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息子がためらいがちに声を掛けてきた。


「その、さー、この時に何があったのかな」


夫が息子を見たようです。私はまだ目を瞑っていたので、夫の身体からの振動で予測しました。


「そうですねえ、少しこのころのことも話した方がいいかな。私達が中学に入った頃は学校が荒れていた時だったのだよ」

「あれ? さっき受験戦争とか言っていなかった、おじいちゃん」

「ええ、それも事実だけど、その受験戦争にのれない子達が不良と化してましたね」

「不良って今もいますよね」

「そうだね。ああ、違うな。昔から不良と呼ばれる人はいたよね。ただ、昔の不良は学校同士で争っていたからねえ。番長がいて上下関係に厳しくてそれなりの秩序を守っていたかな。特に一般の生徒には手を出さないというルールもあったとか。ですがこの頃はドラマにもなりましたが、学校の備品を壊したりという校内暴力が吹き荒れていました。うちの学校は教師に怖い人がいて、そこまで酷くはなかったのですがそれでも非行に走る生徒はいましたから」

「おじいちゃん、学級崩壊とは違うの」

「ええ、違います。学級崩壊は生徒児童が先生の言うことを聞かないことで、起こりましたよね。校内暴力の時は学級はしっかりとしていましたからね」


夫がそう言ってため息をついた。確かにそうだったと思う。


私は夫につけていた額を離して、夫の顔を見ました。夫はあの時から・・・いいえ、最初に会った時から変わらない優しい笑顔です。私に軽く頷いてくれました。

息子が呟くように言った。


「これも時代というのかな」

「そうだろうね」

「それで、この時はどうされたのですかお義父さん」


朱美さんの言葉に、夫はすぐには答えなかった。


「たいしたことではなかったのだよ。久美子が不良に惚れられて、無理やり連れていかれそうになったのを助けただけだから」

「あの・・・そ・・・」


私は声をあげようとしましたが、うまく言葉になりませんでした。そうしたら、夫が耳元に囁くように(ただし周りに聞こえる声で)言ってきた。


「久美子、私が話すよ。あの時の事を話すのは久美子には辛いだろう」


・・・それは、何のプレイですか。労わるように言いながら、無駄に期待感をあおっていますよね。陽菜と朱美さんがものすごくキラキラした目をしてみているわよ。その目線に負けた私は俯いてしまったの。


「いいかな」

「・・・はい」


小さな声で返事をしたら、夫が手を握ってきた。


「おじいちゃんとおばあちゃんがラブラブだ~」

「陽菜、お義母さんを揶揄うものではないわ。それでお義父さん、何がありましたの」


陽菜の声が聞こえてきたけど、朱美さんがすぐに嗜めていた。夫がそれに答えて言った。


「先ほども言いましたけど、久美子が無理やり連れていかれそうになったのを助けただけだよ」

「その不良にお義母さんが惚れられたというのはどうしてなのですか」

「ああ、それはね。久美子が保健委員だったからだよ」

「おじいちゃん、保健委員だからってなんで惚れられたの?」

「今はどうか知らないけど、あの頃の保健委員は保健室当番があって、昼休みに保健室に行って手伝いをしていたんだ」

「手伝いって、何の手伝いなの?」

「だから、いろいろな手伝いだよ。陽菜、クラスに保健委員はいないのかい」

「いるよ~。けど~、保健委員の仕事って、朝の健康観察とクラスで具合が悪い人を保健室に連れて行ったり、体育の時に怪我した人を保健室に連れて行くとかかな~。あっ、石鹸の補充もそうだったよ」

「それじゃあ、おじいちゃんが子供の頃とは違うんだなー。私達の頃は保健委員は保健室当番というのがあったんだよ」

「保健室当番? それって何するの」

「昼休みに保健室に行って養護教員の手伝いをしていたのだよ」

「手伝いってどんなことを」


陽菜が再度聞いてきたら、夫が私の顔を見てきた。私は微かに頷くと陽菜に言った。


「いろいろなことよ。4月だと身体測定の結果をクラス学年ごとに纏めて平均を出したり、保健だよりの文面を考えたり、軽い怪我の手当てをしたりだったのよ」

「保健だよりの文面って、保健室の先生が作っているんじゃないの」

「私達が中学に通っていた頃は、今と人数が違ったのよ。42、43名の12クラスあったのよ」

「え~! お母さん。今は?」

「えーと、確か35名で6クラスだったと、佳奈ちゃんのお母さんに聞いたわね。あそこは中学2年のお兄ちゃんがいたから」

「今の2倍以上なの~? すご~い」


陽菜が人数の違いに驚いている。うちの中学は一番多いときに15クラスまであったと聞いているから、私達の時はまだ少ないほうだった。それに前の学年は丙午ひのえうまと言われて、子供を産むのを忌避したとも聞いていたから。


「それでお義母さん。何がありましたの」


朱美さんが期待に満ちた顔で続きを促してきた。


「だからね、私が当番の時に怪我をした3年男子が7、8人来たのよ。先生は怪我の酷い子を見ていて、他の軽い子は私達保健委員が手伝ったのだけど、一人不良っぽい人がいてみんなが怖がって近寄らなかったのね」


そこまで言ったら陽菜がパンと手を打ち鳴らした。


「陽菜わかった~。その人をおばあちゃんが手当てしてあげて、それで惚れられたのね~」

「そうだよ、陽菜」


夫が陽菜ににこやかに答えている。


「じゃあ、あれなの? もしかしておばあちゃんを連れ出そうとしたのって、告白のためだったとか」

「結局はそうだったのらしいのだけど、不良っぽい仲間6人で乗り込んできて、急に名指しで呼び出されたら怯えるよね」

「それで、おじいちゃんはどうしたの」

「名指しで呼ばれて動けなくなった久美子を連れ出そうと、男達が教室に入ってきて久美子の手を掴んで引っ張って行こうとしたから、間に入りました」

「え~、そこで『俺の女に手を出すな』とか言わなかったの~」

「言いませんでしたよ」

「つまんな~い」


陽菜がブウ~とむくれた顔をした。


「陽菜、話が進まないから。それでお義父さんはなんと言ったんですか」

「久美子が嫌がっているから放す様にいいましたよ」

「「それで」」

「『相手はなんだお前は』と言ってきたので、『久美子のクラスメイトだ』と答えたら、『お前には関係ない』と、押し問答になりました。とにかく久美子の手を掴んでいた男の手を無理やり引きはがしたら、生意気だと殴られました」

「おじいちゃんもやり返したんでしょ」

「そんなことは出来ないですよ」

「ええ~、なんで~?」

「そんなことをして大会に出れなくなったりして、部の皆に迷惑をかけるわけにはいきませんからね」



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