32章 告白―――六百七十五年・七月(二)
カフェテリアは予選を突破した他校の生徒で混雑していた。同年代達がアイスコーヒーを啜る中、白百合の髪飾りを着けたプラチナヘアを捜す。と、いた!
「先」
向かいの席に人を見つけ、途中で言葉が止まる。
座っていたのは先生と同年代、線の細い金髪男性だ。人々の熱気が漂う中、涼しい顔で一人ホットコーヒーを傾けている。
「……ふぅん、じゃあ自慢のチームって訳だ。優勝出来るといいね」
「ええ、実力は充分あると思うんです。でも一人心配な子がいて……昨日も余り眠れなかったようだし、幾ら人数が足りないからって実戦は早かったんでしょうか……?」
「まあまあ。君も受け持って日が浅いし、お互い経験を積むに越した事は無いよ。大体顧問がオロオロしていたら、その子も困るんじゃないかな」
アイスカフェオレ片手に困惑する彼女へ、男性は優しくアドバイスする。そして最後の一口を飲み干し、すっくと立ち上がった。
「付き合ってくれてありがとう。そろそろ行くよ」
「こちらこそ済みません。何だか私ばかり話してしまって……ところであなた、何処の学校の先生ですか?」
質問に男性は笑う。
「いや、僕は教師じゃない。ただの公僕だよ。ここのコーヒー、噂に聞いたけど中々美味しいね。少し酸味が強いのが気になるけど、一度豆を買ってみようかな」
カップとソーサーを持ったまま、薄茶色の目で店内の柱時計を見やる。
「さて、そろそろあいつが出勤してくる頃だな。配置換えは子供が生まれてからの約束だ。今の内にたっぷり仕事をやらせないと……」
物騒な台詞を吐き、男性はカップをカウンターに返した。その後真っ直ぐこちらへ歩いてきて、僕は少し慌てた。目の前まで来た彼はおや、と形の良い眉を僅かに上げた。しかし急いでいるのか、足早にロビーへ。
彼が完全に去ったのを確認してから声を掛けると、キュー先生は吃驚して一瞬椅子から浮き上がった。非礼を詫びてからカウンターへ行き、アイスレモンティーを買って向かいに腰掛ける。
「さっきの男の人は誰ですか?」
「さあ……私も全然知らない人よ。他に空いたテーブルあるのに、相席していいですかって。でも悪い人じゃなさそうだったね」
「ええ。公僕と言っていたので警察か、或いは政府館の方かもしれませんね」
ここ“黄の星”シャバムには、宇宙の秩序を守る聖族政府の本部、通称政府館が建っている。その業務は非常に多岐に渡り、彼等無しには生活必需品である定期船すら航行出来ない。警察が地方の治安を司るなら、政府は宇宙の治安や行政、ありとあらゆるインフラの担当機関だ。
「聖族、政府……」
「?先生、どうかしましたか?」
「いいえ。何故かしら、変な感じがする……」
苦しげに胸を押さえ、深い溜息を数回吐いた。その様子を、酸っぱいレモンティーを啜りながらよく観察してみる。脳裏にあったのは、先々月のアラン先生の奇妙な言動だ。
(次の日には普段通りになっていたけれど、あれは尋常じゃなかった……さっきの博士達も、ひょっとしてその件の関係者?)
でも聖族政府とキュー先生に何の関係が?
「ごめんね……時々こうなるの。ルナ小母さんは、小さい頃の記憶を失っているせいだって言っていたわ」
「!?記憶を……ですか?」
「ええ。私、十歳までの事を何も覚えていないの。小母さん達に引き取られる前……実のお母さんやお父さんの事も、何もかも……」
衝撃の告白をした彼女はコップを置き、米神に指を添える。
「学園に赴任してからも、まだ時々頭痛がするの。ひょっとしたら何か、思い出しかけているのかも……」
「大丈夫、なんですか?」
喪失しているからには、それに値する恐ろしい秘密がある筈だ。下手にフラッシュバックでもしたら、彼女の精神は、
「……ふふ、そんな顔しないで。ごめんね、本番前に心配掛けちゃって」
そう謝り、指でそっと僕の前髪を下ろした。心臓が高く、強く鳴る。
「あ、やっぱり寝癖付いてる。控え室に戻ったら直してあげるね」
「こ、これぐらい自分で出来ます!!」
思わず大声が出てしまった。周囲へのフォローの間中、先生はクスクス笑っていた。
「ハイネ君達と話していると、まるで弟が出来たみたい。そう言えばさっき見かけたんだけど―――あ、ごめんなさい!そろそろ引率の先生達の集合時間だわ。ハイネ君も遅れないようにね」
そう言い残し、彼女は足早にカフェを出て行った。残された僕はレモンティーを飲みつつ、ふと窓際で立ったままカップを傾ける『怪しい』少年を発見した。
(この暑いのにニット帽、サングラス、マスクの三点セットって……あれ、変装のつもりなのかなぁ?)
キュー先生が言いかけていたのは、多分あれの事だろう。(あ、こっち向いた)
じーっ。数秒見つめ合った後、先にあっちが視線を逸らした。
(まぁいいか。大会が終わってまだ残っていたら声を掛けよう)




