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「えーと、なんで部のみんなに迷惑がかかるのか聞いてもいい?」


陽菜が困ったような顔で訊いてきた。それに息子が顔をしかめながら答えた。


「陽菜、おじいちゃんは野球部に入っていたんだ。もし暴力事件なんかを起こしたら大会に出られなくなってしまうんだよ」

「えー、おかしくない。だって、おじいちゃんは無理やり連れ出されそうなったおばあちゃんを、助けただけなんでしょ。それなのになんで暴力事件になるの」

「浩介、暴力事件ではなかったからな」

「それはお義父さんが相手を殴っていないということなんですね」

「そうだよ、朱美さん」

「明宏さんは私を後ろに庇ってずっとされるがままだったのよ」


私は当時のことを思い出しながらそう言った。皆の視線が夫から私に移ったの。


「どうやって収まったんだ」

「他の人が連絡をしてくれて、野球部の部長と柔道部の部長が来てくれて、その人たちを連れ出してくれたのよ。でも、連れ出す前に先生方もきて、その3年生たちは指導室に連れていかれてしまったわ」

「えーと、おじいちゃんとおばあちゃんは?」

「保健室に行ったよ。それでおばあちゃんに手当てしてもらったんだよ」


陽菜の目がキランと光った。


「じゃあ、そこで告白したの」

「「してないから」」

「えー、なんで~」

「陽~菜~」


朱美さんの声に陽菜は首を竦めた。


「それで、そのあとはどうしたんですか」

「この日は練習に出ないで迎えに来た母と病院に行ったけどね」

「おばあちゃんは」

「私も家に連絡がいって、迎えに来た父と家に帰ったわ」

「じゃあ、あの写真は? いつ撮ったの?」

「家に戻ってからよ。父と母と一緒にお礼を言いにいったの。そうしたら殴られたところが青く腫れてきていたから、申し訳なくて泣いてしまったのよ」

「じゃあ、それでつき合いだしたの」

「いいえ、違うわ」

「じゃあ、いつから付き合いだしたのよ~」


陽菜が癇癪を起して叫ぶように言った。私は夫の顔をそっと見た。夫は微笑んでいるけど、面白がっている目つきをしていた。私は観念して一言言った。


「体育祭から」

「「「体育祭?」」」


意外だったのか三人の声が重なった。それに夫が説明をした。


「競技に借りもの競争があって、私が引いた紙に書かれていたものに該当したのが久美子だったから、一緒にゴールしただけだよ」

「「その紙はなんて書いてあったの(ですか)」」


陽菜と朱美さんが期待を込めて訊いてきた。私はそっと視線を落とした。


「もちろん『好きな人』でしたけど」

「「キャ~~~~!」」


夫が晴れやかな声で言った。それを聞いた陽菜と朱美さんが黄色い声をあげたのだった。

そして陽菜はアルバムをめくった。そのページは制服を着た私と友達の写真だった。またページをめくったら、それは体育祭の写真だった。その中に夫と手を繋いでゴールする私の写真があった。


「あった~。うわ~。ねえ、それで、それで? 交際宣言したの~」


陽菜が興奮気味に夫に訊いてきた。あの時のことを思い出した私は、多分耳まで赤くなっていることでしょう。


あの時、借りものがちゃんと合っているのか確認するために、ゴールすると紙に書いたものを実行委員が読みあげていたの。夫の紙を読み上げた実行委員が茶化そうとしたので、夫がマイクを奪いあの場で告白と交際宣言をしたのよね。体育祭後しばらくは学校中の注目の的で恥ずかしかったわ。


「さあ~、どうだったのでしょうねえ~」


思い出していたら夫のそんな声が聞こえてきた。意外な言葉に夫の顔を見たら、変わらずに微笑んでいた。


「え~、つまらない~。交際宣言しなかったんだ~」


陽菜がつまらなそうに口を尖らせていた。


「では、いつから恋人同士になったのですか、お義父さん」

「その帰りですよ。周りに余計な人がいないところで言いました」

「お義母さんの返事は?」

「真っ赤な顔で頷いてくれました」


夫の言葉にその様子を想像したのか、また陽菜と朱美さんがキャーキャー言っていた。


「ねえ、おじいちゃん。どういうお付き合いをしたの」

「どういうって、普通に登下校を一緒にしたのと、テスト勉強などを一緒にしたくらいです」

「え~。じゃあ、キスは? ファーストキスはいつだったの」


夫が呆れを含んだ目で陽菜のことを見つめた。


「陽菜、なんでもかんでも答えるとは思わないことだね。教えるわけないだろう」

「え~。もしかして告白と同時とか?」

「そんなわけないだろう」

「いいじゃーん。教えてよ~」


陽菜が夫に食い下がっているけど、夫は口元に笑みを浮かべたまま、笑っていない目で、陽菜のことを見つめた。それに気がついた息子と朱美さんが、慌てて陽菜の口を塞いだ。


「こら、陽菜。そうなんでもかんでも聞くんじゃない。それにな、ファーストキスの想い出なんて、人に話したい訳ないだろう」

「でも~」

「陽菜、じゃあ、これからお母さんも陽菜に毎日聞くわよ。好きな人は出来たとか。キスはしたのとか」

「ウッ・・・。おじいちゃん、ごめんなさい。陽菜がしつこかったです」

「分かればいいよ」


おとなしくなった陽菜はまたアルバムをめくった。そこにはテントの前で撮られた写真があった。


「あれ? これはなんで?」

「ああ、キャンプ体験の時だね」

「キャンプ体験? 自然教室じゃないの」

「ああ、この頃はキャンプ体験と言ったんだよ。ちゃんとテントを立てて飯ごうでご飯を炊いたりしたんだよ」

「・・・なんか楽しそう。お母さん、小学校もあるよね」

「ええ、高原のキャンプ場に行くのだけど、たしか1泊はコテージで1泊がテントだったはずよ」

「ご飯は作るの?」

「たしかー、去年はカレーは作ったけど、ご飯は炊飯器で炊いたとか聞いたわよ」

「そんな~、つまらない~」


陽菜はとても残念そうな顔をした。


「だけど父さん、この頃って10月にキャンプをしたのか」

「それが、この年は最初に予定していた7月に台風が来て延期になってしまったんだよ」

「それでか。じゃあ夜は寒かったんじゃないのか」

「確かに寒かったけど、星が綺麗だったよ」

「えっ、じゃあ夜2人だけで星を見たの、おじいちゃん」


陽菜の言葉に夫が私の顔を見てきた。私も夫の顔を見た。


あの時は別に示し合わせたわけじゃないけど、たまたま夜中に友達に付き添ってトイレに行ったら、夫も友達のつきそいでトイレに来ていたのよ。その後、4人で木々の隙間から見える星が綺麗だねと言いながら、それぞれのテントに戻っただけだった。本当にそれだけだったのだけど、暗く街灯もない森の中を懐中電灯を頼りに歩いたの。夫が転びそうになった私を支えてくれて、そのあと別れるまで手を繋いでいたなどと言ったら、陽菜と朱美さんはどう思うのだろうか。



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