汚れた小箱と黒い過去(3)
「太一さんの命は、もって半年です」
「そんな! どういうことですか先生! 病気は完治したんじゃなかったんですか!」
「辛い治療に耐えてやっと先日手術が出来たところだったのに…」
俺の人生はいつもこうだ…
小さい頃から家にいる時間より病院、学校に通うより病院で過ごす方が回数も時間も多かった。
テレホンカードが要らないテレビが存在することを知ったのも小学校からだ。
友達とテレビの内容で会話したことなんて何年前の話だったかすら覚えてない。
学校に行けたとしてもみんなは歓迎してくれるが、そもそも年に数日しか行ってないから向こうからすれば不登校のやつがチラッと現れただけ。
せっかく覚えた顔も年替わりでシャッフルされ、居場所なんてあったものじゃない、現代の浦島太郎もいいところだ。
そんな俺も名ばかりの中学生を通過し、気づけば16歳になった春先のこと。
ベッドを起こして病室の窓から少し離れた歩道橋を通る練習終わりの野球部の群れや、楽しそうにイチャつくカップルを冷たい目で見ていた。
チッ
「なんで俺だけ…」
受験を見送り、望まぬ治療に専念するという名目で周りの世界から取り残された俺は全てを恨んでいた。
俺を強く産んでくれなかった両親を
治せもしない癖に死なせもしない医者を
俺の存在すら忘れていったアイツらを
そんな周りを恨んで憎んで、妬んで嫌って、それでも正気を保っていられたのは、あの子が居たからだ。
その子の名前はハルカ。
彼女と初めて会った時、無愛想な俺に恥ずかしそうな手の動きで何かを伝えてくれた。
彼女のハッキリとはしない発音と、なけなしの知識でそれが手話による「こんにちは」であるとわかった瞬間、俺の中で何かが生まれたのを覚えている。
彼女は俺と180度違う素直で元気な子だった。
「なまえは?」から始まり、「すきなも食べ物は?」、「何色が好き?」と何気ないものから「どんな人がタイプ」とマセた質問まで絶え間なく飛んできた。
俺は手話の知識なんてなかったので全てホワイトボードを使って会話していた。
だが意外と慣れるのも早いもので、俺は手話ができないままだけれど、彼女の手話と口の動きから意図を読み取ることはできるようになっていた。
学校でのこと、昨日見たテレビのこと、看護師さんのあるあるやモノマネ、お互いの家族や友達の事なんかを、手話とホワイトボードと互いの目でやりとりするのが恒例になっていき、俺がお兄ちゃんだったらよかったのにとも言ってくれた。
俺も妹ができたみたいで悪い気はしなかった。
そんな楽しい時もある日、死神によって奪われた。
夜勤の看護師が彼女の点滴を交換しにきたのだろう、若い声と、また何か粘つく薬剤を踏んだであろうサンダルの音で目が覚める。
そそっかしいところがある看護師がベッドの足元に置いてある紙袋をひっくり返した音に「おいおい」なんて思いながらも点滴の交換が進むのを聞き届けた。
そこから数分した頃だろうか。
ハルカのいるベッドから不自然に蠢く音と、柵が揺れる音、そして必死な声で「タイチ…! タイチ…!」と呼ぶ声で俺は全てを察した。
ハルカの身体に何かが起きている。
俺は迷わずナースコールのボタンを押して、力の入らない身体を引きずってハルカの元に駆け寄った。
医療事故だった。
ハルカは耳こそ聞こえないが今回の入院は難病の治療ではなく、交通事故による複雑骨折という普通に入院していれば死にようがない理由だ。
そこに余命宣告を受けた俺のなんて打ってみろ、結果は嫌でもわかる。
俺に使われるはずだった薬でハルカが…
俺がいなければ…ハルカが死ぬことは無かった。
顔から色が抜けていくハルカを見て、俺はそのまま気を失ったらしい。
そこからの記憶はほとんどない。
俺は妹のように思っていた大切な存在を失い、何もする気力がなくなった。
医者だか親だかが声を荒げていたのは見て分かるが、何を言っているのか、何を考えているのか、そもそも俺が生きているのかさえ分からなくなっていた。
「…~ス…」
「…ロス!」
「クロス!」
「アルフにぃ…?」
「急に元気がなくなったけど、大丈夫?
やっぱりまだどこかダルい?」
はっと我にかえる。
長らく忘れていた、いや目を逸らしていた前世を思い出してしまいその反動で動けなくなっていたらしい。
と、とりあえずこの場を誤魔化さないと
「だいじょうぶですっ! ちょっと馬車に酔ってる間に見た悪夢を思い出しただけなのでっ」
「そうかい、ならいいけど…」
ジィーーーーーーーーーーっ
うっ めっちゃ観察されてる…
絶対、核心に迫ろうとしてますやん…
「そうでしたっ 僕の買い物がまだでしたね
えーっとどれにしようかなぁ…あははははは…」
「あ、ちょっと」
アルフ兄には悪いけど、僕の秘密に気付かれるわけにはいかない。
今は前世の腐った俺ではなく、僕でありたいから。
そんな事を考えていたその時
チュゥっ タタタタっ
ゴロンっ
棚の上の段から硬い何かが降ってきて頭にゴッチーン!
「アイタっ! なんなんですか…ん?」
そこに転がっていたのは灰色と茶色く汚れきった10cmの立方体。
「なんだこれ…」
小汚い立方体を拾い、棚の上の方に戻して品定めに戻る。
磁力を発する鉱石、鳥を呼び寄せるという笛、自動で穀物を挽いてくれる臼、魔力を通すと光るランタン、宙に浮く布、空気中の魔力量に反応して色が変わるという水晶型の魔道具etc…
「・・・・・」
時間にして30分ぐらい見ただろうか、気づけばさっきの立方体の前に戻って来ていた。
「・・・・」
「それが気になるかい坊や」
「これだけどんな効果があるのかも、何でできてるのかすら分からなくて…
あの、これって何の魔道具なんですか?」
「そいつはね…」
ゴクリっ
ハッキリっ!
「アタシもよく分からんっ」
ズコーーっ
「じゃあなんで置いてるんですか!」
「昔、知り合いが次の世代に託したいとか言って置いてったんだけど、そのまま逝っちまってね…
何の魔道具なのか聞けないまま物だけが遺っちまったのさ」
「そうなんですね…」
「アンタがよければ持って行きな。」
「えっ!? いいんですか!?」
「ウチに置いといても場所を取るだけだからね。
それよか、アンタみたいな若い可能性のために送り出してやった方が、物も元の持ち主も喜ぶってなもんさ。
もちろん、ソイツとは別に買って行ってくれたらアタシも嬉しくなるけどね」
ということで、僕は最初の方に見た古い送風機を買い、そのおまけと称して立方体を受け取って店を出た。
僕たちがいなくなった道具屋で店主は1人、古いウイスキーの瓶を開け2つのグラスに注ぎ、片方を一気に喉の奥へと流し込む。
「禁酒を解く条件はこれでいいんだろう?
せいぜい天国から坊やの生き様を見守ってやるがいいさ。
アタシゃこれから旅に出るからタイチとかいうクソガキに手を貸せないからね」




