、美月は全てを悟った。
大切な人を失う怖さが、すぐ目の前まで迫っていること。
家族のその姿に、自分はいるべきではないと後ずさり、そのままロビーへ向かう。
「どうしてこう…試練が訪れるんだろうね…」
そう呟いた言葉は宙を舞う。しかしそれをキャッチした人物が背後にいた。
「美月ちゃん、来てたの」
その言葉に、少し頬が緩んだ。
「あなたからその呼び方されたの、久しぶりね」
「お父さんのところに行ってあげればいいじゃん…」
「逆にもうあなたはいいの?」
「うん」
「そっか」
そのまま城島先生は歩いていこうとする。
「待って」
「どうしたの?」
「美月ちゃん、聞こえてたでしょ。お父さんの話」
「まあね。でも、あの人から直接聞いたわけじゃないしね。また改めてにするわ」
「そうやってたら、取り返しのつかないことになる。きっと…瑛斗だってそう言うと思う」
「ここで彼の名前が出るところ、あなたらしいわね」
ようやく陽の方へと振り向いた城島先生は、彼女の肩に手を乗せた。
「あなたが私のことを考えてくれるだけで幸せだわ」
「そんなこと…言わないでよ…」
ずっと。城島美月のことを受け入れたかった。
少しだけ寂しかったのは事実だった。一番構ってほしい時に、家に知らないお姉さんが入ってきた。
そしてその人が担任の先生になった。
複雑で、少し嫌で、そしてすごく大切な人だ。
「学校でも美月ちゃんって呼んでくれたって良いんだよー?レオくんとかそう呼んでるしね」
すると陽は少し照れて、
「恥ずかしいからやだ」
とふて腐れたように返した。
きっと。乗り換えなければならない壁が、そこにあると分かっているから。同じ方向を向かなければならないと察してしまったから。
ようやくこの曖昧な関係に向き合う時が来ているのだと、陽も、美月も、感じた時だった。
*******
城島先生がそんなことを思い返していると、一行は現地に到着した。
大きなこの公園は、一帯が蛍の見れる川の上流に位置しており、その川を取り囲むように敷地を取っている。各地域から様々な学生が集い賑わう。メインはむしろ大学生のゼミ生のようで、その他来ている高校生のほぼ全てが、各校の生徒会のようだった。
「八王子芸術大学3年田村ゼミ、練馬大附属高校生徒会…ってこれ、俺らアウェーじゃね、美月ちゃん」
「たしかに」
「たしかにじゃないよ!みんなガチ中のガチじゃん、俺ら交流部なんて一番わけわかんなくね!?」
「これは…各レジスタンスとの聖戦は避けられぬ…」
思ったより本気のメンバーを見て、城島先生としても冷や汗を流しながら、
「まあまあ、何とかなるよ!じゃあ私の知り合いのところへレッツゴー!」
3人が総合受付のところにいると、鮮やかな亜麻色の髪をした女性がニコリと微笑んでくれる。彼女に城島先生は声をかけた。
「やっほー、イブ〜」
「久しぶりだね、ミツキ。相変わらず何も変わってないね」
後ろからついてきたレオとるりは頭を下げる。
「こんちは〜、美月ちゃんの未来の夫の柊です〜」
すると城島先生はレオの腹部にパンチを入れた。
「あ痛ァっ!!」
「なーに勝手なことをペラペラ言ってるの〜?」
「腹殴られたのに腰の骨折れたかも!力強いって美月ちゃん!」
そんな姿に彼女は笑い、
「あははっ、ミツキのこと、大好きな生徒さんなのね」
「ほんっとにもうこの子ったらお調子乗りなんだから」
そしてるりは、小声で、
「ほ、堀田です…よろしく」
ボソボソっと喋るるりに、彼女は寄り添い、
「堀田さんね!よろしく!で、こちらが柊くんね!」
「ういっす〜」
「改めまして、私は白石依吹。と言っても白石は旧姓ですが、ここでは便宜上で使ってます。普段は神奈川の江ノ島で海鮮系のお店をやってるんだけど、今日は主人が主催してるイベントのお手伝いをしているの」
「ほ〜。蛍を見るイベントを主催してるだなんて、素敵な旦那さんっすね」
すると城島先生は苦笑いし、
「忙しいのに、あの人はこんなイベントも主催しちゃんだなんて。でもあの人らしいわね」
