青天の霹靂
「村野くんいつもありがとう、優しいね」
いつもこのフレーズが頭の中をめぐらせる。
この時の自分は果たしてかっこよかったのだろうか。鼻の下を伸ばしていなかっただろうか。
おそらくニヤニヤはしていただろう。他の人ならそこまで印象に残らないであろうこの言葉も本人からしたら鮮明に覚えているものだ。
「キーンコーンカーンコーン…」
本来であれば学生が最も楽しみにしているであろうこの音が鳴ったとき、俺はまだ未だにあの日のことにふけっていた。薄目を開くとまだ数学の授業が続いている。やばい何も聞いてなかった。
唯一覚えているのが最初の数分に今回の朝テストの結果が良くなかったから来週以降も同じような結果だと補習をするとの事。
くっそ、デルタの癖に生意気な…デルタとは髪の毛が薄く、そのくせ謎に三角形型に髪の毛が残っていて三角州→デルタとなり今のあだ名が定着している。相変わらずうちの高校はこういうのだけ頭の回転が早いものだ。
授業がまだ終わっていないのでもう少し寝るとするか。そう思いまた腕を組んで寝ようとしていると
「村野〜起きろ〜」
と意識外からの言葉に思わずびくっと机を少し蹴り上げてしまった、しまったと思いキョロキョロと声の主を探すと先生ではなく教室の外からケラケラと笑い声が聞こえてきた。
「くっそあいつらほんま」
思わず立ち上がりかけたがまだ授業中であることを思い出し先生の方を見るとバッチリと目が合ってしまった。しかし咎めることはなくそのまま授業が終わり挨拶もなしでそのままスタスタと出ていった。デルタきゅん素敵っ。
とりあえずあいつら締めに行くか、首絞めかこしょこしょか選ぶ権利くらい与えてやろう。とか考えていると
「授業中寝るのはないやろ〜」
と3人がニヤニヤしながらやってきた。
「うっせ、眠いもんは眠いんだよ」
「そんなんやから成績悪いんやろ」
「うっ…」
耳の痛い話をしてくる。いつもの仲のいい3人に言われたからかそこまでイライラはしないしむしろ心配してくれているのだと考えもする。
このメンツは中学1年の時に同じ方面で帰るようになったときに仲良くなったいわゆるイツメンってやつだ。
八谷優太。俺がこの学校に来てから初めて友達になったやつだ。授業中は静かで真面目しかも人見知りというスーパー真面目野郎だが仲良いグループだとこいつが1番うるさいってほどでかい笑い声で周りのヤツらからも徐々に化けの皮がはがれてきつつある。
藤原空。この3人グループの中で唯一中1の頃別のクラスだった。じゃあなんで仲良くなったかと言うと俺以外の3人が同じ小学校だったからだ。こいつは俺と変わらない程のゲーマーでよくゲームで対決してはボコボコにされるのが日課だ。
松本拓也。この中で一番のスポーツ男子だ。小学校から野球を続けていて少し低い身長がよくみんなにいじられている。生粋の文系で社会と国語では右に出る者はいない。
そして俺。小学校の時に死ぬほど勉強して大阪でもなかなかの進学校に入ったのだが燃え尽き症候群によりクラスの底辺を這いつくばっている。幸い中高一貫校のため高校受験をすることはなかったのだがそれが自分の怠惰を促進させてしまった原因でもある。
ゲーム、漫画、ラノベが好きで家に帰ってもずっとスマホをいじっているほどのインドアなのだがスポーツも好きで高校からバレー部に入っている。(半ば強引に担任に入れさせられたのだが。)
そんな風に軽口を叩いていると「またね〜」と横を1人の女の子が通っていった。あっと声を出すのも束の間そのまま教室を出ていってしまった。一瞬視線を感じたのは気のせいだろうか。いや、気のせいだ。こんなこと考えている俺病気なのかな。
「相変わらず進展ねーの?」
「俺はそんなガツガツ行くようなキャラじゃねーよ」
「うかうかしてたら他の奴らに取られちまうかもな」
「それだけはなんとしてでも阻止する」
今通って行った女の子、柊優愛は自分が惚れているというのを差し引いたとしても可愛い。
