検索結果は銀の粒(3)
至高のTKGを堪能した昼食の後。
ベンドリック家宛に一通の手紙が届いた。
差出人は、先日のダンジョン調査に訪れた王国の調査団の代表者からだそうだ。
「…来たか」
父さんが厳しい顔で手紙を読み、要約した内容を教えてくれる。
内容は、元モルヴァイン家の私兵たちのことだ。先日の食料騒ぎで完全に主家を見限り、離反することにした兵士たちがベジッタ村への移住を希望し、こちらへ向かっているという内容だった。
「あの場にいた連中だけじゃなく、これを転機にって軽く60人はいるそうだ。元調査団の連中も何人か混じってるらしい。
少なく見積もっても50人もの大男たちが一気に押し寄せれば村の食糧事情も、住む家も、正直厳しいことになるだろうな。」
父さんがチラリと僕を見る。その表情は領主としての不安と懇願の目だ。
『本当に受け入れるのか』と。
「受け入れましょう、父さん。 彼らはあのダンジョンの地獄絵図の中で自分の命より、周りの命を助けることを優先していました。
僕が渡した回復薬を『私はいいからあっちのやつに!』って突き返すような人たちです」
モルヴァイン家の息子が起こしたという横暴には心底腹が立つけれど、それに従わざるを得なかった彼らの苦悩も見たつもりではある。
絶望的な状況下で、彼らは誰の命も諦めずに戦った。たとえ参戦したのが子供とオモチャのような手のひらサイズのロボットでも、ニワトリや蜂の魔物でも、背中を合わせて戦える。
その人間性を僕は信じたい。
「それに、これからは人手が必要です。大浴場の管理、村の警備に、村の整備や建築、魔物や盗賊への警戒、今日より米の需要が加わった以上、農業にもより力を入れなければなりません。
彼らがいれば、この村はもっと発展します。」
「…そうだな。お前が言うならオレだけが心配しているわけにもいかん。腹を括ろう。」
父さんの表情から迷いが消え、領主としての顔に移る。
「移民希望のやつらが到着するまで1週間しかないぞ。こんな寒空の下で野宿させるわけにはいかんぞ。」
「大丈夫です。共同浴場を作った時のブロック式建築法で集合住宅を作りましょう。
取り急ぎ僕と母さんで図面を用意するので、人手の確保をお願いします。」
「よし…」
そして昼下がり。
僕たちは村の外れにある開拓予定地にいた。
「コング、お願い」
『♪』
雪をかき分け、整地を行うのはコングの得意分野だ。
凄まじい怪力で雪混じりの地面を均していく。
その横で僕は錬金術を発動させる。
「錬成!」
大量の土砂と材木を立方体に変換する。
これはもう慣れたもので、土砂と立方体が一輪手押し車で楽々と行き来される。
村の職人たちも勝手知ったりといった様子で、木材や石の立方体を図面の通りに並べていく。
その間も、僕は手を止めない。
追加でやってきた木材に少しだけ錬金術で手を加え、コルクに近い断熱用の立方体を作成し、作業に投入するよう指示を出す。
あとはこれを積み木のように並べ、積み上げていくだけだ。
共同浴場で実践を経験している村の男たちもこの『ブロック工法』に特別な技術は必要としないため、どんどん積み上がっていく。
変に何LDKとか考えない簡易的な構造の宿舎であれば、今日明日中に数棟は建てられそうな勢いだった。
「ソルジャー、イリス! 上は頼むね!」
『!』
「ふむ…我も連れ出されるとは…うぅ、寒いである…」
必要量の生産が終われば僕は建物の壁に触れ、錬成と唱えるだけの簡単なお仕事。
もう、この連携プレーは村の日常として馴染みつつある。
と、そんな時だった。
「領主様ぁーーーー! 大変だぁーー!」
見張りをしていた村の狩人が血相を変えて走ってきた。
「どうした!」
「魔物だ! 森の方からオークが群れで来てやがる! ウチの狩人じゃ対応しきれねぇ数だ!」
作業の手が止まり、現場はどよめく。
オーク…豚の頭部をした亜人型の魔物。