「ま、うちの主人は今日バタバタしてるし、とりあえず美月先生とお二人には色々手伝ってもらおうと思ってるんだけど、いいかな?休日なのにごめんね」
「いえいえ、何でもやります〜」
「も、問題ない…」
いつものキャラを保とうとするるりだったが、
「ん?」
と依吹に突っ込まれ、
「……です…」
と付け加えた。
年に一度の大きなイベントということもあり、夜の自然による光でライトアップされる道のセットを作る。普段はコミュニティセンターとして使われている建物も今日に限り休憩所として開放するので、それを案内する地図の印刷をかけてパンフレットに差し込んだり、道の看板を本日仕様にオリジナルのものを立てかけたりと、前日までは大人があらかた進めた作業だけでは当日追いつかず、人手が必要という次第だった。
パンフレットに地図を三つ折りにして折り込もうとするが、レオは手間取り、
「ひぇー、俺こういう細かい作業苦手なんだよねぇ〜」
と言いながら、ぐちゃぐちゃに折ってしまう。
するとそれを見たるりが、
「紙の端と端、合わせて見たらこんな感じにできる…と思う…」
「おお〜!ホタルちゃん、すげぇ」
すると、褒められて少し嬉しい気持ちになり、
「こ、これくらい、召喚術を駆使する我にとっては造作もない…」
「もっかい折り目見せて。おんなじように俺もやってみっから!」
「う、うん…」
城島先生は遠くで大人に混じり、作業をしている。周りがガヤガヤと騒ぎながらやる中、黙々と二人で作業していると、レオから話しかけた。
「休みの日、何してんの」
その言葉にるりは少しビクッとする。別に何があるわけでもないが、こうして雑談を振られること自体、経験としてあまりないからだ。
少し考えて、ぼそっと呟く。
「アニメ見てる」
「ほ〜?何の?」
「べ、別に何だってよい…」
根は真面目で誠実な人であることは琴葉や杏樹の立ち振る舞いからして理解はしつつも、普段の態度はチャラチャラしているようにしか見えない彼と二人きりになるなんて考えてもいなかった。警戒心が解けず、話したくないわけではないが、恥ずかしい。
「俺、そこそこ詳しいからさ、別に引いたりしないし、言って味噌汁〜」
「み、味噌汁…」
こういう態度が苦手なんだと思いながら、再びボソリ。
「魔法少女マミコ…」
「え!マジで!?あの伝説アニメ、学園プロジェクトのスピンオフやん」
「し、知ってるの…?」
「知ってるも何も、俺全話見て昔イベントまで行ったガチ勢だぜ?マミコの人は引退しちゃったから、もう一人の主人公の俳優さん、大倉翼には会いに行ったよなぁ〜」
「お、大倉さん…この間北海道で会った…」
「え!?マジかよ!?」
「ここすけが知り合いだったから…会えた…」
北海道へ向かう飛行機の中でのこと…
*
気流に乗り、比較的安定した機内で、るりは窓を眺めていた。
「るりちゃん」
幸心が呼びかけるも、るりは寂しい顔をするだけで何も示さない。
「色々心配かけてごめんね」
そう言われて、即座に返した。
「ここすけが謝ることじゃない!全部エイティーのせい…」
「まあね。お兄ちゃん、あー見えて結構繊細だから」
そう言って、幸心もるりの顔を反射させたかのように沈んだ顔をする。そしてカラッと笑った。
「お詫びってわけじゃないんだけどさ、今日すごい人に会えるから!絶対るりちゃんの喜ぶすごい人だよ!」
「すごい人…?」
「うん!会ったら絶対嬉しいと思う!」
その言葉が聞こえた、前の席にいる陽は振り返る。
「幸心ちゃん、その人って誰なの…?」
「最近世界で活躍している、日本の俳優さんです!」
「へぇ!すごい人なんだね!」
*
そんな話を聞き、レオは感心する。
「おいおいマジカよ…それがあの大倉翼さんだったのかぁ。俺模試さえなきゃ行ってたのに!てかココちゃんの知り合い領域エグっ!まあそりゃ兄が世界的有名人だしなぁ。サイン貰った?」
そう言われて、無言でこくりとるりは頷く。
「サインの写真とか撮ってないの?」
そう言われて、ノートを取り出した。
「ここに書いてもらった」
