9章 親友―――六百七十五年・十月四日(四)
「ハイネ!!」「ロウ!?」
振り返るとそこには鼠色の髪と金目、黄色いパーカーと黒のジーンズに身を包んだ同級生。親友のロウ・ダイアンがこちらへ駆けて来る所だった。右手に握られたコンビニの白い袋、中の四角いシルエットから、彼が僕と同じ目的地を目指していると悟る。
「さっき連絡網で回ってきた。アンダースンの野郎が殺されたんだってな。何て言えばいいか……取り敢えず、こんなトコにいていいのか?」
「気を遣わなくていいよ、ロウ。今、小父さん達が警察の事情聴取を受けている。そっちが終わって、必要があれば呼ばれるだろうから。それよりキュー先生を見なかった?」
「いや―――何だって、殺害現場が先公の部屋!?しかも、本人は行方知れず……そうか。無事ならひょっとしてミーコの所へって訳か。有り得なくはねえな」
ロウは掌に拳を叩き付け、塀を見上げる。
「さっき確かめたが、裏口も鍵が掛かってる。そうとなりゃ、ここから登って中庭に降りるぞ。ハイネ、肩車」
「うん」
一年の体育祭で身体能力の高さは知っていたので、僕は素直に台になる。肩に全体重を掛けた僅か二秒後。ロウは身軽に塀の上へ飛び移った。
「良し。跳べ!」「うん!」
目一杯ジャンプして、手首の辺りを掴む。彼は両腕でそれを支え、同じぐらいの体重の僕を軽々と引き上げた。一体何をやって鍛えているんだろう?
登った地点から塀を数メートル歩き、敷地内に生えた常緑樹に飛び移る。その幹を伝い、二人共無事芝生へ降りる事に成功した。
「おーい、ミーコやーい」「ミーコ、僕達だよ。出ておいでー」
臨時会議中らしく、二階にある職員室には照明が灯っていた。先生達に聞かれないよう、僕等はやや小声で呼び掛ける。だが、いつものように茂みや樹の陰から白い雌猫は飛んで来なかった。
「ここにいないとなると、やっぱり隠れ家の方だね」
「まぁあの猫、行動範囲狭いしな」
言いつつ校舎を回り、普段なら昼休みに訪れる秘密の場所へ。と、先頭を歩いていたロウが脚を止めた。
「待て。誰かいるぞ」
その言葉に息を殺し、僕等は耳を澄ませた。
「可愛いにゃんこだなぁ!うりうり~!!」「にゃー、ゴロゴロゴロ……」
ミーコを満面の笑みで抱き締めつつ、咽喉をくすぐる男性には見覚えがあった。
「な、何だあいつ?」
「刑事、だと思うよ多分。アラン先生の殺人現場にいたんだ」
「あれがデカ?おいおい、冗談だろ?」
男性は毛並みを撫で回した後、懐から黄色い棒状の物を取り出した。酒のつまみとしても人気のチーズかまぼこ、略してチーかま。何故にそんな物を持っている!?
「ほうらにゃんこちゃん。俺のとっておきのおやつをお食べ~!」
包装を剥いだ食物をフンフン嗅ぎ、徐に口の中へ。はむはむ。僕等三人以外(一人例外がいるけど)に懐かない彼女が、初対面の人間から貰った餌を食べるなんて!あの人、もしかして警察犬の調教師とか?
「先公は……いないみてえだな。ま、自分の部屋で同僚が死んでるのに、暢気にこんな所に来る筈ねえか」
「うん。でもそれなら、やっぱりキュー先生は殺人犯に誘拐されて……」
アラン先生の頭部の傷はパッと見、か弱い女性が付けられるようなサイズではなかった。大体二人は仲良しの上に幼馴染で、動機だって全く無い。
遺体の無残な様子を思い出し、少し気分が悪くなる。口元を押さえた僕を、おい、大丈夫か?親友が心配してくれた。
「本物の死体見たんだろ?先公捜すのはサツに任せて、今日は帰って休んだ方がいい」「そうだぞ青少年。まだ顔が真っ青だ」「「!!!?」」
今まで目の前で遊んでいた筈の男性が、何時の間にか僕等のすぐ後ろに立っていた。吃驚して振り返ると、ミーコも目を丸くして半分になったチーかまを銜えている。
「ど、どうやって移動した!?」
「まあまあ、それは置いといて」
閉じた扇子でジェスチャーした後、彼は飄々と話し始める。
「君、現場に来た子だね。ハイネ君だったっけ?休校なのににゃんこちゃんの様子を見に来るとはうん、感心感心」
懐を探り、チーかまを二本取り出す。
「ひょっとして、朝から何も食べていないんじゃないか?お友達もほい、お一つどーぞ」
「え?」「おい」
「ほらほら、カルシウムとタンパク質たっぷりだぞー!」
拒否する隙も無く押し付けられ、好意を無にする訳にもいかずビニールを剥いた。ぱく、もぐもぐもぐ……。
「ありがとうございます。美味しいです」
「まあ、極々フツーのチーかまだな」
「やりぃ!にゃんこ一匹と青少年二匹を手懐けたぞ!」
ガッツポーズされた。何なんだこいつ……、ロウが僕の分まで代弁する。
「で、オッサン。市民の安全を守るポリスが、こんなトコで猫と戯れてていいのか?」
「ああ、それは大丈夫。俺警察じゃねえから。刑事さん達なら今、職員室で絶賛事情説明中だよ」
又も懐に手をやり(一体その狭い空間にどれだけ物を入れているんだ?)、見覚えのある紋章の入った手帳を取り出した。
「聖族政府、だと……!?たかが体育教師一人の殺人にか?」
確認した親友が、何時に無く険しい表情を浮かべる。
「ああ。まぁ、正確には一人じゃないんだけどね」
「?」
「おっと、口が滑った。ところで学生さん方、本当にこの子の餌やりのため『だけ』に来たのか?ひょっとして、行方不明の先生を捜しに?」
「!?え、ええ……その通りです。元々ミーコの世話をしていたのはキュー先生なんです。寝床を用意したり、獣医へ連れて行ったり……だから、もしかしたら来ているかと思って」
「成程。残念だけど、俺が来た時には既に誰もいなかったな。ミーコちゃんはお腹ぺこぺこだったから、事件直後に立ち寄ったって事も無さそうだぞ」
「やっぱり……」
キュー先生、どうか御無事で……。
「おいオッサン。政府員なら尚更捜査しなくていいのかよ?警察に先越されるぞ」
「構わないさ。ここの刑事さん達とはもうすっかり打ち解けているからね。向こうも『S事件』に関わるつもりは毛頭無いようだし、捜査情報は全部渡してもらうよう確約済みだ」
「『S事件』?」
「あ、また失言。そろそろお口チャックしとこう」
唇を手で閉める仕草。その後左手の腕時計を眺め、そろそろだな、と呟く。そして次の瞬間、突然頭を下げた。
「あー、悪いんだけどさ健全な青少年達。チーかまもう一本ずつあげるからさ、俺を職員室まで連れてってくんない?」