繁殖力が高く、集団で人を襲う厄介な存在だ。
しかも冬のオークは食料が足りずに飢えているため凶暴性が増しているらしい。
「数は分かるか」
「じゅ、10体以上はいる! 1体1体はそれほど大きくはねぇが棍棒やら武器を持ってたのは見えた!」
「10体…」
普通の村なら少なくとも半壊するレベルだ。
父さんなら目を瞑ってても倒せるだろうけど…
「クロス、緊急事態だ。 剣を貸してくれ」
「ソルジャー、ちょっと行ってきてくれる?」
僕は父さんの頼みを、ソルジャーへの命令で上塗りした。
「く、クロス…? お前まさか…」
「オークの襲来? いいえ違います。今晩のおかずに悩んでいたところへお肉が歩いてくるなんて好都合以外の何ものでもないでしょう」
村の危機とか正直そんな小さな問題、今の僕の前には誤差に過ぎない。
ーー白い湯気。
ーー甘辛いタレ。
ーー山盛りのキャベツ。
ーーそして、炊きたての銀シャリ。
僕の目には肉の字が浮かんでいたことだろう。
もうあの料理のことしか考えられなくなっていた。
「ソルジャー、夕飯の買い出しだ。対象を最小限の損傷で討伐、村まで速やかに運搬しろ」
『!』
僕の殺気…いや、食欲に応えるように、ソルジャーは親指を立て、全速力で飛び去っていった。
数分後
「すげぇ…オークの眉間だけを的確にぶち抜いてやがる…」
「これだけ瞬殺された魔物は見たことがないぞ…」
「シロスケ様すげぇな…」
村の狩人たちの手で血抜きと解体をしてもらう間に、陽も落ち始めたので、今日は特別に屋外キッチンを設営。
ジュワァァァァ……!!
生姜をすり下ろし、醤油、酒、蜂蜜を黄金比で混ぜ合わせたタレが、肉の油と絡み合い、食欲のそそられる香ばしい匂いが周囲一帯を支配していた。
「なんだこの匂いは…!」
「オーク肉ってこんないい匂いだったかぁ?」
作業を手伝っていた村人たちの他にも、村中から人が匂いに釣られて集まってくる。
無理もない。この世界、ましてや辺境の村なんかに『醤油』も『生姜焼き』も概念すらないんだから。
「皆さん、作業お疲れ様です! 今日は夕食をご馳走します!」
たくさん集まっている村人たちに聞こえるように大声で呼びかけ、配給を開始する。
メニューは当然、オーク肉の生姜焼き丼!
羽釜で炊き上げたご飯を丼によそい、その上に千切りにしたキャベツを乗せ、タレが絡んだオーク肉を贅沢にのせる。
「こ、これが…クロス坊ちゃん特製の…!」
「この白い穀物は麦とは違う…なんだ?」
「我慢できねぇ! いっただっきまーす!」
村人の1人が丼にスプーンを入れ、肉と白米を口に放り込む。
「んんんーーーーッ!!??」
男の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「うめぇぇぇぇ!! なんだこれ!? 肉が柔らかい! 臭みがねぇ!
それにこの白い粒! 噛めば噛むほど甘みが出てきて、濃い味の肉と最高に合うぞ!」
「本当か!?」
「オレにもくだせぇ!」
一人が叫べば、あとは雪崩のようだった。
次々と丼が消費されていく。
「美味すぎる……!」
「力が湧いてくるようだ……!」
寒空の下、湯気を立てて丼をかき込む男たちの熱気が、雪を溶かす勢いだ。
「ふぅ……」
僕も自分の分の丼を手に取り、端の方で腰を下ろした。
甘辛いタレの染みたご飯を一口。
「……うん、これだ。」
結局、男はこういう『茶色い飯』に弱いんだ。
これで、いつ兵士たちが到着しても大丈夫だ。
住む場所はすぐにできるだろう。
彼らの疲れた体と心を癒やす風呂、胃袋を鷲掴みにする『最強の飯』もある。
(待っててくださいね、皆さん。ベジッタ村は、退屈させませんから)
僕は空になった丼を見つめ、来るべき再会に思いを馳せた。
ベンドリック家の風呂と食卓革命は、村全体を巻き込み、着々とその根を広げつつあった。