そう、少し誇らしげに出したノートには、翼のサインが書かれていた。
「うーわ、めっちゃ羨ましい…てゆーかそういうの先に言ってくれよ〜君とこんな共通点あるなんて知らなかったぜ」
「…まさか、見てるだなんて思ってなかった」
「まあ、それもそうか。てゆーか推しキャラは?」
「マミコ。でも…敵幹部のグリーザが…」
「うわぁ!めっちゃわかる!最後マミコがさ、それまでアタック召喚しかしなかったのに、敢えて見逃して助けてやるんだよな!」
「そうそう、そのシーン好きすぎて私ブルーレイ持ってるから何回も見返しちゃう」
「ほんとそれな!サブスクにさ、あの作品って昔のアニメすぎて上がってないんだよな!せっかくだから上げてほしいよな!」
「うんうん、私もめっちゃその気持ち分かる!グリーザも良いけどさ、22話のファントムも熱い!」
「ヤバい!ヤバすぎる!熱すぎる!わかるぅ!」
それからしばらく、二人は白熱したアニメ愛を展開しながら、作業を進めていた。
*
数分後、川上の方からスーツを着た集団が、るり達のいるイベントスペースへとやってくる。そこを塞ぐように、地元の人々がその集団と口論をしていた。
「何だろーな、あれ」
レオが気になってそちらを見ると、スーツ姿の男性の手には、『都市開発プロジェクト大型マンション計画』の文字が。その光景を憂うように眺めていた城島先生と依吹がこちらへやって来る。
「マンションを立てるみたいね。イブキの元にもそんな話来てなかったよね?」
「うん。でもどうやら前々からそんな話はあがってたみたいだしね」
そこに対し、レオはふと疑問符を浮かべる。
「でも何であんな感じに地元の人と喧嘩してるんすか」
苦い表情で、依吹は答えた。
「蛍の生息地域を狭めてしまうのよ。ただでさえ都内で蛍を見れるところが少なくなってるのに、マンションが建設されたら、川のそばの林はそれなりに伐採しなければならないし」
その言葉にるりが悲しい表情をするので、依吹は笑い、
「堀田さん、そんな顔しないで。地元の人達、反対運動起こしてるみたいだし」
「それがさっきの口喧嘩?」
「そうそう」
依吹の返答にるりはまだ寂しい顔をしたままで、それを拭うようにレオが声をかける。
「ま、同じホタルの名を持つ同士、やっぱ野生の蛍にも惹かれるものがあるってことかい?まあ気にしなくていいんじゃね。大人は大人の事情あってやってんだろーしな」
「それはそう…なんだけど…」
それからしばらく続いていた口論は自然と解散する。皆が去った後、るりは、川の向こうに立っている、一人の少女に目が行った。
「あの子…」
誰なのかは知らない、7歳くらいの女の子だ。
「どうした?ホタルちゃん」
「なんか、こっちを見てる子がいる」
そうレオの方を一瞬向き、女の子の方へ指を指して見てみると、
「女の子?どこにいる?」
「あれ…今たしかにいたはずなんだけど…」
そこにはもう誰もいなかった。
るりとレオ。あまりないこの組み合わせをやりたくて、本筋とは少し逸れたこのエピソードを書きました。どうしても最近メインエピソードが緊張感あるものばかりだったので、こういう瑛斗や陽ちゃん、風ちゃん以外のキャラにも焦点を当てたくて誕生したお話です。
また、劇団!三角関数が2017年に分島花音さん原案の『アンバランス・バイ・ミー』を舞台化させて頂いた際のオリジナルキャラクターである白石イブキは、城島先生と幼馴染という設定で、以前アンバラの外伝小説内で高校時代が描かれていました。せっかく城島先生がいるのであれば、イブキも出したいという親心で、今回アンバラの世界からイブちゃんがゲスト登場してくれました。
次回も劇団の歴代キャラが何人か登場します。これまでの劇団作品を知って下さっている方にはニヤッとして頂けるキャラ達が出ますので、後編もあわせてご覧下さい。
ちなみに何でリア銃以外の歴代キャラも今回こんなに出しているかと言うと、ちょうど劇団が10周年記念を迎えまして、そのお祝いの意味も込めてになります。




