第5話 その少年、コンテナの中
【5】
うなじの痛みで目を覚ますとそこは、薄暗い倉庫の中だった。広々とした倉庫の中は大きな木箱が無造作に置かれ、唯一の光りは高い屋根の隙間から入り込んでいる赤い日の光だけだった。そして、その光りから今が夕方なのだと分かる。
手足をきつく縄で縛られて地面に転がされているため、自由に動く事が出来ない。身をよじって起きあがり近くにあった木箱に身を持たせ掛けて辺りを見渡す。
とりあえず近くに人の気配はない。
倉庫の外からも物音はせず、至って静かだった。
息をひそめ外の様子をうかがうように耳を澄ました。しばらくすると、複数の足音が聞こえてくる。それはゆっくり、ゆっくりと俺の元へと向かってきていた。
二人……いや、三人か。
冷静に人数を分析し、五メートル近く離れた倉庫の扉を見つめる。
足音はさらに近づき、やがて扉の前で止まる。そして、ギギギッ、と言う金属の擦れ合う嫌な音を立てながら倉庫の扉が開かれた。
扉の隙間から入り込んだ日の光に目を細めながら侵入者三人を確認する。覆面を被っていてその表情を読み取ることは出来ないが体格から確認するに、かなり鍛練を積んだ男だと判断できた。
男達は扉を閉めると真っ直ぐ俺の元に近づいた。
「よぉ、サニー王子。気分の程はどうですかい?」
三人の中の一人が鼻で笑いながらサニーを見下ろして声を掛けてきた。
特に恐怖を感じてなかった俺は笑みを浮かべながら軽く返した。
「あちこち痛くて最悪だな」
そんな俺の余裕のある返答に男達は多少戸惑っているのが分かる。
俺自身も自分のあまりの余裕ぶりに驚いていた。今までの俺だったら恐怖と攫われたという恥により喚き立てていただろう。しかし、それもこれも全てミズキのおかげだった。
ミズキ曰く、“死んだものに価値はないので多少傷つけられることはあっても殺されることはない”のだそうだ。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、男達は元の調子を取り戻し再び見下したように笑い声を上げる。
「はっはっはー、強がっても無駄だ。お前は誘拐されたんだ」
「分かってるよ」
男の嫌味らしくない嫌味に真顔で即答する。
これもミズキから教わったものだった。相手の発する言葉を先に予測し相手の調子を狂わせる。ただし、バカにしか使っちゃいけないらしい。下手に逆上させると、質の悪い奴らは利益を捨てて容赦なく殺すらしい。
見たところこの男達は、
バカっぽそう……つうか、めちゃくちゃ動揺してんだけど。思いっきり顔に“こんなはずじゃない”って書いてあんだけど……
俺が呆れたように目を細めていると、男達は背を向け話し合いを始めた。しばらくして話がまとまったのか男達は再び俺に向き直り、胸を大きく張って言い放った。
「俺達は“ドクダミ”って言う賊だ。聞いたことくらいあるだろう」
「“ドクダミ”……ああ、随分と健康的な名前だよな」
「はっはあ、そうかそうか怖い……」
男たちは高笑いをしたその表情のまま固まった。その名前を出せば、余裕ぶっている俺を怖がらせる事が出来る、と踏んだのだろう。
しかし、予想に反した俺の様子に、そのまま数分が言葉を失い、ようやく口を開いたかと思えば男たちに余裕というものは一切なかった。
「なっ、何を言っているんだ! 毒だぞ、毒!」
俺の意外すぎる返答に男達は動揺を通り越して喚き立てた。
それもそうだろう、俺自身もそれを教えてもらった時、すごく驚いたのを覚えている。
「“ドクダミ”って葉の裏が赤い植物の名前だろう? あれはな、ドクダミ科の多年草でしめった土地に生えるんだ。初夏に薄い黄色の小花が穂のように咲いて、地下茎・葉は薬になるんだよ。一見危険な植物の名前に思えるが、ドクダミは毒消しって意味なんだとさ」
俺の豆知識を聞き終えると男達は唖然としていた。今までずっとあくどいと思っていた名前が実は健康的な名前だったとは誰も思わなかったのだろう。
まぁ、全部ミズキの受け売りだけどな。それにしても“ドクダミ”か…厄介だな。こいつらはちょっとどころか、かなり名の通っている賊だ。あまり刺激はしたくないな。まぁ、ここにいるバカ三人は問題ないだろうが…
そんなことを思っていると、そのバカ三人はまたもや俺に背を向けヒソヒソと話し合っていた。
ミズキ曰く、“簡単に名乗る奴は自分の所属している集団に酔っているだけの下端の下端”らしい。
まさか、ミズキに教わったことが役に立つとは思わなかった。まぁ、ミズキ自身“ドクダミ”のリーダーはバカに違いないって笑ってたもんなぁ……
そして、ようやく話し合いが終わったのか男達は大仰に胸を張って向き直り、俺の元に来た最大の目的を口にした。
「とっ、とにかくだ。サニー王子、あんたは我々“ドクダミ”が身柄を拘束している」
言わなくても分かるだろ。マジでバカか。
気づかれないように小さくため息をつく。
「あんたを盾に金を取ろうって算段だ。言ってる意味分かるか?」
普通に分かるだろ。
さすがにイライラしてきた俺は三人の男に白い目を向けて、
「つまり、あんたは……」
「人質……だろ」
男の言葉を代弁する。
「あっ、ああ、そう言うことだ」
そう言うと男達は俺から遠ざかり、金属の嫌な音を立てて外に出て行った。
「だからそれを言ってどうなるんだっての」
はっきり言って、本当にバカだった。
多少肩に力が入っていたらしく、息を吐くと同時に身体が、ドッ、と重くなったような気がした。
どうせ自分じゃどうにも出来ないんだ。少し休むか。
そう思い、近くにあるコンテナに背を預け、静かに瞼を閉じた。




