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夫の答えに陽菜がもう一度写真をみた。私は髪を二つに分けておさげ髪にしていた。これは校則で、髪の長さが肩につく場合は髪の毛を縛らなければいけなかったから。1本縛りでも良かったけど、私は2本縛りのほうが好きだった。
それに髪を伸ばしていたのにはもう一つ理由があるの。私の髪はかなりのくせ毛だ。短いと纏まりにくい髪質をしていた。ウェーブがかなり目立つ。それこそパーマをかけたのではないかと、疑われるくらいだった。
この頃の校則では、パーマをかけるのは禁止されていた。私みたいな髪質の人は学校に天然パーマ証明書を提出しなければならなかった。学校が認めると生徒手帳に天パー証明の書き込みをしてもらえたのだ。毎週行われた風紀検査で、先生にそれを毎回提示しなければいけなかったのは、少し面倒ではあったのだけど。
でも、私はまだいい方だった。友達で髪の色が茶色の子がいた。この子も赤髪証明書を学校に提出していた。それでも、毎回髪を染めているのではないかと疑われていたのだ。特に夏のプールがある頃に彼女の髪は赤みを増していた。多分プールの塩素と日光のコラボが、余計に髪にダメージを与えていたのだろう。
夏休みが終わり学校が始まってすぐに、彼女は生活指導室に呼び出された。普段は真面目な彼女が呼び出されたことで、うちの学年は騒然とした。特に彼女と同じ小学校だった私達はとても心配したのだった。戻ってきた彼女は泣いていた。先生は明日までに、彼女に髪を染めてこいと言ったそうだ。
ここから騒動へと発展した。これを聞いた同小の子達と、その時の彼女のクラスメート、部活の子達がその先生に抗議した。この話は部活の先輩方にも伝わり、先輩方も憤慨して抗議に訪れたとか。
極めつけは彼女の両親。学校から帰って先生に言われたことを伝えたら、両親が怒って猛抗議をしたそうだった。結局学校側が非を認めて謝罪して落ち着いたと聞いた。
彼女の両親が怒ったのもよく分かる。私もそうだけど、ちゃんと証明書を提出していたのに、それでも、疑われたのだもの。
そういう時代だったと言われればそれまでだけど、いま思うと厳しい時代だったと思うのだ。
写真の中の私はとても野暮ったくみえた。これでは恋に等発展しそうにないなと思った。
「え~、そうかな~。このおばあちゃんの髪型、可愛いと思うんだけど~」
陽菜が写真を見つめながらそう言った。
「本当ね。おさげ髪のお義母さんは可愛いじゃないですか。お義父さんは目が悪かったんですか」
朱美さんも写真を見つめながらそんなことを言った。
「朱美さん、目が悪いはひどいなあ~。私は違和感を感じただけで、久美子のことは可愛いと思っていたのだから」
夫の言葉に朱美さんと陽菜が目を輝かせた。
「おじいちゃん、そこのところをもっと詳しく!」
「陽菜、今までの写真の久美子は可愛かっただろう」
「うん。ゆるくウェーブのかかった髪がいいなって思ったの」
「その髪を縛るだけじゃなく、ウェーブが分からない様に三つ編みにしてしまったんだよ。残念で仕方がなかったのだよ。それに制服を着た久美子は大人びて見えて、なんかね、遠くに行ってしまったように感じたんだよ」
夫の言葉に朱美さんと陽菜の興奮が収まりません。私はそっと席を立とうとしたのですが、陽菜に手を掴まれました。
「おばあちゃん、どこに行くの?」
「えーと・・・その・・・お手洗いに行こうかと・・・」
「おばあちゃん、座っていようね」
「あのね、陽菜ちゃん。だからね、お手洗いに・・・」
「ん?」
陽菜はにっこりと笑って手を離してくれません。反対から夫にも手を掴まれました。
「久美子、逃亡するのはなしだよ」
「・・・はい」
夫にもそう言われてしまい、私は座り直しました。私が座ったら陽菜は手を離して、アルバムをめくりました。次のページは妹達の写真でした。幼稚園の園服を着た妹。下の妹の七五三の写真などと共に、私の体育祭の写真がありました。
「ねえ、おばあちゃんの写真って少なくない?」
陽菜が少し不満そうに言った。だけど、これは祖父、もしくは父のアルバムだ。父が写真に撮ったものが収められたものだろう。学校の行事で撮った写真は私のアルバムに収められているのだから。
「それはね、中学の時は保護者が来る行事ってあまりなかったのよ。だから父が写真を撮る機会は少なかったのだと思うわ」
「そうなんだ~。でも、普段は撮らなかったの」
「そうねえ、学校での行事の写真はおばあちゃんのアルバムにあるかしら」
「じゃあ、そっちも見る~」
陽菜はそういうと横に置いておいた、私のアルバムを手に取って開いた。さっき見ていたお宮参りから始まるもの。陽菜はどんどんページをめくっていった。幼稚園、小学校。アルバムの半ばを過ぎたところで、中学生の私の写真になった。
そこからはゆっくりとページをめくりだした。友達と写っている写真が数多くあった。体育祭の写真も学校で販売されたものを買ったのか、父のアルバムにはないものがあった。
それから合唱コンクールの写真。集合写真だからどこにいるのか分かりにくい。
その写真をみながら陽菜が「あっ!」っと言った。
「どうしたんだい、陽菜」
「肝心なことを聞き忘れてた~。ねえ、おじいちゃんとおばあちゃんは一緒のクラスになったことあるの」
私はまたしても言い淀んでしまった。実は小学校から中学までずっと同じクラスだったのだ。でも、これを言うと、また陽菜と朱美さんは騒ぐような気がする。
それなのに夫はニッコリと微笑むと言った。
「ああ、小学校の1年から中学の3年まで一緒のクラスだったんだよ」
夫の言葉に朱美さんと陽菜は顔を見合わせてニコニコうんうんと、頷き合っていた。私も人事だったら同じ反応をしたことだろう。当事者では笑うことも頷くこともできはしないわね。
「「あっ!」」
陽菜がめくった次のページの写真を見て、私と夫は声をあげた。私達の顔を見た後、皆はその写真を見つめた。
「父さん。これって怪我してないか」
「あの、もしかして喧嘩ですか」
「でも、おばあちゃんが泣いているよね」
「おばあちゃん、けががいたかったの?」
皆の視線が私に集中しました。私はあの時のことを思い出して、夫のことを見つめました。夫は穏やかに微笑んでいます。昔から変わらないその笑みにあの時も安堵したことが、思い出されて涙が浮かんできました。その私の肩をそっと抱いて自分のほうに引き寄せると、夫は優しくいいました。
「久美子、もう昔のことだよ。あの時も何もなかったのだからね」
「でも、あなたに怪我をさせてしまいましたわ」
「私は久美子を守れたのだから満足だったよ」
夫の肩に額をつけて、私は目を瞑りました。