ベージュ色でウェーブかかったロング髪に触角、ぱっちりとした目、少し重めの前髪に圧倒的なスタイルの良さ。成績も優秀で特に英語は帰国子女らしいネイティブな発音で英語の先生もうっとりしていた。学年全員のマドンナと言うよりは密かに人気な女の子って感じだ。
俺は柊優愛に惚れている。中学1年の頃、奇跡的に席が隣になった時に柊さんが忘れてきたので教科書を一緒に見た。誰もが1度は考えるこのシチュエーションで教科書の端で書かれた
「村野くんいつもありがとう、優しいね」
この言葉で中坊の俺は恋に落ちてしまった。
それからというもの1度も隣の席は愚か同じクラスにすらなったことはなく、ミンスタで話しかけるほどの勇気もない俺はただただ学校生活を謳歌していた。
今日はバレー部の練習がなかったため終礼が終わってからあいつらを待っていつもの3人と電車でゲームしたり雑談していると俺の最寄り駅についてしまった。俺はアイツらと別れてから本格的にどうしようか考えていた。
(もう思いきって告白するか??でもほとんど関係値ゼロのやつから告白されても困るだけやろうしな…)
そもそもそんな勇気すらないため結局結論は出なかった。
(家帰って何しようかな、昨日買ってきたラノベの続きみてゲームのデイリー消化して…)
そんな風に考えていたら前から見覚えのある人がリードを2つつけてダッシュでこっちに来ていた。
「ぽぽ!ふう!」
そんな風に呼ぶと2匹の犬が俺の胸に飛び込んできた。幸せとはまさにこのことを言うのだろう。もう顔をひたすら舐められて顔がかぶれたとしてもなにも文句は言わない。もっとしてくれ。
「おかえり早かったね」
「うん、ただいま。今日は練習なかったから」
「そう、どっちか持って、2匹はしんどいから。」
「はいはい」
すぐにかた一方のリードを差し出してきたのはうちの母である。今の時間は涼しいから周りのわんちゃんの散歩も多くなるのは必然か。
自分の家の周りははそこまで都会ではない。いやむしろ田舎である。自販機まで歩いて5分、コンビニまで車で5分、田んぼなどは無いものの山の上の住宅街なので駅に行くのですらバスに乗って行かなくてはならないという不便っぷりである。
今日は1時間に2本しかないバスに乗り遅れたため今後の作戦会議のためにも歩いて帰ってきていた。
少し歩いて家の近くまで行くと目新しい家が建っていた。
「あっここ遂に建ったんやな」
「せやねん、ママの友達が近くに引っ越してくるなんて運がいいわ」
「え?そうなん、初耳やねんけど」
「あれ言ってなかったっけ?やから楽しみにしてたのよ〜!」
数ヶ月前から隣に誰かが引っ越してくると言われてはいたのだが、まさかのお母さんの友達だったとは。
…正直どうでもいいとか思ってないよ?俺が人生で数回顔をつきあわすかどうかってレベルだし。家帰ってきたらリビングでお茶会するのは勘弁して欲しいんだけど。
なんて考えていたら表札の名前に見覚えがあった。
「柊…?」
いやいや流石にな、だって全国に柊さんってどんだけいると思ってるんだよ。ましてやお母さんの友達やで?そんなことあるわけな…
「あっ!可愛い!!」
明らかに見慣れた制服に整った顔、圧倒的なスタイル。おいおいまじかよふうちゃんそんなにガツガツ行かないでくれ。気づかれるって!ってか胸!胸見えるって!!
「優愛ちゃん!久しぶり!元気してた??」
「お久しぶりです!おかげさまで!」
優愛はふうたとぽぽにメロメロで2匹をなでなでしていた。
「ほら航、挨拶」
「え?あっえっと、初めまして村野航です。」
しまった、思わず初めましてとか言ってしまった、
「なにその挨拶〜!1年の時同じクラスだったでしょ??」
「あっそうだったね」
やばいやばいやばい、状況を整理させてくれ。まずなんでお母さんは柊さんと面識あるの?ってか隣に引っ越してくるって全然知らなかったんだけど?ってか柊さんは知ってた口調だよね?俺だけ知らされてなかったなんてことある?
「これからよろしくね!」
自分は小さくあぁといったままふうたのリードを握りしめて呆然と立ち尽くしてしまった。




