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98章 ルーシー・レイテッド―――六百七十五年・十月九日(十)



―――その日は前月の売上計算を纏めるために、叔母さんは一人で遅くまでお店に残っていたの。私も手伝いたかったんだけど、生憎店に電卓が一つしか無くて渋々先に帰宅。

『キューちゃん、ご飯出来てるよ。食べよう』

『ううん。私、叔母さんと一緒に食べる。お先にどうぞ、バートン叔父さん』

『小さいのに偉いなあ、キューちゃんは。―――分かった。じゃあルーシーが帰って来るまで、叔父さんと遊んで待っていよう』

『え、本当?わーい!ありがとう!』

 でもね、それまで親切だったバートン叔父さんは、突然本性を剥き出しにしたの。彼は幼児性愛者で、来た当初から私を狙っていた。でなきゃポケットからいきなりナイフが出て来る筈無いもの。

 異変を察知した私は、すぐに遊んでいた二階からリビングへ逃げたわ。運良く、いえ運悪くそこへルーシー叔母さんが帰って来て、下りてきた叔父さんと激しい取っ組み合いになった。そして乱闘の末、彼女のお腹に刃物が突き刺さって!!


『キュー、外へ逃げなさい!!』『叔母さん!!』『早くこっちに来るんだ、キューちゃん。叔父さん、もっと君と遊びたいんだ』

 

 歪んだ笑みに、私の中で何かが弾けた。気が付いたら手を突き出して、興奮で広がった鼻先へ意識を集中させ、唱えていたの。―――彼女から教わった、あの浄化の言葉を。



 止め処無く伝う涙を、鞄から出したハンカチで拭う。

「顔面に炎を浴びた叔父さんは、酷い悲鳴を上げながら後退したの。背後の本棚へ勢い良くぶつかると、その衝撃で上の方にあった分厚い辞書が落ちてきて……当たり所が悪かったのか、倒れたきりピクリとも動かなくなったわ」

 こんな言い方は不謹慎だが妻を殺害し、幼い姪を傷付けた天罰が下ったのだ。もし先生が魔術を使えない体質だったら……考えるだけでも悪寒が走った。

「叔母さん、最後に言ってた……私が娘だったら良かったのに、って。だけど、そこから先はよく覚えていないの……桜ちゃんの言うように、ルナ小母さんに記憶を操作されたからかな……?」

「かもしれませんね」

 ぺこっ、彼女は幼い仕草で頭を下げた。

「長い話を聞いてくれてありがとう。ロウ君も、ここまで連れて来てくれて」

「まぁ部長の手前、あそこに放っぽっとく訳にもいかなかったからな」

 一度二階の自室へ戻り、Tシャツとジーパンに着替えてきた親友はそっけなく答えた。シャワーも浴びたのか、灰色の髪の毛がまだ濡れている。

「それより先公、協定」

「あ、そうだった!」

 謎の一言に、何故か突然立ち上がる先生。そして温もりを残した場に堂々と座り込み、痛いぐらい僕を抱擁してくる狼少年。気取ったシャンプーの匂いが鼻を突く。

「おい!何するんだ、この変態!?」

「悪いなぁ。本当は俺も野郎に触るなんて死ぬ程嫌なんだが、協定だからしゃーねーよな」

「凄く嬉しそうに言うな!!」

 これにはキッチンへ向かう先生も苦笑い。冷蔵庫の中を確認しつつ、耐え切れないように唇を歪めた。

「壬堂君の言う通りだったかも。でも本当に仲良しなのね」にゃーお。「あら、猫がいるの?」

 部屋の隅に置かれたケージを覗き込み、慣れない手付きで鍵を外す。現れた白猫を抱え、可愛いー!頬擦りした。

「にゃあ」

「あなたは………みー、こ?」

 背の毛並みを撫で、又も突然戻った記憶に困惑する先生。

「にゃお?」

「思い出した……ごめんね、私が拾ったのに」

 解放して歩き出すと、ミーコはようやく会えた飼い主の足元へ愛しげにすり寄る。

「慰めてくれているの?それとも、単にお腹が空いてるだけかな?」

 コンコン。玄関のドアがノックされ、お爺さんが帰って来たみたい、はーい!一人と一匹が軽やかに出迎えた。




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